六十日間北海道の旅 2

六十日間 北海道の旅 2
いよいよ旅も後半に入った。前半は張り切りすぎていささか息切れ気味。やりたいことはまだかなり残っているが、少しゆったりもしたい!! しかし、寒い。道東では7月が寒いのは珍しいことではないらしいが、夕方になると冷え込みはじめ、殊に朝方の寒さは・・・こんなに寒い年は珍しいそうだ。車の中に春秋用の布団と夏布団を積んできたが、結局道内で過ごした6〜7月のうち夏布団を使ったのはたった1夜であった。
 


2003年6月29日
 サホロリゾートを通り狩勝峠を越えた。ジャガイモの花が咲きはじめ美しい。上富良野の富田ファームはラベンダーの盛りであった。前回はロープウェーの修理中で登頂を断念した大雪山旭岳に今年こそと思っていたが雨続きで今回もだめらしい。断念して白金温泉へ行った。「ほしの灯家」で入浴。うす茶色の天然温泉でいい温泉だった。「ほしの」といえば今年の阪神の強さは・・・タイガースファンの私は小躍りしている。旭川のカムイの森公園キャンプ場泊。(管理棟は森のふしぎ館)
6月30日
 旭川の嵐山公園展望台より北海道遺産の石狩川を撮る。「伝承の森アイヌコタン」へ寄る。チセは笹ぶきだった。クーチンコロ顕彰碑があった。旭川市博物館へ行く。黒曜石展をしていたが、すごい黒曜石が並んでいた。ウェスタンパワーズにある、これまた北海道遺産のラーメン村へ行く。
 これより天塩川への旅に出る。先ず士別(標津と区別するためにこちらをサムライシベツというそうだ)に着いた。士別inn翠月で入浴。士別は丘の上にマラソンコースや陸上競技場が整えられていて、ここはスポーツ合宿所となっている。この日も旭化成、トヨタ、デンソウなどのチームの選手がたくさん来ていた。昨日は旭化成の宗監督も来ていたそうだ。丘の上にはなんともメルヘンチックな「羊と雲の丘サフォークランド」があり、ここの羊飼いの家でラム肉のフライパン焼きを食べた。和泉雅子の「マークン山荘」もあった。
士別グリーンスポーツ施設キャンプ場泊。
7月1日
 士別市立博物館へ行き、学芸員さんにいろいろお話を聞き、資料をいただく。これがその後の旅にたいへん役立ち、感謝、感謝。史跡を訪ねる。村長ニシバコロの居住跡(松浦武四郎宿営地 サッテクベツ)天塩川探検地(トナイダイベ 上士別町)パンケ橋松浦武四郎宿営地(リイチャニ)、下川町へ移り、サンル川河口の松浦武四郎墅営之地二の橋近くの松浦武四郎名寄川上流到達点を巡った。こう並べると簡単なようだが、おおよその地図はあるものの北海道は広い、すぐそこのように思っても道は延々と続き、また叢のなかに埋もれていたりで、一つ一つ見つけるのに苦労した。道立トムテ文化の森キャンプ場泊。道立と名寄市の公園が隣り合いとてつもなく広い。なよろ温泉サンピラー入浴。
7月2日
 名寄の松浦武四郎宿営推定地、日進遺跡群、北国博物館、佐藤正克越冬の地を見て回る。船着場も探したが分からなかった。その後ピヤシリ山に登る。土曜、日曜なら係の人がいて頂上近くまで車で行けるそうだがあいにく今日は水曜。でも自分の足で登るのもまたいい。曇天で見晴らしは今一つ、花の季節も過ぎたが、コケモモの可憐な花が慰めてくれた。私が登った最北端の山である。
 次に美深町恩根内に移り、松浦武四郎宿営の地を訪ねる。今夜の私たちの宿営の地は、美深アイランドオートキャンプ場である。ここにも松浦武四郎踏査之地の立派な碑と歌碑「天塩川名」由来の地「テッシ」の碑があった。オートキャンプ場のエリア使用は私たちだけであった。またチョーザメ館があり、ロシア産のチョーザメを三重県の水産試験場で孵化したものだと書いてあった。びふか温泉で入浴。
7月3日
 朝キャンプをしていた人に教えてもらい、近くの牧場へ搾りたての牛乳を買いに行く。1.5リットルで200円。
 松山高層湿原(最北の高層湿原)を歩く。ワタスゲがとてもきれいだった。食虫のモウセンゴケもたくさんあり、えぞ松沼つつじ沼はい松沼が静かに水を湛えていた。ツマトリソウを見つけた。木に咲きのぼるツルアジサイが美しかった。
 音威子府に入り、砂澤ビッキのアトリエを見学し、筬島の松浦判官聴佛法僧之地を探しに行く。道路が工事中で探すのにたいへん苦労した。 
 しばらく国道を走ると小さな看板があり、これをたどると川岸に「北海道命名之地」の立派な木標があった。「天塩川」というテレビ番組があり、この木標を建てた話があった。建てた人達にも是非会いたいものだと三重にいるときから手紙を出していた。
 中川町のオートキャンプ場ナポートパーク泊。すばらしい設備のオートキャンプ場であった。ポンピラアクアリズイングで入浴。
7月4日
 早朝、名前だけしか分からなかった天塩川の木標を建てられたなかの中心的なお一人に手紙を書いたのだが、その方が訪ねて来てくださった。夫の喜びようといったら。午後お邪魔することにする。
 今日は待ちに待った天塩川をカヌーで下る日。神路からナポートパークカヌーポートまでの25kmを途中の中州や川岸にティータイムだ、ランチタイムだなどと3回も上り4時間かけてゆったりと天塩川を楽しんだ。川も美しく水鳥がパタパタと水先案内をしてくれたり、堤防にたくさんのショウドウツバメが巣を作っているのを見たり、オジロワシにあったりと手付かずの自然の川を満喫し、すっかり天塩川の魅力に魅了されてしまった。自力でのカヌーはほんとうに楽しかった。またいつの日か必ず来ようと思った。
 3時に約束のお宅に訪問し、木標を建てたときの話など伺い楽しいひとときを過ごさせていただいた。夫はこの出会いを何にも増して喜んだことであった。
 道の駅ピンネシリ泊。ピンネシリ温泉ホテル望岳荘で入浴。
 
