for heart ...7。
アスランは、執務室の扉の前に辿り付くと
息を吸い、気持ちを落ち付かせるように長く息を吐き、マイクホンに向かう。
「アスラン・ザラ出頭しました」
『入りたまえ』
「失礼します」
一礼し、開かれた扉の向こう、部屋の中へと足を踏み入れる。
正面、卓上で手を組んだクルーゼが、アスランを迎えた。
「呼びたてて済まなかったな」
アスランは、いえ と返事を返しながら、クルーゼの傍らにある存在に目を向ける。
(・・・・・キラ)
見慣れぬ、ダークレッドの軍服を纏っていようとも
真っ直ぐで、どこまでも透明なアメジストは、昔と何も変わらない。
ただ、その眼差しは「知らぬ誰か」を見つめるように、感情が映る事は無くて
・・・・アスランは、ちらりと見ただけで視線をクルーゼへと戻す。
クルーゼに見られるのも、僅かな感情の揺れまで見透かされているようで
居心地のいいものでは無いが、キラと目を合わせているよりはマシだった。
これ以上は、例え隊長の前であろうともキラに詰め寄ってしまう・・・自分を制御しておける自信が無かった。
クルーゼはそんなアスランを観察し、自分に視線が定まったのを見計らったようなタイミングで
僅かに口端を引くと・・・言葉を繋げた。
「先ほど聞いてもらったと思うが、其処に居るキラ・ヤマトは、ストライクの件での能力が評価され
一般兵から君達と同じ立場になった。しかし、軍自体に配属されて日がまだ浅く、兵としての経験は
無いに等しい・・・・だからと言って、他ならぬを紅を纏う者に、「迷い」は許されるものでもない。
そこで、君には先輩としてキラをフォローを頼みたいのだよ」
「私が、ですか」
「そうだ。年も同じだと聞いている。丁度良いと思ってな。無論君に異存が無ければ、の話だが」
アスランは僅かに片目を細めた。
呼ばれた理由は大方の予想通りだった。
キラに関する事であろう事は。
けれど・・・キラは、隊長に何も話していないのか。
「どうだ。やってくれるかね」
重ねて問われた言葉に、アスランは半ば無意識で「はい」と返事を返す。
軍の中で昔馴染みだからと言って、馴合うことが正しいとは思わない。
が。知り合いである事すらも、隠す必要があるのだろうか?
秘密にしなければならない過去なのか?キラにとっては。
アスランの返事に対してクルーゼは頷くと、傍らのキラに目を移す。
「キラ・ヤマト」
「はい」
「何か解らぬことがあれば、このアスラン・ザラに聞くといい」
「はい」
眼の端でダークレッドが動き
正面で翻る。
そして躊躇いなく、差し出された手。
「よろしくおねがいします。アスラン・ザラ」
・・・・一体どういうつもりなのか・・・。
戦うことを厭うた、その手を
何故今更、自ら戦いに染めようと決めたのか。
ここまで自分を「無い者」と見るのは何故なのか。
「こちらこそ・・・・・・キラ・ヤマト」
震える、精一杯の平静さを装って、喉から引き出した言葉と共に、
幾方ぶりに触れたキラの手は、昔と同じ温かさだった。
今はそれだけが、キラとの思い出が本物であると信じられる
唯一の証のような気がした。
クルーゼの部屋から共に退出し、部屋へと案内する為居住区へと向かう。
アスラン、それに続くキラ。
二人は一定の距離を崩す事無く、歩いていく。
そして、一般兵が滅多に通ることないゾーンに入って
アスランの足が止まった。
「キラ」
キラの歩みも止まる。
「どうしてここにいるんだ」
アスランの背越しに、酷く冷たい声音が落とされる。
イザーク達ですら、思わず怯ませるのではないかという程の威圧を以って。
しかし、それを受けるキラの声は、
「別に、少し気が変わっただけだよ」
と平然としたものだった。
それに、アスランを「忘れて」いたのではない、今まで態度は解っていた上での事であったと
その言葉は伝えていた。
「嘘だ」
短く吐き捨てるように言うと、アスランは体を翻し、ありったけの力でキラの背中を通路の壁に押しつける。
鈍い音。
その衝撃に、キラの表情が僅かに歪む。
しかし構うこと無く、アスランはキラの襟元を掴み、挑むような勢いで顔だけを引き寄せた。
「あんなに戦争はキライだと言っていた、 僕がここに来ることにさえいい顔をしなかったお前が、
どうしてここで戦う気になれるんだ」
掴む力の強さに、キラは小さく咳をする。
「・・・また一緒にいられるんだから。少しは喜んでくれても、いいと思うんだけど」
「喜ぶ?ここは、前線だぞ。ここに居たら・・・・あんなもの使えるようにしたら!
お前はその手で、銃を撃たなければいけなくなるんだぞ。それはキラが一番嫌がった事じゃないか!」
その怒りの熱を感じる程間近で、
溜めこんでいた感情を一気に吐き出すアスラン。
それを揺れる髪の隙間から
湖の水面のように静かな目が、見つめかえす
「・・・・・・変わらないね、君は」
ぽつり、と呟く声。
そして、目を細め紫を深める。
「今でも戦いを避けることがいけない、とは思わないよ」
逃げる事の無い眼差し。
「けど、戦わないで大切なものを失って、あとで悔やむことはしたくない から」
「じゃあ何故!あの時一緒に来る事を選んでくれなかった!?」
それとも、何か
アスランの唇が、自嘲気味に引かれる。
「『僕の為には』行く気なんて無かったが、今は他に守ってやりたい奴でもできたか?
大キライな戦争に喜んで参加してやれる程の奴がっ!?」
初めて。
キラに表情が過ぎった。
大きく見開いた目。
・・・・泣くかと、思った。
しかし、その瞳は一度揺れただけで
もとの静けさへと戻る。
「・・・・・ここにいるのは誰のためでもない。自分のためだ・・・けど」
キラは首許からアスランの手を解くと
地面を蹴ってアスランからすり抜ける。
そして擦違いざま、
「・・・・そう思いたいなら、それでいいよ」
静かにキラは告げると、薄い微笑みを浮かべ
アスランの肩口を軽く押し、通路の向こう側へと押しやる。
遠くなる背中。
「・・・・・っ!」
一人残されたアスランは
宇宙の映る強化ガラスを、感情の赴くままに殴り付けた。