for heart ...20。
「?」
イザークは目をすがめた。
ニコルと離れ、喰らい付いてくるMAを落しつつ、ヴェサリウスに進路を向けていたのだが
前方にチラリと瞬く光を見た気がしたのだ。
「なんだ?」
此方に向かってきている何かがある?
…援軍か?
イザークはレーダーに目を落とす。
ソレは見間違いではなく確かに存在するようで、しかも信号はザフト所属である
ことを示していた。
ただ示す距離の割に、質量が小さいのが気になるが...。
(無人機…いや、そんなもの配備されていたか?)
出撃までのミーティングを思い出してみるものの、やはり記憶に無い。
(まあ、一応確認だけでもしておくか)
イザークはウ゛ェサリウスに回線を繋ぐ為、スイッチに手を伸ばす。その時だった。
レーダーに、ニつ点を起点にした波紋が新たに現れた。
それは、この空域にいる味方に向けて信号が発信されたことを意味していた。
さらにその円の中に短く内容が加わる。
「全方位援護要請?」
起点の一つである問題の白い光は、既にデュエルの遥か上方に到達、通過しようとしていた。
イザークはスクリーンの望遠倍率を上げる。
MAにしては小さいが、そのカラーリングには見覚えがあるような気がした。
そしてもう一方の発信元は…GAT-X105
「まさか」
ある可能性にイザークは目を見開く。
レーダーに映る二つの点は、引き合うようにその距離を詰めていた。
そして…。
逆光。
宇宙に黒く溶ける機影から切り落とされる長い砲身に、太陽光が反射する。
それはまるで蝶が羽化するかのように。
羽は、生えかわり、
機体に白い光が満ちる。
「・・・るか・・・?」
イザークはまとわりつこうとする最後の一機を、半ば条件反射的に落としていた。
「するか?普通!?この状況で!!」
意識の殆どは、既に別の所にあったからだ。
戦いのまっ直中で武装換装し、戦いの更なる中心へと吸い込まれるように向かう、
蒼く流れる星に、攫われて。
既に余分な電源は、パイロットの手によって既にカットされていた。
コックピットには、外からの爆発光。
そして警告を告げる赤い光だけが満ちている。
「いないのか?」
ヘルメットの奥、アスランは暗く笑う。
「こんなにもいるくせに、誰も止められないのか?」
母の命だけでなく、欲しかったただ普通の幸せすら、
この手から奪った奴ら。
自分にとって、その"敵"は絶対でなくてはならなかった。
その罪を認めさせることができるのなら、一生分の時間を掛けてもいい、
そう誓ってザフトを選んだのだから。
・・・なのに、これほどに脆いものだったか?ナチュラルというのは。
憎しみを受け取る価値はおろか、力さえもないものなのか?
ならば、悲しみ、怒り、そして虚しさ・・・この気持ちは何処に行けばいい?
その上・・・この手で守りたかった、たった一つの存在までもが遠くなるのなら・・・
笑みをかたどる口許のすぐ傍を、一筋の光が薄く滑る。
『...スラン』
この世界に生きるということに、何か意味はあるのだろうか。
『アスラン・ザラっ!!』
突如コックピットに鋭い声に、アスランの視界が開いた。
更に激しい衝撃と共に、イージスは何者かに機体の動きを封じられた。
操縦桿を動かそうとするが、コントロールまで奪われたようだ。
そしてその何者かは周囲の敵や攻撃に目もくれず、一気に上昇、加速する。
『警告音が聞えない?エネルギー切れ掛かってるだろ』
接触したことで、より鮮明な声が耳に届く。
懐かしい筈のその声は、今は心に鈍い痛みをもたらすものでしかない。
繰り返される映像交信のコンタクト信号
「・・・キラ。邪魔をするな」
無機質で感情を感じさせない声と共に、アスランはその手で信号を拒んだ。
肺を満たす安堵の溜息。
キラは、思わずシートに体を預ける。
返ってきた返答。
内容は関係ない、声が聞けた・・・それだけで充分だった。
キラは瞬きと共に閉じた瞼にぐっと力を込めると、表情を一変させる。
「はっ邪魔?僕が?」
姿の見えないアスランに向けて、嘲るように唇を引く・・・そして。
ガヅンという鈍い音と衝撃。
その音は、ストライクがイージスを片腕で羽交い絞めにした状態でナイフを脚から取り、
その紅い装甲に向けて突き立てた音だった。
関節を狙ったわけではない。
現にイージスのPS装甲が働き、ダメージらしいダメージにもならないものだった。
だが、それはイージスにとって最後の一撃になった。
紅の機体が、グレーへと戻っていく。
PS装甲の稼働の限界だった。
アスランの驚異的な腕で被弾を免れていたからこそ、エネルギー消費は推進力と攻撃のためにしか
使われず、結果ここまで持ったというだけなのだ。
だが、たったこれだけの衝撃でエネルギーは枯渇する。
本当に・・・ギリギリのラインだったのだ。
「邪魔なのは君だよ。アスラン・ザラ」
キラは色と力を失った機体を、味方機に向けて蹴った。