for heart ...18。
「イージスが先行し過ぎてる」
低く呟くキラの眉間に刻まれた皺が深くなる。
敵の数。
味方の残存数。
そしてイージスが出撃してからの経過時間。
その確率をコンピュータで弾くまでもない。
このままだと・・・
「戻れなく...なる」
キラは、即座に長距離砲発射用の補正グラスを引き寄せ、
集中する砲火に向けて照準を合わせる。
そして幾つかにブレていた白い照準枠が直線に固定される瞬間を待ち、ためらいなく
手元の引金を引いた。
放たれた高粒子砲の導く筋に爆発が連なって、敵機を示す枠はその姿を消す。
その束の間の暗闇にさえ、キラは体の底が感情に震えるのを感じた。
深く冷たい闇が君を捕らえて離さない。
いままでイメージでしかなかったものが、まさか今現実になりつつある、なんて。
「そんなものを見届けたかったんじゃないっ」
震わせた声に、第二波が重なる。
湧き上がる怒りは、戦争止めようとしない敵や味方に対してのものなのか。
また役に立たない自分か…それとも立ち止まろうとしない彼に向けてなのか。
やっと此処まで来られたのに。
君にどう思われたっていい。
君が死ななければ…そしてできれば君が幸せになってくれたなら、ただそれだけを思って。
その心の為だけに、ここを選んだのに。
助けるどころか身代わりにもなれないなんて
「それじゃ意味がないんだよ!」
叩きつける相手もいない叫びがヘルメットを曇らせる。
今だ遠ざかりつつある機影。
援護だけではダメだ。
どうにかしてここで片をつけなければ…再出撃を待つ余裕はない。
だからといってこの装備では…
思考を巡らせ揺れていたキラの目が、ふと細まった。
そしてアグニを放つ傍ら、キーボードを引き出しストライクのOSを呼び出す。
幾つかのデータに手を加えたところで、異常を知らせるアラートが一斉に鳴り響いた。
しかしキラはそれに構うことなく、キーを叩き続ける。
するとレッドサインは何事もなかったように静けさを取り戻した。
<ブリッジ>
キラは最終確認に目を走らせた後、コンソールに指を滑らせる。
<エールストライカーパックの発射準備を。発射のタイミング及びコントロールは
此方に全て渡して下さい>
「かっ艦長」
通信士が顔を上げ、背後を振り返った。
「キラ・ヤマトからの通信です」
「被弾でもしたか?」
「いえ。エールを…単独で打ち出せとの内容が・・・」
「なんだと」
腰を僅かに浮かせたアデスに、一瞬たじろきつつも通信士は言葉を続ける。
「しかもコントロール他全て渡せという事ですが」
「戦闘中に装備を換装する気か?補助プログラムは?」
「まだありません」
「訓練もなしに本番だと?正気か!」
怒鳴り声に傍らにいた管制官も首を竦めた。
いつしか他のクルーも手を止め成り行きを見守っている。
「許可するわけにはいかん!そう伝えろ!!」
「いいではないか」
マイク無しでもストライクに伝わるのではないかという程の音量を、
静かな声が制した。
管制官達の目もアデスから隊長席に腰掛けていたクルーゼへと移る。
「クルーゼ隊長、しかし」
「このまま全滅させる気だろう。キラは」
顎に手をやりながら、戦局を映し出すモニターをクルーゼは眺めている。
「そんな無茶です。確かにストライクに換装システムがあることは承知しています。チャージの為戻る間にも
相手の援軍は沸いてくる訳ですが・・・いや!しかし、訓練の有無どころか初陣ですよ彼は!許可できません」
「前例とは破る為にあるものだよ。アデス艦長」
静かに、だが確実にクルーゼの仮面下の唇は笑みを刻む。
「知っているかね。奇跡の確率で生みだされた戦う為に作られた存在のことを。その哀しい存在は
愛する者を守るためだけに剣を取る。決して死なせぬと。そして戦の女神はその存在を全力で守る。
生まれし愛し子とその願いを」
「・・・」
アデスは存在という呼び名に、言い重ねようとした口を閉ざす。
クルーゼの笑みは消えていた。
しかし仮面で見えないはずの表情は、余裕に満ちていると何故かわかった。
今の戦況で不安要素は溢れども、安心材料はなにもない。
しかしクルーゼは確信しているのだ。
自分が出るまでも無く、勝てることを。
そしてその勝利は、GAT−X105を駆るパイロットがもたらすということを。
「・・・アグニは強力だが、そう何発も撃てん。準備を急げ」
アデスは何故にそれほどに確信が持てるか理解できないまま、管制官に指示を下した。