for heart ...22。
キラが戦っている。
何のために?
ナチュラルを両親に持つキラに、戦う理由なんて無いのに。
『────を守れるなら』
また、幻聴が聞える。
アイツの声が、耳から消えない。
"何"を守ろうとしているって?
・・・いや・・・やめろ、聞きたくない。
その口で・・・声で、他の奴の名など、呼ぶな。
《デュエルエネルギーチャージ完了まで340秒》
《発進はGシリーズを最優先に。補給・整備・調整急いでください》
燃料をチャージする間に、機体の大きな損傷箇所に整備員達が簡易補修を施していく。
その間も刻一刻とかわる状況を伝えるために、様々な本面への通信が入り乱れていた。
どの通信が自分に宛てられているものか、それがいつどんなタイミングで入ってくるかも解らない。
常に注意していなければ聞き逃してしまう。
ソフト調整の為に端末を弄りながら耳だけをマイクに集中させ、イザークは差し入れられた栄養ドリンクを口に入れた。
別に走り回っていた訳ではないのに、待ちかねていたと言わんばかりに水分が体の隅々に吸収されていくのが解る。
栄養補給最優先の飲み物だから、決して美味い筈などないのに。
不思議と、今まで飲んだどんなものよりも美味い気がして、思わず手を止めラベルを確認してしまった。
・・・のだが。
《イージス・バスター両機、着艦します》
その通信が聞えた瞬間、今なら地球産の希少最高級茶葉のセカンドフラッシュにも勝るであろう命の水が入ったボトルは
あっけなく宙を舞う。
「貴様ぁっ!!どういうつもりだぁっ!?」
マイクの振動盤が割れんばかりの怒声に一瞬、ドック内に居た全ての作業用スーツの動きが止まった。
うわんうわんうわん。
スピーカーからの反響する音が、艦内のあらゆる場所で虚しく響き渡る。
これが、イヤホンを付けている人間の耳元全てで展開されたのだから堪らない。
あれだけ入り乱れていた交信でさえも沈黙する。
そんな中、バスターからの回線が開いた。
片耳を押さえたディアッカが、抗議の声を上げる。
『いってぇ・・・イザーク気持ちは分かる!けどボリューム下げろって!!』
「うるさいっ!黙ってろ!!!」
うるさいって・・・オレらの台詞なんですけど、ソレ。
誰が聞こうとも、ディアッカの抗議が正しいものだった。
だが聞き入れられないだけならまだしも、寧ろ下手な一言で火に油を注いでしまい、あらぬとばっちりを受けた経験だけは
誰にも負けないので、続く抗議は呟くものになる。
現に、発火寸前のアイスブルーには、モニタに映るディアッカではなく、目の前で倒れこむように収容された
赤の機体だけしか見えていなかった。
二人の揉め事は日常茶飯事だ。
イザークの言掛かりから始まり、アスランがそれに律儀に本音で答えて、イザークが逆切れするのが、いつものパターン。
しかし今回ばかりは、アスランに同情する余地は何処にも見あたらない。
その先走った行動の所為で、ディアッカの愉しみが減ったのも確かだ。
さっきチクリと言ってやった嫌味も、聞えているのやらいないのやら。
艦内に入ってしまえば、機体が活動限界を超えていたとしても、声は間違いなく届いている筈。
ここでイザークに怒鳴ってもらった方が、ちょっとくらいスッキリするかもしれない。
(ま、イザークの声にビビッて「ごめんなさい」・・・・・・なんて、言うはずないよな。そんなことになったら
オレがビビるってーの)
ディアッカは肩を竦めると、耳元に届くボリュームを絞りながら、モニタ回線を閉じた。
徐々に戻りだした音の中、イザークの怒鳴り声は相変わらず続いていた。
「一人で先行して、捨て身で戦局を変えるつもりで行ったのかと思えば、燃料切れで自力で戻ってこられもせず、
この様かっ!?」
アスラン・ザラの一人の為に、先鋒を務めるはずのGシリーズ全てでその行動をフォローする羽目になった。
結果として敵の数が予定よりも減らすことが出来ていたとしても、それは偶々運が良かっただけだ。
イージスがやられて、連合側を無駄に勢い付かせることになっていた可能性の方が遥かに高い。
