西方寺からの出版

  西方寺からの出版

 西方寺から、以下7冊の出版を、当山第34世明紀が行った。


  • 出版Ⅰ①

     写真1 出版Ⅰ①『読誦法研究』

  • 出版Ⅰ②

     写真2 出版Ⅰ②『読誦法を探る』

  • 出版Ⅰ③

     写真3 出版Ⅰ③『声点』


Ⅰ『法華経』

 「西方寺の美術」の頁の「真阿宗淵上人」の項に記載した『法華経山家本』が、当天台真盛宗伊勢教区では常用されている。そこで、この『法華経山家本』に関する研究を行い、以下の①~④を上梓した。


Ⅰ① 長谷川明紀、『『法華経山家本』読誦法の研究』、西方寺、平成20年。

 当西方寺は津市の別格本山 西来寺の末寺ではないことから、西来寺の法華経法要には出仕することはない。ところが、西来寺で行われる法華経読誦の勉強会に出席し、当寺とは異なる読みがなされている事に驚く事が多かった。
 その一つが、『法華経山家本』の漢字には、左右の両側に異なる読音が記されているものが散見されるが、西来寺では皆これらの字の左の音を読んでおられることであった。そこで、多勢の経奉行が居並ぶ勉強会で、これらは右音を読むべきではないかと発言したところ、極めて激しい反発を受けた。そこで、その一つの具体例として、巻第1、1拖、32行など「若干」の「若」は、右に「ニヤ」、左に「ニヤッ」とあり、声点は平声に加点されている。この平声と矛盾ないのは右の「ニヤ」で、左の「ニヤッ」であれば、声点は入声であると述べて、その場がやっと収まった。  そこで、この問題を取り上げたのが①である。『法華経山家本』には12種・57個の漢字に左右に字音があり、字音のないものを含め113個ある。これらは、A 頻度の多い振り仮名により、B 声点、清・濁点から、C 真阿上人著『裏書』の記述より、D 意味の違いによる、など7項目から右読みが正しいと判断された。こうして、読音のないものを含め計113個の読みが解決した。なお、「二月」の二、「四月」の四など音便の読みは、左音を読む。(写真1)


Ⅰ② 長谷川明紀、『『法華経山家本』にその読誦法を探る』、皇學館大学出版部、平成27年。

 『法華経山家本』の読誦法に関して、牛場眞玄師、色井秀譲師の著述が有り、また平成25年、色井秀宰師が中心となり『山家本法華経読誦教本』なる経本が出版された。この経本は師により、経本の意味などに関係なく、「前後二文字の関係に於いて音韻則に従って促音化・半濁音化しうる字については、変化させて読む」とされた。そして、これが「西来寺の千部会での法華経読誦法要に於ける『山家本法華経』読誦の基準」である、とされた。
 一方、国語学には「日本漢字音の研究」の分野の目覚ましい発展がある。そこで、この問題に関する文献調査を行ったところ、上記の『法華経山家本』に関して述べられたことは、調査結果と著しく乖離した。この分野では特に、広島大学名誉教授、沼本克明博士のご研究が優れていた。そこで、平成25年10月に沼本博士に直接のご指導をご依頼したところ、ご快諾を得て、博士との交信による懇切丁寧なるご指導を得ることとなった。ところが、平成26年3月博士は急逝なされた。
 博士から賜った、多数の貴重なご教示、膨大で精緻・斬新なご研究に導かれて、②~④を上梓することが出来た。
 ②では『法華経山家本』の、主語と述語、嘆詞、述語、並列語、入声、法華経陀羅尼、梵語の音写語と意訳語、ビフラ声、連声などの問題を取り扱った。その結果、『法華経山家本』の読誦は、意味や用語の文字数に関係して前後の字音が切れたり繋がったりしており、決して色井秀宰師の言う機械的に連続したものではないことが判明した。
 その他、法華経陀羅尼の漢字仮名への声点に関しては、色井秀譲師の新説とそれを引き継いだ色井秀宰師の記述があるが、沼本博士の著書『濁点の源流を探る』の記述に、この方法は平安初期から天台宗で用いられてきたものであるとあり、その用法は、色井説とは全く異なることが判明した。
 こうして、色井説は誤りであることが判明した。(写真2)


