ゆきはな■2008/2/19 |
「ただいま」 長期休暇から戻ってドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。 空調は利いているものの、人がいた気配がしない。 アスランは時計に目を落とす。 (門限過ぎてるじゃないか) アスランは軽く溜息をつくと、荷物をベットの足下に置いて隣の部屋のドアを叩いた。 「ジョルディいるか」 「おっ、帰ってたのか。アスラン」 明るい金髪の少年がひょっこりと顔を覗かせる。 「いま戻ってきたんだ。ジョルディそっちにキラ行ってないか?」 「キラ?おれは見てないけど。なぁー、キラ何処に行ったか知らないかー」 ジョルディはドアを手で押さえて振り返り、ルームメイトによびかける。 奥からも壁横から顔が覗き「しらないよー」という返事が返ってきた。 「何?キラいなかったりする?」 「あぁ、部屋に居た感じがしないんだ。てっきりココかなと思ったんだけど、も う少し探してみるよ」 「そっか、見つかんなかったら、言ってくれよ?おれたちも協力するし」 「わかった」 それから幾つか心当たりのドアを叩いてみたが、キラは見つからなかった。 ただ、何処かにキラも出掛けていて帰って来た所は見た、という情報は得ることができた。 「外、か?」 一度部屋に戻りクローゼットを確認すると、予想通りキラが外出するときに着ているいつもの ダウンがなかった。 窓から外を見る。 帰ってくる前から既に降り始めていた雪は、天気予報通り止む気配が無い。 アスランは自分のコートを取ると、急ぎ足で部屋から出る。 寮監に見つからないよう、裏から外へと繋がる扉を開けた。 途端、襲い掛かる刺すような寒さに、アスランは思わずコートの襟元を引き寄せる。 月面ドーム内の気温や天気の管理は、コンピュータ制御…全て人間の手で行って いる。 年がら年中温暖な気候にしておくことも可能だが、人間や植物が生きていくには あまり良いことではないらしく、春夏秋冬がきっちりと存在するのだ。 そして、今は"冬"真っ只中。 「理屈はわかるけど・・・ここまでやることはないんじゃないか」 アスランは今尚止む気配の無い雪空にボソリと呟くと、立てかけてあった傘を手に取り小走りに 走 り出した。 キラが行くとしたら、といくつか考えてみるがこの雪では意味が無いところが多い。 それに理屈で探すよりも、カンで動いたほうが当たるのだ。 とりあえず学校のある方向に向かってみることにする。 長期休暇最後の日、しかもこんな天気。 敷地内に人気は全く無った。 薄暗くなり始めた中を、自分が雪を踏む音だけが響いている。 滑らないように足元に気を配って走り続け・・・寒さを忘れかけた頃、 アスランは歩調を緩めた。 新雪で消えかけた足あとを踏みそうになったのだ。 その点々と残された跡は校舎のある方に向きを変えている。 アスランは脇道から、真っ直ぐに伸びる並木道に入り・・・そして残されていた足跡から目を上げた。 葉を落としている筈の木々は、真っ白にその色を変えていた。 絶え間なく降る雪は、春に見る光景...前が見えなくなるほどに舞い散る花びらが色を変えたのかと 錯覚させるほどで。 雪がそこにある音を全て吸い込むような光景の中に、キラは一人佇んでいた。 袖の無いダウンジャケットに厚手のニットタートル姿のキラはポケットに手を入 れて、 その花びらの行方を追うように少し上向きで、ただ立っている。 一見、その目の前にある景色に見とれている、そんな風に見えるのだが… アスランは眉を潜める。 (泣いてる、のか) ダウンのフードに隠れ気味の横顔には涙は見えない。嗚咽も聞えない。 けれど 、確かにキラが泣いていると、感じた。 (あんな泣き方をするやつじゃないのに) もっと表情のある泣き方をする方なのに。 アスランは、走るのに邪魔で閉じていた傘を、静かに広げる。 いつもと違うキラ。 けど理由は聞いても、きっと答えてはくれないだろう。 キラがここを選んでいるということは、誰にも見られたくないということだから。 ・・・自分がそうするように。 だから今は理由よりも、その肩に降り積もった雪が告げる時間の方が重要だった。 「キラ、雪だって溶けたら雨と一緒だぞ。風邪ひくだろ」 傘を傾けながら、アスランは左手でぱさぱさとキラに積もった雪を払いのける。 そして最後に湿った前髪を親指で除けた。 (やっぱり) 正面から覗き込んだその目は。 涙を奥深くに沈めた色をしていた。 「ほら。帰ろう」 「何があったんだ?」の代わりに告げた言葉。 すると、今までどこか遠かった焦点が戻ってくる。 そして表情は、悲しみと嬉しさがせめぎ合うモノと変化して、やがて・・・小さく、 キラの吐いた息が白い泡のように浮かんで、消えた。 ・・・泡と共に耳に届いた言葉は、きっと自分に向けられたものではない。 「いくぞ」 アスランは聞えないフリをして、冷たくなった手を取る。 初めはおずおずと、やがてしっかりと握り返される感触に、今はそれ以上言葉は要らないと いう気持ちを込めてアスランは握る手に力を込めた。 |