for heart ...16。
最終調整の為に機体に留まっていた整備兵が、<GOOD LUCK>・・・無音の言葉を残して
ハッチの向こうに消えていく。
一瞬の真闇に蘇る光。
小さく鼓動を刻むだけだった機体が、目覚めた合図だ。
グレーだった360度スクリーンは、格納庫の風景に変わる。
そして右方向奥、外側に伸びていく電磁式カタパルト。
一機の先行する機体の姿。
(真空に音はない筈なのに)
だが、紅い風は目に見える程の圧力を残して、宇宙に消えていく。
ブリッジに到着したとき、もう既に自分達以外の全員が集まっていて、
クルーゼ隊長も待たせている状態だった。
「「申し訳ありません」」
時は切迫している。
それ以上の言葉は、必要とされていなかった。
「さて」
クルーゼ隊長は、自分達の視線を待って、何時もの口調で話を切り出す。
「使える機体が5機になったことで、今までよりもより危険度の高い指令が
こっちに回ってくるだろう、ということは覚悟していたのだがね」
クルーゼが片手を上げると、ブリッジの照明が絞られる。
同時に何も無かった宙域図に、大きな点。そしてそれを囲むようにして展開する光が現れた。
「敵は、新造戦艦を本部の地球へ下ろそうしているらしい。覚えているかね?君達が機体を
奪取したときに向かってきたあの艦だよ」
「あの白いヤツ…」
傍らに立つディアッカ・エルスマンが低く呟くのが聞えた。
モニタを見つめる他の両眼も、大きく光る一点を鋭くにらみつけている。
「艦の性能としては、スピードこそ此方のナスカ級にやや劣るが、オーブの最新型強襲機動特装艦だ。
何時もの図体だけが大きい戦艦とは訳が違う。クルーも各部門の精鋭を揃えたと聞く。
足つきを確実に本部に下ろすために、周囲から援軍も集まってきている。・・・向こうも本気と言うわけだ」
クルーゼは宙域図から、パイロット達に目を向ける。
「まだ地球までの距離はあるからな。今回は一気には出ず、出撃を分散させる。
先行はディン5機と共にイージスとデュエル。バスターは他機の援護に回れ。 後は指示があるまで各機内で待機、
とはいってもあれだけの数だ。直に出番は回ってくるだろう」
「はっ」
靴音が揃う音、そして敬礼。
クルーゼ隊長は頷くと挑戦的に口端を引く。
「天使の白い御足、母なる大地とやらに下ろさせるなよ」
直に出番が来る、というのは出撃できぬものへの気休めではなく、
しかも思うより早く現実になりそうだった。
此方は長期戦になると踏んでいたのだが、あちらは数に任せて一気に片付けようという気らしく、
激しい弾幕に、他部隊のディンも併せ立て続けにやられた。
Gシリーズが善戦してはいるものの、如何せん数が多すぎた。
しかもこの機体にはタイムリミットが存在する。
例え機体が破壊されなくとも、フェイズシフトがダウンしてしまうのだ。
装甲機能のエネルギー切れは、すなわち機体がただの鉄のカタマリと化したという事を表す。
なので、ある程度戦ったらダウンする前に、エネルギー補給に戻らなければならなかった。
戦闘開始から一時間経つ。
あれだけの弾幕の中を戦っている事を考えると、もう限界値は遠くないと思えた。
キラは閉じていた両の眼を開く。
直後、機体を重い振動が襲った。
被弾した機体が立て続けに二機帰投してきた、その振動だった。
『ブリッツ、ストライク。両機発進シークエンス、スタートします』
機械音声かと思うような抑揚の無い声を合図に、リアルタイムの戦闘データが音声、画像に姿を変えて
コックピットに溢れかえる。
一足早く発進する黒い機体が通過していくのを見送って、続いて発進位置に着く。
「キラ・ヤマト、ストライク・・・行きます」
風景が、存在しない無い筈の「風」を見せる。
ヴェサリウスから離れ、音声で伝えられる情報は消える。
ヘルメットの中に、自分の息遣いだけが響く。
《戦闘訓練》は好きになれなかったが
宇宙での上下感覚のなくなる瞬間は好きだった。
体が開放される。
上も下もなくなって、手足が人工的な重力から解き放たれて、
もっと自由に動けるようになる。
けど…今日は調子が違う。
まだ。慣れない。
いや…。
やや強張る指を、キラは見つめる。
戦場が怖いわけじゃなくて。
やっと・・・やっとここまで来られたことに、気持ちが昂ぶっているのかもしれない。
『初めての実戦ですね』
回線が開く。
先に発進した黒い機体…《ブリッツ》からだった。
「えっと・・・ニコル・・・」
『アマルフィです』
ヘルメットの隙間からにっこりと微笑む目が覗く。
『緊張・・・しますよね。怖くないですか』
「えぇ少し」
キラは前方に視線を移す。
スクリーンに戦闘で爆散するヒカリが見える。
赤い背中は、まだ見えない。
けれどセンサーには、GAT-X303の白い文字がある。
キラの脳裏に、ブリッジでの風景が過ぎる。
・・・アスランは、もう此方を見ようともしなかった。
ロッカーですれ違った時も、視線が合うことはなかった。
それでいい。
人は変わるものだ。
自分は、いつまでもアスランが守らなければならない人間ではない。
昔はそうだったとしても。
その眼差しが昔に還ることはなくても。
・・・そのことに胸はまだ、痛むとしても。
強張る手を握って開き、グリップを握りなおす。
「けど平気です」
自然と、綻ぶ唇。
「ずっと来たかった場所だから」