for heart ...9。


「アスランだね?今何処!?」

アスランが自分にこんな声を聞かせるなんて、ありえない。
ただならぬ様子に、思わず声が大きくなる。


『・・・・・君の・・家の前…』

暫くの沈黙の後、打ち付ける雨音の激しさに消えそうになりながら返ってくる声。
キラは慌しく駆け寄り、カーテンを掴む。

雨に煙る、窓の外。
闇に浮ぶ白い外灯の下。

降りしきる雨の中で、ずぶ濡れになって携帯通信機を耳に宛てるアスランの姿が目に止まる。

「何・・・やってるんだよ!」

キラは小さく舌打をすると、受話器を放りだし、家の外に飛び出した。



「アスラン!!!」



靴も履かずに飛び出した素足が、水を弾く。
呼びかけた声に辛うじて反応したというように、
弱々しくアスランの顔が上がった。


「キラ…」


呆然として、
魂の入っていない声。

その声に、泣きそうになる。

プラントの象徴として映像で見かけた、あの凛とした姿とあまりにも違い過ぎて。



「どう・・・したんだよ」


全力で走ってきた所為で、息がきれぎれになるのを鎮めながら、
キラは雨を含んで重く下がったアスランの前髪を、そっと掬い上げ
伺うように小さく首を傾げる。



・・・・こんな風にアスランに触れるのは、本当に久し振りの事・・・だった。




幼い頃からずっと一緒だった自分達は、その進むべき未来も一緒であると思っていた。

けれど大きくなるにつれ、少しづつ見えてきたアスランとの立場の違い。

アスランの父親はプラントの偉い人で、無論彼にもそれに見合う未来が用意されて。
「オーブ国籍」の「第一世代の普通のコーディネイター」である自分とは、進むべき道があまりにも違いすぎた。

だからアスランがプラントに連れ戻される時、
距離を置こう、と切り出したのは自分だった。

(このままだと。きっと離れられなくなる)

それでも構わないけど、とアスランは笑ったけど。
自分の心は決まっていた。


ずっと一緒にいることなどできない未来が解っているのならば、
互いが居ない生活に戻れる内に、離れた方がいい。
それに、この想いは限られた環境が見せた、一時の気の迷いの結果かもしれなくて
「本物」だという答えに辿り付くには、まだ自分達には確証も経験も・・・無さすぎた。


そう告げたなら、アスランはかなり難しい顔をしたけれど・・・彼も解っていたのだと思う。
理由も解らずに、こんなにも引き合う事が。
危険だという事を。


だから、アスランがプラントへと戻ってからの2年間、音信は完全に断たれた状態だった。
そして、今回プラントに移った時も、アスランのお母さんに世話になった関係で
一二度会いはしたけれど、彼はプラントの・・・そしてザラ家の人間としての道を歩こうとしていたから・・・
それ以上は会う事はなかったのだ。



「キラ…すまない…いつも…」


勝手な時ばかり・・・・。
俯きがちで、よく表情が見えない中、
その唇が無理矢理笑おうとするように上がる。

キラは小さく首を振ると、アスランの頬にそっと触れた。

凍るように冷たい温度が、指先から伝う。
一体、どれだけの時間外にいたのだろう。

尚も叩き付ける雨が、容赦無くアスランの体温を奪い続けている。


「駄目だとは思ったんだ…けど・…ココしか…キラしか思い浮かばなかった…」
「アスラン・・・何があったの」


「・…母が…帰らない」


途切れる掠れた声。


「…え?」

アスランのお母さんが、仕事の関係で家にあまり居ない事は昔からだ。
帰る予定日が、一週間以上オーバーするという事は珍しいことじゃなかった。
だから、それが理由でアスランがこんな風になるって・・・?


「…プラントに・・・」

訝しげに眉を潜める先。

俯いたアスランの口から、現実味の無い言葉が紡がれる。


ユニウス7に・・・・核爆弾が・…そこに母も居た・・・」


軍事施設も無い、農業プラントに・・・核爆弾?


見えない話を繋げようとする思考を、引き千切るように
強い力に引き寄せられ、痛い程の力で体が抱きこまれる。




「ナチュラル共に!!殺されたんだ!!!!」


アスランの全身から迸る、呪うような言葉。

今まで聞いたこともないような、その激しさに、


テレビでもまだ発表がされていない事でも。
笑えない冗談みたいで現実味がない事でも

キラにはそれが現実に起こったことだと、分ってしまった。


雨音が遠くなる。

耳鳴りするような、静けさが周りを支配する。


肩に埋め肩を震わせるアスランの横顔に…彼の母親の幻影が重なり、
キラの頬にも、雨混じりの涙が静かに伝い落ちた。



アスランのお母さんは、
気品と知性と…押し付けない優しさを持っていたヒトだった。



『あの通りパトリックは堅物でしょう?このままだとアスランも無愛想一直線になるかなぁ
って心配していたのよ?』

自分の目線に合わせて、涼しげな容貌の彼女がパチリとウインクする。
その姿はとてもチャーミングで魅力的で。
こんなに綺麗な人を・・・他に知らなかった。


『キラ君、アスランをお願いね。私達の育て方の所為で・・・感情表現がイマイチなんだけれど、
やさしい子だから』
『ええ、知ってます』

そう応えたら、眩しい笑顔が返ってきた。

『いやね。これじゃ親馬鹿ね』
『母さんっ!キラに何喋ってるんですか!!』
『あら、可愛いキラ君をアスランだけに一人締めさせておくのは勿体無いから、私もお近付きに
なっていただけよ』
『なんですか!それ!!』


笑い声で包まれる、
大好きだった、
幼い日の大切な思い出。


あの人が、もう居ないなんて。



(・・・僕が泣いていられない)


放っておいたら、溢れ出てきて止まらない思い出を、無理矢理頭から振り払う。



辛いのはアスランに決まっているのだから。
うまく動かない思考の中で、まずアスランのこの冷たさをどうにかしないと、と思い
キラは涙を拭う。
そして、



「アスラン。このままじゃ風邪をひくから・…中に入ろう・・・ね」


宥めるようにアスランの背中を叩くと、
キラはアスランの肩を抱き家の明かりの方へと促した。





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