for heart ...3。
4人が着く頃には、ブリッジは人で溢れかえっていた。
パイロット、管制官、整備兵関係なく、ありとあらゆる部署の制服が混在している。
予想を越えた人だかりに、ニコルとディアッカが呆れたような視線を交わした。
「凄い・・・人ですね」
「傾くんじゃねぇの?ヴェサリウス」
そう言った二人の声は、それ程大きく、響くものではなかった。
しかし、「違う」気配を帯びたその声は、零れた水滴が水面に波紋を広げていくように
興奮気味だったブリッジの一部を鎮めることになった。
自然と人が避け、前へと進む事ができる道ができる。
4人は、人に道を譲られ慣れた・・・悠然とした足取りでその人垣を抜け
腕組みをしながらスクリーンを眺める艦長、アデスの許へと辿り付いた。
「・・・いいのか。ブリッジがこんな状態で」
人が密集する事を嫌うイザークは、顔を顰めながら髪を払う。
アデスは苦く笑うと肩を竦めて返した。
「今日は特別だ。あのストライクが動く所を見られるんだからな」
「じゃあ、どうしてこんな面白いコト、真っ先にオレ達に教えてくれなかった訳?」
少し嫌味を含んだ笑みを浮べディアッカはアデスの横に立ち、ちらりと視線を投げる。
「今に至るまで、本気で動くと思ってなかったからに決まっているだろう。」
アデスは顎を擦りながら、笑みを収めた。
「お前らにも手に負えない、艦の専門家も匙を投げたものを、10分そこそこでを起動させると
聞いて「はい、そうですか」 なんて納得できる者がいると思うか」
「でも、隊長は動くと確信して触らせたのでしょう?」
ニコルは肘置きに手を掛けるとアデスを仰ぎ見る。
「無駄を何より嫌われる方ですから」
「確信あっての事だろうな…とは思う。けどお前なら信用したか?ニコル」
片眉を上げ見下ろすアデスに、ニコルはそうですね。と小さく笑う。
「いくら隊長の言葉とは言えもこればっかりは。アレを動かす難しさは、身をもって体験済み
ですからね。そんな短時間でなんとかされたんじゃ、僕達の能力が疑われます」
「おい」
前の方から、声が上がる。
再び低いざわめきがブリッジを支配し始める。
「出てくるぞ」
その声に、4人の気配が一変した。
今から起こる出来事の真意を、一秒足りとも逃さぬよう研ぎ澄まされた
その外見年齢をも変化させる程の、鋭い眼差し。
ザフト内部の人間が、「恐れ」すら抱くとさえ言われる・・・
第二世代の底知れぬ能力の片鱗。
格の違い・・・上に立つ人間である事を思い知らされる瞬間。
無意識に、周囲に居る兵が後ずさる。
その視線の先で、
宇宙が広がる硝子の向こう側、ゆっくりとリニアカタパルトが展開を始めた。
ヴェサリウスから真っ直ぐに伸びるカタパルト。
稼動を示す誘導灯が、手前から点灯していく。
そして、その全てに明かりが満たされた時、
一機のMSが現れた。
繋ぎとめていた鎖を断ち切り。
宇宙に解き放たれる。
天を従える、鳥のように
空を翔ける、風のように
一瞬の揺らぎも無く、
蒼い光を従え、更なる高みへと昇っていく。
そして。
脱ぎ捨てられる、灰色のベール。
同時に、うわっとブリッジに歓声の波が広がった。
フェイズシフトを展開したストライクが纏うのは、鮮やかな白。
漆黒の宇宙にあって、その色はまるで光そのもので。
「白い機体…だったんですね」
ニコルが眩しいものを見るような眼で、その姿を見つめる。
ストライクは、優雅とも言える動きでヴェサリウスを旋回すると、
ブリッジ正面に向かってその動きを止めた。
『どうかね、調子は』
ブリッジにクルーゼの声が響き渡る。
正面巨大モニタの、片方にはインカムに手を添えたクルーゼの姿が映り、
何も映さない黒い画面が、もう半分を占めていた。
おそらく、ストライクからの映像が来るようまだ設定されていないのだろう。
誰もが、次の答えを固唾を飲んで聞き入る。
パイロットの、
ストライクを蘇らせた者の、その声を。
少しの沈黙の後、
『はい』
届いた、ストライクからの音声は
・・・・優しく耳を打つものだった。
微かに甘く、耳奥に残る声が静かにブリッジに降り注ぐ。
『もう少し調整したい部分もありますが、今の状態でも戦闘に使用できると思います』
「これが、ストライクを動かしている奴の声か」
イザークが微かに目を見張る。
予想だにしていなかった、優しい声音と、若さに・・・自分達もそうである事を忘れ
ニコル達は唖然とストライクを見つめる。
「この声の方が・・・あのストライクを?」
「同じくらいの年か?・・・いや、もしそうなら、オレ達が噂を聞いた事がないってのは、変じゃないの?」
動揺を隠し切れない三人の
その背後で。
アスランは映るはずの無い、暗いモニタにじっと目を凝らしていた。
ストライクから聞こえてきた、声に、
ナゼか、心が無性にざわついた。
若いからとか、そういうことでは無くて・・・。
何か、自分は大切な事を忘れている・・・焦りに似た感情だった。
・・・無線を通しているから、声音は変化する。
聞いたことのある声なんて幾らでもある。
でも、この泣きたくなるような懐かしさに、何故捕われるのだろう?
記憶の深い所で、甘い感情を呼び起こされるような・・・・この声は?
『俺は・・・・この声を知っている』
確かめなくてはならない。
考えるより先に、体が動いていた・・・・。
アスランは踵を返し、弾かれたように走り出す。
「え?アスラン!?」
ニコルは頬に風を感じて・・・傍らにあった筈の藍色の髪が突如消えた事に、驚いて振り返る。
しかし、既にアスランの姿はブリッジから消えた後だった。