| 14.してはいけない「後は野となれ」 |
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個人でも、民間法人でも何か事業をおこなえば、その責任は最終まで個人または法人が負う。法人といっても中小企業の場合は、企業主個人が負うことになる。倒産しても、国も自治体も金融機関も助けてはくれない。企業主の自殺数が記録を更新しているのは、その理由による。 だが国や自治体が行う事業の場合、国や自治体に責任があるからといって、市長や議員個人に責任は及ばない。政治的責任が問われることはあっても、経済的責任つまり賠償責任はないとされている。職を辞してしまえば、「はいそれまで」となる。だから「後は野となれ山となれ」といわれるのである。上手くいったからといって、別に儲けにありつける訳ではないから、損をさせたからといって賠償しろといわれても困る、という理屈である。 それなら最終責任は、誰がとらされるのか。もちろん全市民である。これが近頃では将来の市民にまで及ぶのだから、無責任では断じてすまされない。 だからこそ心ある市民が心配をし、不安な農・匠事業の見直しを求めているのである。 さる2月26日付けの「夕刊三重」紙の報道によれば、800億円といわれている市の赤字(一般・特別両会計の合計)は、来年3月末には875億2057万円に達するという。これは市の自主財源の大部分を占める市税160億4981万円の、実に五倍半。つまり市税の五年半分を返済にあてても、まだ12〜13億円の利息分が残るという気の遠くなる程の借金なのである。 しかも平成11年度決算時すでに187億5705万円にも及んでいる公共下水道の借入残高も、今後事業の進展にともない328億円もふえ続け、平成24年度には516億円になるという。 このほかにも約70億円を要するといわれている櫛田地区の総合運動公園の建設も、駅前再開発計画もあるという。人工島の建設構想もあった。 市には、必要な事業、不急な事業、不要な事業などいろいろある。 そのとき大事なことは市の財政、つまりふところとの相談ではないか。借金が全て悪いとはいわないが、収入に見合う、返せる範囲のものでなければ、必ず行きづまるのは目にみえている。金もないのに借金ばかりする親をもてば、泣かされるのは子供らだ。 だから子供らの声も良く聞いて、ほしいのである。ましてその子供らこそ、野呂市長も認めているように、今や市政の主人公なのだから。 赤字をだしたら私達が責任をとりますと、担保を差し入れ保証人になる勇気は、市長にも賛成議員にもないだろう。しかし少なくてもそれ位の責任感はもって、市政にあったてほしいと願うのは無理な注文ではないとおもうのである。 |
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