8.計画は思いつきの羅列
 

計画書をよむと、小さな施設にいっぱいアイデアが詰め込まれている。それが如何にも思いつきの安っぽい物ばかりだ。キラリと光る独創的で振るいつきたくなるようなアイデアは一つもない。まるで、寄せ集めのハギレをただつなぎ合わせただけの、パッチワークのようなものではないか。計画の当初ならそれもよかろう。しかし実施設計の段階までには十分吟味し、取捨選択して練り上げておかねばならない。その詰めがなされていないのである。にもかかわらず、浴場組合の武市代表が浴場設置の取りやめを申し入れたときも、三野会長が副議長のところへ、賛成議員のシンポ出席を要請に行ったときも、「既に決まっていることだ、今更変更はない」と答えていたというのである。

 だが、その言動とは裏腹に、2月9日野呂市長は約11%の建設費削減と「湖水劇場」と「温室棟」の建設中止などを発表した。

 また、その見直しが議会の委員会協議会に報告されたとき、引地忠議長は「見直しの英断に敬意を表する」と評価さえしていた。

 もちろん見直しが全て悪いわけではない。けれど計画も安直、見直しも安直では困る。

 市は、「湖水劇場」の建設を中止したのは自然保全のためだという。これは理由にならない。水上舞台がいけないのなら、陸上にすればいい筈だ。「温室棟」建設の中止にいたっては、理由の説明すらない。

 見直し前のレイアウト図をみると、南駐車場には自動車の出入り口もなかった。

 人間のすることだ、間違いもある。しかし間違いに気がついたときには、正直に認め、そこから出直すべきではないか。「見直せ」の世論(アンケート)をよいことに、どさくさに紛れての勝手な修正はゆるせないのである。

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