for heart ...5。

「よぉ、会えたのか」


手を上げるディアッカの前、アスランは何の反応も返すこと無く通り過ぎていく。



「……無視かよ」



上げた手をそのままに、ディアッカは片眉を上げてアスランの背中を見送った。


無愛想なのはいつもの事だが。

いつにもまして心ここにあらず、という感じだ。


「無視っていうより、聞こえてないみたいですよ」



溜息交じりの声に、ディアッカは顔をそちらに向ける。
と、後を付いていたニコルが代わりにという風に、地面に足をついた所だった。


「あのストライクを操っていた方とすれ違ってから、明らかに様子が変なんですよね。
此方が話しかけたことは一切通じていないみたいですし



腰に手を宛てて、肩を竦めるニコルに、ディアッカが目を瞬く。


「ニコル、お前見たのかよパイロット」

「えぇ。すれ違う程度ですけれど。やはり同い年位の方でしたよ。…とても綺麗な方でした」
「へぇ?」
「クルーゼ隊長に連れられて行かれましたから」


ニコルは、ディアッカからアスランの消えた方に視線を移す。


「・・・あの感じだと、結構早くに会えるんじゃないですかね。」


そう言うと、見えない何かを追うように、目を細めた。







持ち場に帰る人波が、傍らを過ぎていく。
その誰もが、興奮していた。


『綺麗だったよなぁ』
『白い機体だとは思わなかったぜ』
『―パイロットはどんな奴なんだろうな』
『噂だけどさ…』


高揚感に満ちた、ざわめき。


…けれど、その総てが
耳の遠くで響いていた。




頭を支配するのは、ストライクのモニタが映し出した、繊細なプログラムデータと、
すれ違った時の、感情の見えない・・・アイツの双眸。

あの緻密さを以ってしなければ、ストライクは動かないのだろう・・・という事は解る。
きっとあのOSならば、機能を余す事無く発揮させる事ができるに違いない。

けれど、キラならば、

さらにOSを組替えて、あの機体をナチュラルでも使えるようにする事もできる筈。
戦う事が好きでないなら尚更。
誰でもいい、動かせるようにすれば・・・キラの使命は果された事になる。



しかしあのOSデータは、それを敢えて複雑に…キラにしか使えないように弄ってあった…としか思えなかった。


(・…そんなこと、なんの意味があるっていうんだ)


無意識に、眉に力が篭る。



(まるで自分の逃げ場を、無くしているみたいじゃないか)




アスランは自室の扉を開けると、
明かりもつけぬまま、締まった扉に背中を預けた。


・・・・紫紺の残像が、まだ、消えない。








そもそもザフトに入ろうと思ったら、 いくら志願兵制度を取っていても、
それなりの訓練を受けなければ
入ることを許されない。

キラと最後に会ってから、一年と少し。
最短で訓練期間を終らせたとしても、配属されて・・・まだ一ヶ月経っていないはず。

さらに、ザフトの中で更に特殊なクルーゼ隊に配属される為には、余程の実績を上げなければ無理だ。

それこそ巨大なコネでもあれば別だが、一般のコーディネイターで、その能力も「通常より上」とだけしか

認識されていないようなキラに、そんなものがあるはずが無い。

キラの能力の高さは…幼年学校の初期でこそ、その片鱗を目にする事が出来たが、
後にキラ自身その事が「面倒だ」と気付いてからは、徹底して隠そうとしていて、
自分しか知らないと言っても過言ではない。

人の目にその能力が触れるかもしれないという事には、端で見て居て、「もう少しやってやれよ」
と思うくらい、いい加減に
こなしていたから、あれで本来の力が解る筈が無い。



本気で動き、その能力を見せ付けたこと以外、ここに存在し得ない人間。



あれだけ自分が言っても、心動かすことの無かったキラが。

其処までしてここに来ようとする理由なんて・・・・。



(・…そう・・・か)


アスランの顔が不意に歪んだ。
俯いて零れた髪が、その表情を覆い隠す。


額にやった手が、微かに震える。
・・・・自分の思いあがりに、
・・・・・・込上げてきた・・・・笑い。



(自分が永遠だと信じる想いが・・・同じだとは限らない…)


心の何処かで分っていた事が、恐れていた事が
目の前で、形になっていく。


心臓が、真綿で締め上げられていくように痛い。




他に誰か。


キラの心に住む人が・・・

彼が、忌むべき戦いに身を置いても守りたいと願う存在が

できたと。



そういう事か?キラ。




背中を預けたまま、ずるずると力なく屈み込む。

噛み締めていた唇から広がる、錆びた味。




最後に会った日、キラがどんな顔をしていのか正直はっきりと思い出せない。
思いのたけを叩き付けて…酷いこともした。


けれどあの日
キラが受けとめてくれたから…。


復讐の心だけに支配される事なく

大切な人を失う悲しい想いをしなくていいように、
皆の・・・そして何より君が幸に生きる事の出来る世界を守っていけたらいいと。




その為に自分は戦える
・・・・
そう、信じる事が・・・できたのに。




(君は・・・・「誰」を守りたいと・・・・願ったんだ?キラ。)





顔を覆った指の隙間。
暗闇で獣の目が光るように・・・。

その翡翠の眼が、妖しく・・・切なく光りを帯びた。




top