3.「農と匠の里」事業の狙いは何か?
 

 昔から、伊勢参りは松阪を経由して行った。国鉄ができ、近鉄ができ、一時松阪は通過都市になった。やがてバス時代の到来で、再び伊勢志摩巡りの客が松阪へも立寄るようになったのに、伊勢自動車道の貫通でまた通過都市の悲哀をなめることになってしまった。

 伊勢志摩へのバス客をなんとか松阪へ引き入れ、沈滞しつつある松阪経済を活性化させたいという願望が、生まれたのに無理はない。松阪インター付近に観光客の呼び込めるテーマーパークを作るという発想の出発点はここにあった。

 役人たちは住民たちの声などろくに聞かず、「津・松阪地方拠点都市地域構想」なるものをつくり、その中で伊勢寺・阿阪地区を農業観光拠点に位置づけていた。そしてこれを自治省のリーデイングプロジェクトなる計画にのせたのが、「農と匠の里」だという。

 松阪を活性化させたいという願いが市民共通の願いだとして、「どうすればいいのか」の答えを求める前に、確認して置かなければならない前提がある。それは、活性化させたいという欲求が生まれるのは、「いま沈滞している」という現実があることである。     

 だが沈滞しているのは松阪だけではない。日本列島全体が、沈没しかねない戦後最大の不況下にある。こういう場合原因の解決なしに、松阪だけ活性化する名案はないかと求めても非常に難しい。軽率に飛びつくと痛い目にあいかねない。宮崎県シーガイヤーの象徴的倒産ばかりでなく、そんな例は全国いたるところ枚挙に暇がないからだ。     

 別の角度からも見てみよう。      

 どうしたら農・匠事業が、松阪経済を沈滞から活性化へ転換させる起爆剤になりうるかである。 

 なれば成功、ならなければ失敗ということになるわけだが、そもそもインパクトになるとはどういうことか。

 他所から大勢の観光客が農・匠の里にきてくれ、入園料を払い食事をし、風呂に入り土産を買い、そのあと更に市内にまで足を運び見物や買物をし、また土産を買い飲食をするなどして、たくさんのお金を松阪に落としていってくれることである。    

 この状態が毎日つづき、年30万人が入園する。しかもこれが1,2年だけでなく、ずうっと続くなら活性化にもつながるだろう。     

 だがそれには農・匠事業に30万人を引き付けるだけの魅力がなければならない。魅力といっても余ほどの吸引力が必要だ。似たような施設がそこらに幾らでもあるからだ。激烈な競争にせり勝ち、松阪の農・匠だけはどうしても行きたい、一度行ったら、面白くて感動の余り、二度三度と足を運びたくなった。そんな声が、テレビや週刊誌をにぎわせ、話題になり、子供が親にせがむようにならなければならない。果たしてこの計画にそんな魅力があるだろうか。ここが最大の問題点である。

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