| 2.情報は十二分に公開を |
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一般市民には、綺麗だが中身お粗末なリーフレットしか提供されず、詳しい資料は少数の者以外見られない。農・匠の名は知っていても、リアルなイメージが沸いてこない原因は、ここらにあったのではないかと気がついた。 遅ればせながら、この国もようやく情報公開の時代に入った。松阪市でもすでに条例ができ公開も始まっている。野呂市長も、「市政の主人公は市民」だといい始めた。 だが肝心なのは、その実行のほうであるが、農・匠情報の開示は極めて不親切である。今回のシンポでも、はじめ市側は出席承諾どころか、シンポ開催の中止すら求めたという。本当なら信じられない。シンポを開く、開かぬは、市民の自由であり権利であるからだ。 ともあれ三野会長らの粘り強い説得により、やっと市側は出席に応じたものの、パネラーとしてではなく、あくまで説明をするだけという条件つきだったという。 だが、そのシンポの二日前、2月22日の市議会産業経済委員会協議会で、農・匠事業の見直しについて報告・説明し、議員の質問にすべて答えていたのは、まぎれもなくこの農林水産部長と農・匠事業推進室長だったのである。 市議会という公の場で理事者を代表して答弁できた人物が、なぜ市民の質問には答えられないのか、理解できない。その歯切れの悪さは、上から口止めでもされていたかにみえた。いずれにしても「市民は市政の主人公」の扱いではなかった。 そもそも70億円もの市費を投入する大事業であるにもかかわらず、いまなお多くの市民がまだその全貌を、十分把握しているとはいえない状況のもとで、事業を進めたいというのなら、市自らがシンポなり説明会なりを行ってしかるべきであろう。それを市民の側がやってくれるのだから、喜んで出席し納得がいくまで説明しよう、というのが市として取るべき当然の姿勢ではないか。 「市政の主人公は市民である」との命題は、民主政治の土台である。それは多くの市民の理解と納得をえながら、市政を進めるということのはず。その場合、市民が理解をふかめる前提は何か。いうまでもなく正確で真実な情報の提供のはずだ。それならば市は誠意をもって説明するのが当然であろう。このときの市側の態度はどう考えても納得できなかった。市は特種な場合を除き情報は最大限オープンにすべきである。 昨年、松阪市の職員が、集めた市営住宅の家賃を半年間もつづけて使い込み、持ち逃げした事件があった。その時、市長始め市幹部らはこの事実を知ったにもかかわらず、監査委員会にも議会決算委員会にも真実を報告しなかった。議会決算委員の今井一久市議(共産党)から、異常に多い家賃滞納の理由を尋ねられても、虚偽の報告で真実を隠蔽していたという。 この件に関し市長らは、1月の市議会で「今後は必ず真実を述べ、過ちは繰り返さない」と約束したばかりである。それなのに,この体たらくだ。病根は思ったより根深く、市政は依然不透明だ。 市民の、市民による、市民のための市政は、市民の粘り強い努力なしには実現しないものだと、つくづく思う次第である。 |
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