Ⅰ③ 長谷川明紀、『『法華経山家本』の声点にその読誦法を探る』、皇學館大学出版部、平成30年。

 ここでは『法華経山家本』の声点、去声字、フ入声字、上声・ビフラ声字、両点字、など種々の側面から調査し、②での結論が声点を通しても支持される事が判明した。
 国語史の分野では、醍醐寺経蔵の『諸経中陀羅尼集』一巻の最初に記載されている法華経陀羅尼(『醍醐寺本』と略す)の音が慈覚大師音であると知られている。この『醍醐寺本』は沼本博士により、詳細に報告されているが、法華経陀羅尼の全てではない。そこで、醍醐寺聖教調査団の平成27年8月の調査時に『醍醐寺本』を披閲・調査させて頂いた。この資料には、漢字間に合符といわれる「-」加点が幾つか見られ、これは悉曇字一字が漢字二字で訳された「二合」と言われる部分にあった。この合符の存在は法華経陀羅尼の読誦に資するものである。ところが、これだけでは不十分である。
 沼本博士は、不空の音訳『観智儀軌』に、この「二合」の他に、梵語長音には「引」が、梵語短音には上声が、梵語長音には去声が用いられており、これらは法華経陀羅尼の読誦法を読み解くには大変重要である、と述べられている。ただし、この不空本には、字音がない。当西方寺の蔵書に、東台 養壽院蔵版『法華法私記』があり、これには『観智儀軌』の真言や法華経陀羅尼に音注がなされていた。これらを利用することによって、法華経陀羅尼の読誦法が明らかになった。(写真3)



  • 出版Ⅰ④-1

     写真4 出版Ⅰ④

  • 出版Ⅰ④-2

     写真5 出版Ⅰ④『読音を探る』

  • 出版Ⅰ④-3

     写真6 出版Ⅰ④『脩習用本』

  • 出版Ⅰ⑤

     写真7 出版Ⅰ⑤『法華経の苑・・・』


Ⅰ④ 長谷川明紀、『『『法華経山家本』の読音を探る』、『脩習用 法華経山家本』』、西方寺、令和5年。(写真4)

 『『法華経山家本』の読音を探る』(写真5)

 ここでは、名古屋大学名誉教授田島毓堂博士から序文を賜った。本文第1章では、『法華経山家本』の底本に関し、またこの声点に関して牛場眞玄師の説とそれを広められた色井秀譲師の著述に問題があることを指摘した。『法華経山家本』の声点は一部の漢音を除き、ほとんどが呉音用である。牛場師の述べられた声点系は、金田一春彦博士の『日本四聲古義』(昭和26年)で最初に指摘された通り、江戸時代中期に漢学者河野通清らによって述べられた誤謬である。金田一博士は日本漢字音の声点の多くの側面から精緻に研究を進められ、上声は高い音、去声は低い音から高い音に移る、平声は低い平らな音、入声は低く平らで韻尾が消える、などと解明された。この内、上声と去声は、河野通清・牛場眞玄・色井秀譲説とは明らかに異なる。この金田一春彦説は長年の声点の誤謬を正す画期的なものであった。金田一春彦博士は「この原稿を一応完成したのは、そろそろ本土空襲の初まった昭和19年の暮れであった」と述べられている。
 しかるに、牛場師はこの金田一説の公表から遅れること7年後の昭和33年、更に遅れて色井師は昭和55年にこの誤謬説に立って議論を展開されている。なお、金田一博士は昭和37年に『国語学辞典』を、また国語学の大御所である橋本新吉博士は昭和42年に『日本文學大辞典』を編纂され、それぞれ編者自らがこの金田一博士によって解明された声点を詳しく述べておられる。  更に、牛場・色井両師は、ビフラ声を上声より高く強い声であると唱えられた。これらの問題点を第1章で述べた。
 筆者は、平成25年10月に沼本博士から多数の論文別刷りをご恵贈頂き、それらの事実を知った。それ以降Ⅰ②など全て金田一博士が解明された声点系で議論を進めてきた。ところが、色井秀宰師は、平成30年に総本山西教寺および伊勢教区の教学・法儀研修会で、牛場説を力説し、ビフラ声を高く力強い声で読む事を推奨された。そこでこの問題をⅠ④で明らかにする必要が生じた。
 第2章では、『法華経山家本』の音は鎌倉後期の義源撰『法華讀音』に依ったとあることから、西来寺のこの資料を調査させて頂いた。その結果、「法華経巻第八」や「第二十八」の「八」を「ハツ」と読むなどが義源の読みである事が確かめられた。ところが、声点は『法華経山家本』と『法華讀音』とでは、異なるものが散見された。
 第5章では、沼本博士の連続した去声字の後字に加点される「毘富羅声」を参考にし、京都大学名誉教授木田章義博士からのご教示を得て、ビフラ声の声調を、上声と基本的には同じ高い音であるが、その出足は低く短い音であると解明した。このビフラ声は、文章が上声字から始まる時、文中の上声より低い音から始まる事を意味する。

 『脩習用 法華経山家本』(写真6)

