再会■2008/4/6 |
そこは片面ガラス張りの密閉された空間だった。 空調機が回る音だけが響いている、真っ白な部屋だ。 部屋に入った途端、体全体に重みが加わる。 地上を想定した設定にしてある内部と 外部との重力差を保つための密閉らしい。 『初め』 ガラスの外にいる副官が手を上げた。 直後。 ギィンという嫌な音が響く。 刃と刃が互いを捻じ伏せようとする音だ。 「来たね」 そんな緊迫間の中、息が触れるほどの位置でキラが微笑んだ。 そのちょっと哀しい、だが心を許した表情にシンは目を見張る。 自分とキラの接点はあってはいけないものだ。 人だかりが出来ているガラス面からは死角になってはいるものの、カメラがある。 それを見られたら自分はおろか、キラまで疑われかねないというのに・・・ いや。 シンはチラリとカメラの位置を確認する。 作動を示す赤いランプは付いていないし、中のレンズも静止している。 キラが無防備に声を掛けるということは、それなりの手回しがしてある・・・ということのようだ。 (遠慮はいらないってことかよ) シンは、その容姿に似合わぬ強さで押してくる刃に逆らいながら、 低く返した。 「・・・どうしてオレを呼んだんだよ」 「優秀な人材だと思ったからだよ」 「はっ、オレが?アンタにとって?」 一際大きな金属音が室内に響く。 そしてその反動を利用するように、双方後ろに跳び、一定距離を置いて構え直した。 少し重めの重力は、懐かしさと染み付いていた身体の記憶を呼び起こす。 軽く身体慣らしをするようにジャンプする、シンの唇が皮肉げに歪む。 「オレが此処に来た理由、アンタが知らないはずないだろ」 言葉に重ねた動きは早かった。 ジャンプしていた身体が不意に沈む。 宇宙では余り使うことなのない地面と靴裏との摩擦を利用して、間合いを一気に縮める。 そしてキラの黒銀色の襟を取ると、正面からナイフの刃先を喉元に突きつけた。 「オレがアンタを許さないことも」 窓の外のざわめきを視界の端に感じる。 しかし当のキラは落ち着いていた。 寧ろそのシンの行動が無ければ彼ではないというように、その眸は静かにシンを映す。 「わかってるよ、けどね」 襟を掴む手にキラの手が触れる。 「どんな形でも、もう一度会っておきたかったんだ」 ごめんね。 囁かれる言葉。 そして喉元に、赤く走る細い筋。 「!」 キラは重ねた手でシンの手を緩めるどころか、刃先との距離を無くしたのだ。 シンの眼に明らかな動揺が走る。 その隙をキラは逃さなかった。 シンとは逆に、まるで重力を感じさせない身のこなしでシンの背後にまわり込むと、 襟を掴んでいた手を間接技の要領で後ろ手に捻る。 瞬く間に立場は逆転し、ナイフはシンの喉元紙一枚の距離で止まっていた。 一瞬何が起こったのか分からなかった。 首元の刃先、現状が徐々に飲み込めて、そのやり方に怒りが湧いてくる。 「くそっ卑怯・・・」 感情に任せて言葉を吐き掛けたシンの唇が止まった。 白い壁にぼんやりと浮かぶ、無様な自分の姿。 その背後。 自分の背の温もりに浸るように目を閉じるキラが、見えた。 それは昔から何も変わらない・・・ 「キ・・・ラ・・・・・・」 シンの身体から強張りが消えた。 溜息のようにその名を呼ぶ。 「・・・いいのかよ・・・オレ・・・が・・・アンタを・・・」 赤い双眸が苦悶に歪む。 「殺すかもしれないのに」 背中越しの小さな頷き。 緩んだ手から滑り落ちたナイフは床に弾かれ、足元から離れていった。 |