コーディネイター同士の戦いならまだしも、相手はナチュラル。
"幸運"に頼る必要など初めからない。
作戦通り行けば勝てる相手に、無様としか言いようがない。
恥じるべき行為だ。
「結局掻き回しただけか?しかも今日が初陣の新人に助けられやがってっ!それでも紅かっ!?」
『・・・・・・助け・・・る?キラ・・・が?』
暫くの沈黙。
そしてザザッというノイズの後、アスランの呟くような声が耳に届いた。
最後に言葉を交わしてから1日と経っていないというのに、酷く久しぶりに聞いたような気がした。
コイツは、こんな声をしていただろうか。
マイクを通して聞くからか、あの時よりももっと深い闇が滲んでいるような・・・。
『はっ、ありえないな』
更にアスランの吐き捨てるような物言いに、イザークは違和感を確信に変え、目を細めた。
アイスブルーの中にあった熱は、急激にその温度を下げる。
イザークは、赤の機体がハンガーに固定されたのを確認すると、頭上のスイッチで回線を機体間のみに
切り替え再び口を開く。
その声は先程までとは違い、落ち着いたものへと変わっていた。
「・・・・・・なぜ、そう思う」
手許のキー操作し、イージスのカメラと繋ぐ。
モニタに映ったのは、うな垂れたままピクリとも動かないアスランの姿だった。
静かな重い声だけが、訥々とデュエルの内部スピーカーを震わせる。
「アイツは、俺がどれだけ言っても戦争に参加しようとはしなかった。戦いは嫌いだからと、俺の手を何度も振り払った。
なのにアイツは今此処に居る。自分でしか動かせないように機体を操作してまで、此処にこだわろうとしている。
そこまでしてアイツが守りたいものは・・・何だっていうんだ・・・」
「・・・。」
イザークはこめかみに手をやろうとして、ヘルメットで遮断されている事に気付き、舌打に変える。
今まで、出来ることを鼻にかけた優等生ヅラの堅物人間だと思っていたが・・・ただのガキに格下げだ。
コイツは自分が誘った時には来てくれなかったキラ・ヤマトが、『誰か』の為にはここに来たのが許せなくて
更に相手にもしてもらえないから、拗ねて暴走したのか?
今までの様子がおかしいのも全部、それで説明がつくと?
(・・・・・・馬鹿らしいっ)
イザークは、内部スクリーンに力なく手を付いた。
もう怒鳴る気にもなれなかった。
(戦争に、子供の喧嘩を持ち込むな・・・。こんな馬鹿の面倒なんぞ見きれるか。ニコルじゃあるまいし。
無視するか・・・いや、艦からイージス待機の命令も出ていない。
そうか・・・傍目からは、功績を上げたようにしか見えていないのか。
ということは、このまま奴を放っておいて出撃されたら、また同じことを繰り返すことになるということか?
それでまたフォローに回るのか?この俺がコイツの為に?)
っ!御免だ!!誰がそんな事するかっ!!
イザークはその叫びを胸内に辛うじて留める。
代わりに体全体で溜息を吐いて感情を捻じ伏せ、「いいかよく聞け」と念を押し、言葉を続けた。
「お前は敵中真っ只中で、正気を無くして知らなかっただろうが、アイツは・・・キラ・ヤマトは敵弾の真っ只中で、
装備を換装してみせたんだぞ。そんな訓練しているところを、見たことも聞いたこともない。ぶっつけ本番だろう。
システムもその場で構築したんじゃないのか?これは俺の予想だがな。
そしてキラ・ヤマトは、何故そんな危険を冒してまで武装換装したのか・・・初めの装備じゃ追いつけないと
踏んだからだ。遥か敵のど真ん中、先行する貴様にな」
画面に映るアスランの肩が、微かに動いた。
《デュエルエネルギーチャージ完了まで90….98.99完了しました。引き続き発進シークエンスに移ってください》
抑揚のないオペレーターの声に、イザークは「了解」と返し操縦桿に手を置く。
「その成功確率まで、オレが教えてやらないと解らない。とか言うなよ。この馬鹿が」
イザークの声を残し、デュエルはハンガーから脱して発進カタパルトへ・・・脇に収まった紅い機体に背を向けた。