7月5日
 中頓別から歌登を経て美深の仁宇布公園トロッコ王国でトロッコに乗る。快晴の空のもとなかなか快適であった。岩尾内湖を通り旭岳に登るため東神楽まで来る。ひがしかぐら森林公園キャンプ場泊。森のゆ花神楽はまあなんとも大きな温泉で大勢の人で賑わっていた。
7月6日
 とうとう旭岳に登る日が来た。快晴である。朝一番のロープウェーに乗り登り始める。2230m北海道一の高い山である。しかしロープウェーがあるのでわずか2時間30分で頂上に着く。これが長年憧れていた山かという感じである。でも姿見の池のあたりはさすが花の名山、高山の花々が今を盛りと咲き競っていた。チングルマ、コケモモ、ヒダカイワザクラ、シャクナゲ、ショウジョウバカマ、キンロウバイ、イソツツジ、イワブクロ、ミヤマリンドウ、イワヒゲ・・・花の季節にもぴったりであったようだ。登るにつれて下に見える雪を残した池塘や噴き上げる噴煙も美しく、頂上からは360度の展望で周りの山々を見ることができた。下ると夫婦沼鏡沼すり鉢沼などがそれぞれの風情で興を覚えた。
 帰りは遠別のつるつる温泉に立ち寄った。なかなかいい温泉であった。
 エメラルドレイク屈斜路湖泊。
7月7日
 今日も快晴。逃す手はないと西別岳に登った。前日の旭岳にも劣らぬ美しい山であり、いつかは登りたいと願っていた山である。殊にリスケ山や西別の山頂から見る摩周岳や摩周湖がすばらしかった。チシマフウロ、エゾツツジ、テガタチドリ、スカシユリ、ツリガネニンジン、オダマキ、ヒオウギアヤメなど花も多かった。帰りに養老牛の奥のからまつの湯に行った。混浴の小さな温泉だがその湯のなんともきれいなこと。女の人も一人入っておられたので、思い切ってバスタオルに身をつつみ入れてもらった。気分爽快であった。
 エメラルドレイク屈斜路湖泊。
7月8日
 ニセコからはるばる知人が来訪。エメラルドレイク屈斜路湖で談笑の一日であった。
7月9日
 厚岸グルメパークあぶりやで海の幸を堪能。あやめケ原へ行く。今回はあやめがたくさん咲いていた。年によっては紫の絨毯を敷き詰めたように見えるということであった。愛冠岬まで行った。藻散布沼火散布沼を見て、琵琶瀬展望台へ。エゾカンゾウ祭りをしていたが、今年は寒くてエゾカンゾウはあまりたくさんは咲いていなかった。こちらは、黄色の絨毯だとか。ワタスゲがまだ残っていた。霧多布湿原センターP泊。
7月10日
 氷切沼を見て、春国岱に行く。ここを歩く予定であったが雨で寒くて止めることにした。次に前に一度食べそのおいしさが忘れられなかったので花咲港に花咲蟹を食べに行った。前に来た大八食堂で花咲蟹を1ぱいずつ食べた。やはり美味しい。はるばる来たかいがあった。満足、満足。タンネ沼オンネ沼を見て、別海町ふれあいキャンプ場で泊まった。入園料1人300円で電源まで使えるなんともお得なキャンプ場であった。交流センター郊楽苑はなかなかいい温泉だった。
 
