for heart ...4。
ストライクの勇姿を一目でも見ようと、今だブリッジへと向かおうとする人波。
その人々に接触する事無く器用にすり抜け、壁を蹴り、
アスランはMSの格納庫へと急ぐ。
こんな所に「あいつ」がいる筈がない
僅かな可能性にも、期待してしまいそうになる心を叱責するように
アスランはその端正な目許に皺を寄せる。
思い出せ。
あいつは何時だって争いが嫌いで。
大抵のことは受け入れてくれたが、戦うことだけは断固として
許そうとしなかっただろう。
その焦りを隠そうとしない、アスランの姿に
擦れ違う人々の一部は、驚いたように振り返っていく。
・・・もし、あいつにその気があったのなら、自分の手を取ってくれたはずじゃないか?
この道を選ぶ事を告げたあの日に。
けれど、黙って聞いていたキラは、口で罵るようなこともしなかったけれど、
ただ悲しい顔をして 「仕方ないね」とだけ呟いた。
それは・・・キラが繋いでいた手を振り解いた瞬間だった。
両親がナチュラルだから、甘いのだと、
自分達コーディネイターの能力がいかに彼らと違い
その力に劣等感や憎しみを抱いているか解かっていないのだと
いくら説明しても、その心が変わることがなかった。
『臆病者だって、呼ばれても構わないよ』
真っ直ぐで、大きな目が悲しげに笑みをかたどる。
『誰かが、抱いた憎しみを押し殺して戦うことを止めなければ…いつまでも終わらないだろ』
『じゃあ、ずっと死ぬまで、あいつらにいいように使われてればいいって云うのか!?』
あまり表に出した事の無い・・怒りの感情が体を支配していく。
ずっと一緒だったのに。
「優しい」事は充分に知っているし、自分が愛した大切な理由だ。
けれど、守るための戦いならば・・・自分が正しいと信じて言う事ならば
黙って頷いてくれると信じていたのに。
『もう、いい』
感情に任せて、 一方的に話を終わらせる
『君とは解りあえないみたいだ・・・残念だよ』
『・・・・そうだね』
その、消えそうな笑顔が。
悲しみを孕んだ切ない声が。
三年以上経った今も、重く冷たい固まりになって、心に・・・残っている。
父が国防委員長で、ザフトを選ぶ事は当然だという周囲の目が常にあった。
無論、歯向かう気も理由も無かったのだが、
自分の大切な人の両親はナチュラルで。
ザフトの正しさを説く、父の親も・・・ナチュラルで。
どうして、理解しあえないのか、戦わなくてはいけないのか、理屈では解っていたけど
心の中でどこか納得していない自分も確かに居た。
しかし、あの血のバレンタインで母親が何万人もの同胞と共に殺された様を見せつけられ、
ようやく進む道に迷いが無くなった。
軍に入り、不条理な権利を振りかざすナチュラルに復讐を。
そう考える事で、母を失った悲しみ憎しみも・・・行き場を失う事はなかったのだ。
そして、
暫く連絡すら取り合っていなかったが・・・
最後にもう一度だけ、アイツと会った。
最後の賭けだった。
卑怯だと。
うまく働かない頭の隅で承知しながら。
こんな事ができるナチュラルを
おまえは未だ許そうとするのか・・・と。
母親の死を突き付けて、キラに問うたのだ。
キラは黙って聞いていた。
やり場の無い嵐のような感情も受け止めてくれた。
けれど。
「自分も行く」という言葉は、とうとうその口から聞く事ができなかったのだ。
大きな一枚張りの強化ガラス越しに、格納庫が姿を見せる。
ストライクを収納した振動、
そして射出口の閉まる音が、僅かに艦を震わせた。
色彩を落とした機体。
ハンガーに、再び格納されたG。
大きなストライクの横顔。
その姿を横目に、格納庫へと続くエレベータに乗りこむ。
こんな戦いの中心に
ザフトに、アイツが居る訳がない。
・・・・けど。
あんな複雑なOSをほんの15分足らずで、形にでき
且つ、自分達が「噂」すら聞いた事の無い人物など・・・。
エレベータが開く。
凍えるような、宇宙と同じ温度が頬を刺し、
気圧の差が、髪を煽る。
そして、高い天井。
・・・見上げた先。
ストライクのハッチが開かれた。
中から出てきたのは、パイロットスーツではなく・・・一般兵が着用するモスグリーンの制服。
入口に手を掛け、僅かな重力に任せて舞い降りる姿。
見間違う筈のない・・・
懐かしい色の髪が、ゆるやかに舞う
下で待ち受けていたクルーゼが、満足げに微笑みかけた。
「見事だった」
「ありがとうございます」
すっと頭を下げ、微かに笑む少年。
「詳しくは、執務室で聞こう」
「はい」
外していた帽子を被りながら、
クルーゼの後に控え、目の前を通過していく。
あまりの動揺に、口すらも開けず、ただ見送るだけしかできない。
あいつは、眼の端に映った自分の姿に気付き、紫紺石の眼を僅かに細めたが、
何も言わず、前を通り過ぎて行った。
微かな・・・・懐かしい空気を残して・・・。
追ってきていたニコルが、二人とエレベータで擦れ違う。
軽く敬礼すると、アスランの傍へと辿り付いた。
「綺麗な方ですね」
そう言うと、興味深そうに背中を見つめた。
「お知り合いですか」
「・・・・・・」
ニコルの問いには答えず、アスランは地面を蹴る。
ハッチを閉じようとする、整備兵を捕まえ、
『見せてもらえるか』
と半ば強引にシートに収まった。
スイッチを押し、ストライクの待機電源を呼び戻してシステムを立ち上げる。
画面に表示されるOSは、自分達のものとは、遥か次元の違うもの。
無駄のまったくない、独自の論理に基づいたプログラム。
いっそ芸術的ともいえるような、その文字の羅列。
「こんなもの!!」
がんっ。
アスランは、システムモニタの枠を殴りつけた。
「君にしか、動かせないじゃないか!キラ!!」