 以上のⅠ①~④の4冊で読み解いた『法華経山家本』読誦法の結果を用いて、『法華経山家本』の約7万個の各漢字に読音と朱点で声点とを加点し、更に梵語音写字の短音字などには記号を付し、またこれらをどこで議論したかを下段に示して『脩習用 法華経山家本』を上梓した。
 

Ⅰ⑤ 長谷川明紀、『法華経の苑に咲く教えと言葉の花華』(自家本)、西方寺、令和6年。

 私共は、法華経読誦に注力する余り、「法華経読みの法華経知らず」に陥る傾向がある。そこで、今まで蓄積してきた法華経の重要で美しい言葉や教えの数々を、上記Ⅰ①~④を執筆する際に学ばせて頂いた藤井教公著『現代語訳 妙法蓮華経』を通して、経典の目指す人の生き方への何らかの指針を与えることができるようにと心掛け、備忘録を兼ねてこれを著述した。
 併せて我が天台真盛宗の法儀で用いられる法華経からの要文についても触れた。(写真7)






  • 出版Ⅱ

     写真8 出版Ⅱ

  • 出版Ⅱ著書

     写真9 出版Ⅱ著書

  • 出版Ⅱ別冊

     写真10 出版Ⅱ別冊

  • 出版Ⅲ

     写真11 出版Ⅲ


Ⅱ 長谷川明紀、『『二十五三昧式』と『六道講式』』、西方寺、平成23年。(写真8、9)
  長谷川明紀、 --別冊-- 『二十五三昧式』、西方寺、平成23年。(写真8、10)

 本宗では、僧侶資格を得るための一つの機関として、教育・修行のための「宗学寮」がある。筆者は一般より遅れてこれに入寮した。そこで特に興味を懐いたのが、『二十五三昧式』の講義とそこで用いられた、片岡義道師の録音であった。休憩時間を利用してこの練習をし、片岡師の唱えられる節回しや音の緩急などを書き取った。
 これらを元に、いずれ私用にと纏めていた頃、本宗の声明で多大な貢献をされて、宗宝に認定を受けられた片岡師も、晩年に入られ、声明の講式節で唱えられる『六道講式』の憲真本を復刻されるなどして、これに力を入れた。そのためか、『二十五三昧式』とされるものは誤りで『六道講式』であるとされ、総本山西教寺で出版される『二十五三昧式』のタイトルを『六道講式』に張り替えられた。
 筆者はこの問題に興味を持ち、『二十五三昧式』と『六道講式』について調査をした。また当西方寺にも当寺第29世堯禅上人が書写された『六道講式』があることも確認した。
 この過程で、資料を拝見するために京都大原の浄蓮華院多紀頴忍師を訪問したところ、上記Ⅰ①~⑤での述べた『法華経山家本』の撰者である宗淵上人が撰じられた『魚山叢書 巻第十四』を準備してお待ち頂いていた。この書には五種の『二十五三昧式』と三種の『六道釈』が収録されていた。
 この『魚山叢書』を詳細に調査した結果、江戸後期に伊勢の三哲として知られた津の引接寺法道和尚によって、これらの『二十五三昧式』が校合され、最後の一行に「右二十五三昧式 恵心僧都撰」を新たに付け加えられた事が判明した。よってこれは『六道講式』ではなく、『二十五三昧式』であると断定出来た。
 一方、片岡師の憲真本の原本や西方寺本など11種の『六道講式』を調査した。これらを上の『二十五三昧式』と比較すると、六道の間に挟む偈曰で『二十五三昧式』では「五念門」を唱えるが、『六道講式』では法華経の偈文を唱えるなど明らかな相違が見られた。
 そこで、『『二十五三昧式』と『六道講式』』ではこれらのことを記載し(写真9)、また--別冊-- 『二十五三昧式』では、片岡師から学んだ節回し・音の高低・緩急などを記載し、出版した。(写真10)




Ⅲ 長谷川明紀、本堂落慶記念『檀信徒のための お経とご詠歌』、西方寺、平成16年。

 西方寺では本堂新築の際の檀信徒への落慶記念品を選定するにあたって、檀家総代の大久保正博氏から、檀信徒のためのお経とご詠歌が一緒になった経本ではどうかとの提案があり、そのお経のひな形として、上記Ⅱの述べた法道和尚撰の『西方浄業式』が示された。この本は、本宗総本山西教寺から出版されている『在家勤行式』の元本である。この提案が認められ、平成16年3月の本堂落慶式の記念品として檀信徒に配布された。(写真11) なお、この本の出版により、『在家勤行式』にあった幾つかの誤りが正され、新しい『在家勤行式』が誕生した。