7月11日
 野付半島へ行った。雨の中ではあったがエゾカンゾウ、ハマナス、オオカサモチ、センダイハギが満開でとても美しかった。尾岱沼で今 旬の北海シマエビを食べた。たいへん美味しかった。
 らうす自然とみどりの村キャンプ場泊。
7月12日
 朝起きたら雨が止み国後島が見えていた。羅臼国後展望塔に上る。知床横断道路をウトロの方へ少し上ると有名な熊の湯である。男女別れていたので早速入った。すごく熱い。が聞きしに勝るいい湯であった。知床半島を知床五湖からさらに奥に入ったところにカムイワッカ湯の滝がある。天候も回復し晴れたので行くことにした。わらじを履いて岩を登ること30分。やっと着いた。真っ青な滝壺、しかも深い。苦労して登った価値は充分にあった。ああいい湯だな!!今日はすばらしい湯に2回も。幸せ。国設知床野営場泊。
7月13日
 申し込んであった知床自然センターの羅臼湖トレッキングが雨のため明日に延期され、そのまま国設知床野営場の車中で友人等に手紙を書く。長い旅だ。こんな日もあるさ。それにしてもよく降るなあ。夕陽台の湯に入る。
7月14日
 今日も朝から雨。半ば諦めていたら知床自然センターから電話があって、羅臼側は天候が回復してきたので行ってもよいとのこと。さっそく準備をして行くと、不思議なことにウトロでは雨が降っているのに知床峠を越えると次第に明るくなり、日まで射してきた。喜んで歩きはじめる。一の沼二の沼三の沼あたりまでは日差しもあったが、さすがに山である。四の沼で曇り、五の沼は霧雨、ついに羅臼湖では雨で折角の湖もかすんでいた。それでも皆雨具はしっかり準備していたしここまで来れたんだから。サクラソウ、ツマトリソウが可憐できれいだった。
 川湯のクワハウスで入浴。川湯温泉P泊。
7月15日
 コタンの資料館へ行ったらストーブが燃えていた。ほんとうに寒い。雨続きで二人とも風邪気味である。咳が出る。
 塘路湖に行く。ここから細岡まで釧路川をカヌーで下る。レンタルがなくインストラクター付きだがやむをえない。釧路湿原の中だがこのあたりは釧路川も滔々と流れのんびりと下る。思い描いた湿原のなかのカヌー下りとは聊か趣を異にするようである。川湯に戻り、つつじの湯に入って川湯温泉P泊。
7月16日
 花のきれいだった野付半島へ再び行く。半島を車で19km進み、竜神崎灯台のあたりから海岸に降りて砂の上を歩く。晴れていたのでエゾカンゾウ、チシマフウロ、ヒオウギアヤメ、センダイハギ、オオカサモチ等の花々が一層きれいだった。風蓮湖砂州も11km走ってみた。冬エゾシカで埋まっていたあの砂州だ。野付半島とさほど遠くない砂州でもこちらの方は花が少なかった。尾岱沼の白帆でまた北海シマエビを食べる。交流センター郊楽苑で入浴し別海町ふれあいキャンプ場泊。
7月17日
 別海町郷土資料館へ行き、隣の加賀家文書館へも入る。思いがけないすばらしい文書館であった。別海神社では例大祭で、子ども相撲をしていた。マルチメディア館にも行った。川湯御薗ホテルの天然温泉に入る。さすがに名にしおう川湯温泉であった。川湯温泉P泊。足湯にも入った。
7月18日
 久しぶりに晴。川湯エコミュージアムのところからアカゲラの小径を硫黄山が見えるあたりのつつじが原まで1時間半にわたり散策する。赤エゾマツの林が美しい。ゴゼンタチバナがたくさん咲いていた。はじめて大鵬記念館へ入る。
 エメラルドレイク屈斜路湖泊。
 
