| 11.法律も「浴場守れ」 |
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激減する全国の浴場状況を見かねた政府は、1981(昭和56)年「公衆浴場の確保のための特別措置に関する法律」を国会に提出、同年6月9日に議決、翌年4月1日から施行している。 この法律制定の目的は、公衆浴場は住民の日常生活上欠くことのできない施設であるのに、最近著しく減少している。だから、住民が利用しやすくなるよう特別の援助をし、公衆衛生の向上、増進に寄与する必要がある。そのため、国も地方自治体も必要な措置を講じなさい、といっているのである。ちなみにこの法律を提案した時の厚生大臣は、野呂市長の父君故恭一氏だったという。 また昨2000(平成12)年5月26日森内閣のもとで「民間と競合する公的施設の改革」という閣議決定がされている。 この決定は、国または特殊法人が設置主体となる、健康増進施設などの公的施設では、民間と競合するようなものの増・新設は禁止する。また計画中のものも、工事(設計を含む)未着手のものも取りやめる。このような措置を取るよう地方自治体にも要請する、という内容であった。 市内の浴場組合長である武市義弘氏が、これらの法律や決定をもって市当局に「匠の湯」の建設中止を申し入れると、市は議会の議決もえているし県も了承し、それらの法にも、決定にも違反していないと答え、浴場組合の要望を受け付けないという。 ここで問われるのは、いま苦境下にある市内の公衆浴場を、市当局は、守る立場にたつのか、つぶす側にたつのか、ということなのである。 所詮法律などというものは、守りたくないと思えば幾らでも抜け穴はあるものだ。この法律でも閣議決定にしても、罰則規定がない。従って守らなくても罰せられはしない。 だが肝心なのは、この法や決定の趣旨、精神に思いをいたすなら、少なくとも溺れんとしている風呂屋さんたちを、守る努力をこそするべきではないのだろうか。 市の力で、倒れる浴場を守りきることは出来ないにしても、なにも倒す主役にまでならなくてもいいではないか、といいたいのである。風呂屋さんたちの気持ちもそうではないだろうか。 しかも気をつけなければならないのは、こういう市の姿勢が風呂屋さんに対してだけ現れる特殊な傾向かどうかという不安である。これが弱者に冷たい市政のまえぶれでなければ幸いなのであるが。 |
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