契約2003/1/10
自機の整備を一段落させたキラは、イージスの様子を伺おうと、コックピットの入口に手を引っ掛ける。
そして中を覗きこむとアスランは、シートに沈んで目を閉じていた。

「・・・・・・こんなとこで寝る?普通・・・」

マニュアルが綺麗に片付いているし、システムも沈黙している所を見ると、既に終わらせたのだろう。
別に時間外だから、寝て居ても大丈夫・・・だとは思うが。

キラは、二人分のドリンクを持った手を「どうしようか」と見つめ・・・諦めたように息を吐く。
そして一方を口に咥え、一方を足元に置くと、軽くタラップを蹴りイージスのモニタの上に腰掛けた。
居住区よりも無重力により近い其処は、上に人が乗っても平気なのだ。


キラは、静かな寝息を立てるアスランに向けて、そっと腕を伸ばす。
さら、指の間を藍の髪が伝い落ちた。


「アスランって無駄に疲れてそうだよね」


指に伝わる感触を弄びながら、キラが少し寂しげに微笑む。


「そんなに頑張らなくてもいいのに。君が君ならそれで充分なのに」




アスランは背負うものが多すぎる、と思う。
昔から思っていた事だけれど、最近はさらにその重圧が増している。

お父さんがプラントの有力者で、アスランは小さい頃からその事に対する自覚を求められてきた。
応える力があるから尚更期待され、アスランの逃げ場はだんだん無くなっていった。
自分の前では屈託なく笑えるのに、人の前になるとそれを隠して、大人であろうとする姿。
その横顔を幼い頃から見つづけてきた。
このままだと自分の前でだけ見せる笑みすら・・・消えてしまうかもしれない。
そう思いながら小さかった自分は何も出来ず、ただそれが悲しいと思うことしかできなかった。

だからせめて、アスランが他に心を許せる人ができるその時まででも自分は味方でいようと・・・
傍にいようと心に誓ったのだ。


離れたくない人もいた。
大好きな人もいた。


けど、その全てよりもアスラン・ザラが大切だった。
その綺麗な笑顔を消したくなかった。


・・・一時はその繋がりがあまりにも深くなりすぎて、距離を置こうと決めたのだけれど、
また自分はこの場所を選んでいる。

アスラン、君の隣りを。


「もう離さないと・・・君は言ったけど、僕も離れる気は無いよ。君がこの悲しい世界から目を背ける事を
許されないのだとしたら、一緒に見届ける。そうすれば、・・・罪も分かち合えるだろう?」

キラの真っ直ぐな、菫色の瞳が愛しげに細められる。


「絶対に君を死なせたりしないから」


柔らかく囁くような声。


「僕が君を守るよ」


契約の言葉を紡いだ唇が、アスランのそれにそっと舞い降りた。