for heart ...6。
ストライクに命を吹き込まれた日から、一週間が過ぎた。
しかし、あの日以来、動かすことに成功した人物の姿を、ここヴェサリウスで見たものはいない。
その人物が、整備兵(一応システム調整担当ではあったらしい)の一人であった事。
「ヤマト」という名で、パイロット経験は訓練学校でのみだという事。
そして、今は機体ごとガモフに移ったらしい、というのが彼の情報の全てだった。
ガモフでは、ストライクの実戦投入を前にした最終調整がされていて、イザークがその相手をさせられているらしく
ヴェサリウスに偶に戻る彼の機嫌は、日を追う毎に降下の一途を辿っていた。
「顔見てないのオレだけになるワケ?どう、イザーク的には」
好み?
機嫌が悪い・・・その原因は例の新入りにあるであろう事に気付いている筈だが、
ワザとその話題を出す辺りがディアッカのディアッカたる所以・・・・。
カン。
机の上で、ドリンクの底が甲高い音を立てる。
そして、イザークは銀糸の前髪越しに冷たく一瞥すると
「知らん」
切って捨てるように、言葉を吐いた。
ディアッカは頭の後ろで手を組んだまま、椅子の上で体を逸らせる。
「知らんって、毎日会ってるんでしょ?」
「実物は見ていない」
「はぁ?何ソレ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・こっちが聞きたい」
イザークは、煩そうに眉間に皺を寄せた。
「ストライクに乗る時も降りる時も、パイロットスーツのヘルメットで顔など解らない。
機体同志の交信は、音声のみ。しかも終れば隊長が来て即撤収。何処でアイツの面を拝む瞬間がある」
「て、徹底してるねェ」
「徹底しているというより・・・・異常だ。アレは」
イザークは手をつくと、椅子から立ち上がる。
「また、戻るの?」
「いや。もう必要ないらしい」
声を掛けたディアッカを振り返らず、
ドリンクをそのままに、扉へと向かう。
「何?それって・・・」
ディアッカがさらに答えを求め様とした所で、
召集を告げる艦内マイクからの音が、それを遮ぎった。
『主要部署責任者、及びMSパイロット。1330にブリーフィングルームに集合の事。
繰り返す・・・・・・・』
「そーゆーこと」
椅子を軋ませながら、ディアッカは意味ありげな表情で見上げる。
その視線の先、イザークはスピーカの方を一瞬だけ見上げると、アナウンスが終る前に
扉の向こう側へと消えた。
1330、10分前。
ニコルはブリーフィングルームの扉をくぐっていた。
既に、集合を掛けられた殆どが集まっていて、部屋は人の声で包まれている。
何故呼び出されたのか
既に聞くまでも無い事だった。
新しいパイロットとして、茶色の髪をしたあの人を紹介する為・・・だろう。
普通のパイロットならそんな事はしないだろうが、
あのストライクの専属パイロット、
つまりは自分達と同列に名を連ねることになるのだ。
・・・当然の召集と考える所だと思う。
適当に居場所を探すために移動する中、時間厳守のはずのアスランの姿が
まだ無い事に気付いた。
(やはり、無関係・・・・って事はないでしょうね)
あのストライクの件以来、アスランは・・・仕事はいつも通り完璧にこなしていたが
ふとした瞬間に、違和感・・・今までのアスランには無かった気配を感じることが多くなった。
元々愛想がいいとはお世辞にも言えない人だが、それまでにも増して感情を表すということが消えたのだ。
翡翠の色は暗く沈み
たまにその色の深さに、畏怖すら憶える事もあった。
(ただの知り合いにしては・・・)
「ヤマトっていやぁ、お前んトコの下だったろ」
耳にするりと入ってきた名前に、ニコルは思考を中断し足を止めた。
『ヤマト』
確か、噂で聞いたあの人の名・・・・。
横目で見ると、整備主任を囲むようにして2、3人が話しこんでいた。
ニコルは近くに寄り過ぎないようにしながら、声が聞こえる範囲の
壁に寄りかかる。
そして目を閉じると、その会話の内容に意識を集中させた。
「下っていっても、来て3週間と経ってないからなぁ」
「どんな奴だった」
「それがあんまり印象に無くてな。同期で入ったのに聞いても、訓練学校に居た期間が
とてつもなく短かかったらしくってさ。終了したのが偶々一緒なだけ、だと」
「あれだけの事ができて、素性もウヤムヤ、「噂」も無しか?」
「うーん・・・そう考えると不思議なヤツだったよなぁ・・・」
「趣味悪ぃな。立ち聞き?」
突如降ってきた声に薄っすら目を開けると、
何時の間に来たのか、ディアッカが 音も無く隣りに収まっていた。
「情報収拾、と言ってくれませんか。せめて」
その言葉にディアッカは唇の端で笑うと、腕を組んでニコルを見下ろす。