7月19日
 屈斜路湖の周辺でのんびりと終日を過ごした。北海道のどこにいてもいつもここに帰って来たいと思うのはなぜだろう。エメラルドレイク屈斜路湖のコテージに友人(アイヌの方)が遊びに来てくれた。
7月20日
 津別峠から屈斜路湖を見たいしできればチミケップ湖にも足を延ばしたかったがあいにくの深い霧で断念。知人来訪。エメラルドレイク屈斜路湖での3日間はゆったりと時間が流れた。
7月21日
 名残惜しいがいよいよ道東に別れを告げる。再会を願って多くの友と別れた。美幌峠を越え留辺蘂から生田原へ。ヤナギラン、オニシモツケ、クガイソウなどが道端に咲いている。生田原にあるオホーツク文学館とオホーツク文学碑公園を訪れる。文学碑の建つ公園と川岸に建つたくさんの句碑、歌碑。思いがけず見つけたすばらしい公園だ。オホーツク文学に目をつけるなどユニークな町である。湧別を通りシブノツナイ湖を見る。コムケ原生花園のそばを通り、道の駅 オホーツク紋別泊。
7月22日
 オムサロ原生花園、流氷岬に寄る。ハマナス、月見草のコントラストがきれいだ。夢海道オホーツクを北上する。雄武からはヤナギラン、オニシモツケの道。日の出岬へ。枝幸で有名な毛ガニを食べる。採れたて、ゆでたてで旅館で食べるものより格段に美味しい。ウスタイベ千畳岩、北緯45度国際広場を見て、浜頓別へ。公園から見る神威岬は積丹半島の神威岬とは趣が違うが美しい。白黒の灯台もあった。クッチャロ湖、クッチャロ湖畔竪穴群遺跡、ベニヤ原生花園を見て猿払へ。ここでは少し道を逸れてカムイト沼へ。幹線道路からはずれた静かで神秘的な湖であった。天北猿払橋からポロ沼を、そしてキモマ沼猿骨沼を見て、道の駅 さるふつ公園キャンプ場泊。さるふつ温泉で入浴。
7月23日
 インデギルカ号遭難者慰霊碑を見て、はじめての道を走りたいと宗谷岬の方へは行かず豊富ー猿払線を行く。猿払の大きな集落があるこを知る。車も少なく快適なドライブコースだ。大沼を見て、大沼バードハウス、道立宗谷ふれあい公園に寄る。稚内で稚内港北防波堤ドーム426.06mを歩いて往復する。さらにカムイトー(龍神池)へ上り,稚咲内を経てサロベツ原生花園豊富ビジターセンターへ。花はもうすっかり終わっていた。名高いキスゲの群落は6月とか。いつ来てもここの花のタイミングが合わず残念。天塩鏡沼海浜公園オートキャンプ場泊。松浦武四郎の立派な像がある。風が強い。このキャンプ場は電源が3Aなのが不便だ。てしお温泉はとてもいい温泉で満足した。
7月24日
 もう一度中川町へ行き、天塩川をカヌーで下りたいと思ったのだが、旅も2ケ月近くなりかなり疲れていたので諦めて次回にすることにした。羽幌で道の駅ほっとはぼろではぼろバラ園を見る。苫前の古丹別川の近くに苫前水田発祥の地の碑があった。いよいよここから留萌のニシン街道である。苫前の岡田家(旧海淵家)小平の旧花田家番屋留萌の佐賀番屋を見学。留萌大町の松浦武四郎の碑もみた。このあたりは今さくらんぼの収穫が盛んであった。次に増毛に入り、歴史的建物を訪ねた。増毛小学校、建物が指定されるとその維持がたいへんだろうと思った。運動場から残雪をいただく増毛の山々が美しかった。増毛駅富田屋旅館風待食堂商家丸一本間家地酒国粋(最北の酒造)、元陣屋などを見て回った。
 暑寒別川リバーサイトパークオートキャンプ場泊。オートサイト4000円とやや高いがきれいなキャンプ場である。ホテル増毛トロン温泉で入浴。
7月25日
 雄冬展望台、柱状節理の山が聳えている。ここの岩場には縄文中期の住居跡があった。雄冬岬、白銀の滝、ニシン橋を見る。浜益の毘砂別展望台、そして新日本名木100選の千本ナラは見事だ。厚田に入るとポプラが出てきた。車の前を横切るたくさんのトンボが早くも秋を感じさせる。石狩浜のはまなすの丘公園で灯台と石狩川河口を見、石狩弁天社に行く。そして前に4ケ月お世話になった懐かしい札幌定山渓のコンドミニアム泊。管理人さん御夫妻が再会を喜んでくださった。
7月26日
 バスで札幌に行き、紀の国屋書店、石川書店などを回り、本をたくさん購入。北海道遺産すすきのの元祖ラーメン横丁へ行き、路面電車の写真を撮る。コンドミニアム定山渓泊。
7月27日
 ヤナギランの美しい中山峠を越え、倶知安町へ。ニセコのひまわり、蘭越では花ショウブ,真っ白な蕎麦畑、長万部では国道の両側に群生するアヤメを見て、森町の夫の友人宅に寄って、函館へ。20:10発の東日本青函フェリーに乗った。強い光りを放つイカ釣りの漁火が美しい。船員さんが「漁火銀座だ」と教えてくださった。遠くなる北海道、港の灯りに別れを惜しんだ。
 東北道に入り高館PAで仮眠。
7月28日
 26日に大地震のあった宮城北部を通るのがためらわれ、日本海回りにしようかとも思ったが、やはり遠く、東北道も閉鎖されていないのでこちらを行くことにする。道路ののり面には、月見草、山ユリがたくさん咲いていた。磐越道、北陸道、上信越道を通り新井PA泊。本日の走行距離758.7km。
7月29日
 長野道、中央道を通る。ここまでくると花は夏ユリにかわる。途中駒ケ根で下りて、こまゆき荘で入浴。名神道、名古屋高速、東名阪道、伊勢道を乗り継いでついに我が家へ。長い長い旅は今終わった。いつの日かまた会いみんと強く願っている。
 
 60日間北海道の旅を終え、ようやく平常の生活に戻ったところへ、はまなすツーディマーチの大会関係者でともに網走市内を歩かせていただいた方から素晴らしい心温まるハガキが届いた。
 
高瀬様 
 残暑お見舞い申し上げます。先ずは無事のご帰宅を喜び、記念の写真とおたより お礼申し上げます。長い旅の疲れを想い出の語らいで癒すことが出来るなら最高だと思います。
 丸瀬布からお便りをいただいた後、何度か携帯電話を呼んでみましたが連絡できませんでした。
 一期一会のような出会いで高瀬様とお話が出来るようになれたこと 不思議でもあり本当に楽しいことだと思います。晩秋の屈斜路、阿寒も見るものがありますが、知床の秋も結構なものです。是非のおはこびを心からお待ち申し上げ、再会できます日の近いことを念じて居ります。どうかご自愛の上お過ごし下さい。            
             網走市  内匠英雄
 
「旅は見知らぬ人との出会いにはじまり、出会いに終わる。」

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