「じゃ、何か収穫はあったの?」
「聞けば聞くほど謎は深まるばかり・・・ってとこでしょうか。パイロット志望で入った訳じゃないのに、
機体に触って一週間で「ココ」に配属ですからね、・・・・イレギュラーもいいところです」
「一応ザフトは「階級無し」だからねぇ。使える者なら選ばないって事じゃないの?ただでさえ絶対数が少ない
コーディネイターだから、人選んで 悠長に訓練させてやる余裕もないだろうさ」
おっ、
小さな呟きと共に、ディアッカの視線が動いた。
ニコルもそれに倣う。
二人が眺める前を
アスランが、続いてイザークが通過して行く。
無論、此方に払う関心は皆無。
こっちもそんな二人に、あえて声を掛けに行くような馬鹿はしない。
「・・・まぁ何にせよ、今からハッキリすることですから。もう、憶測は充分ですよ」
「まったくだね」
ニコルは腰に手を宛てて、ディアッカは腕の時計に目を落とすと
間近に迫った「その時」を、待った。
1330.を少し廻った頃。
「全員揃っているな」
余裕に満ちた声が、部屋の喧騒を鎮めた。
その場に居た全員が立ち上がって姿勢を正し、敬礼する。
クルーゼもそれに敬礼を返すと、壇上へと足を降ろし
「早速だが」と前置きする事無く、話しを切り出した。
「既に知っての事と思うが、ストライクが動かせるようになった。
あの機体が使い物になるのは、かなり有難い。 連合のように湧いてでるような人員も居ないからな。
今日集まって貰ったのは、そのパイロットを皆に紹介する為だ」
驚きというよりは、やはりなといった雰囲気が部屋を包む。
「入りたまえ」
全ての視線が、クルーゼの振向いた方へと集中する。
カツン。
静まりかえった室内に、軽い靴音が響いた。
その体重を感じさせない動きは
鳥が水面に降り立つ姿に似て
身に包んだ深紅の軍服が
飴色の髪が、
その動きに合わせ、ふわりと舞う。
そして、無駄の無い、静かな動きで
クルーゼの斜め前へと進み出る、少年。
「ストライクのパイロットを任せる事になった、キラ・ヤマトだ」
クルーゼに肩を抱えられるのと同じくして
無造作ともいえる髪型に覆われた、伏せがちの目が
静かに、開かれた。
・・・キラの容姿は、伺い見るにいくら整っているとはいえ、
コーディネイターであればと思えるものだった。
しかし、その伏せた睫の奥
淡い紫と濃い紫が絶妙の色合いで混じりあった、その目に光が映りこんだ時。
彼を包む、印象が一変した。
夜明け前の、凛とした空気のような清浄なオーラ。
すらりと伸びた背筋。゜
ありふれたその髪の色でさえも
特別な宝石の色彩に思えるほどで。
時が進む速度を変えたのかと思わせるほど
彼の仕草の一つ一つがゆっくりと、確実に
見る者の心に何かを残していく。
「嘘だろ」
息を呑む音。
近くから茫然としたような、小さくない呟きが聞こえる。
「あれが・・・ヤマト?」
その声は、さっき聞いた整備主任のものだった。
キラは、 真っ直ぐな目に、集まった人々の顔を映す。
「キラ・ヤマトです」
ざわ。室内に囁きの波紋が広がった。
それは忘れるはずも無い、あの時スピーカ越しに響いた声、だった。
けれど、あの時よりももっと甘い。
聞くたびに、見えない力に心を絡めとられていくような・・・。
「ストライクのパイロットとして、皆さんの足を引張らないようにと思っていますので
宜しくご指導下さい」
キラが軽く頭を下げ、その瞳の呪縛が途切れた時
自分が思わず見惚れていたのだと気付かされた。
我に返ったニコルは、そっと他の三人を伺い見る。
傍らのディアッカは、へぇと満更でもないような表情で
イザークはむっつりと黙りこんで、その秀麗な目許を険しくさせ
アスランは恐ろしい程の無表情で、
それぞれがキラを見つめている。
予想通りの反応を確認して、再び視線を戻すと、
クルーゼがキラに向けて一つ頷いた所だった。
「期待、しているぞ」
「はい」
顔を上げ僅かに笑みを浮かべたキラに、クルーゼは微笑みかえすと、
踵を返し手を上げ解散の合図を示した。
キラに先に出るよう手で促し、自分も壇上を後にする。
そして、扉が自分の為に開かれた瞬間、
「ああ」
思い出したように、クルーゼはアスランの方を振り返った。
「アスラン・ザラ」
「はい」
アスランは、見つめていた扉からクルーゼへと視線を移し、背筋を正す。
「後で私の執務室に来てくれたまえ」
「はっ」
アスランの敬礼に、頷くことでかえすと
クルーゼの白い軍服は、扉の向こう側へと消えた。
・・・暫くして
「アテられた」ようになっていた人々が
ようやくといった風に、各自の持ち場へ戻り出し
ブリーフィングルームが、元の雰囲気を取り戻り始めた頃。
アスランは一度深く目を閉じた後、残っていた三人の視線の前を横切って部屋の出口へと向かった。