for heart ...15。



「くそ、なんで俺が、奴のフォローにまわらなければならないっ」

イザークは不機嫌オーラをこれでもかという程に漂わせ、床を踏みつけるように進んでいた。




艦長にキラを連れてガモフに戻るように言われていたのだが、あのミーティングの後
アスランと二人で隊長によばれたきり、一向に帰ってこない。
ディアッカからの情報によれば、隊長の部屋から二人が出てきた姿を見た者もいるらしく、
話は終わっているようだ。

部屋にでも戻っているのかと思い、呼び出したのだが、不在のコール音が鳴るだけで居る気配がない。

時間は無駄に過ぎていくばかりで、痺れを切らして艦内を探しまわること数十分。
ようやくにして、少し脇に入った通路に凭れ掛っていた探し物の片割れを見つけ出すことができた。


『おいっ、貴様っ!今まで何処に行っていたっ。用が済んだらとっとと持ち場に戻ったらどうだ!?』


自分と同じ色の肩を掴んで、振向かせる。
抵抗なく紺の髪が返り・・・髪の隙間の、翡翠色をした眼とぶつかる。

いつもなら怯むという事を知らない眼差しに、生意気だとかそういう感情が生まれるのだが。


…ほんの一瞬だったのだが…続ける言葉に詰ってしまった。



夜の海を前にした時に抱く感情。
底知れない闇を前に、立ち尽くすのと似た・・・。





無論、一瞬でもアスランに対してそんな気持ちを抱いた事は、自分の中から瞬殺されるべき事で、
イザークは頭からその事を振り払うと、悟らさせまいと語気を強めた。


『ガモフに戻る。キラ・ヤマトをつれていけといわれた。何処に居る』
『さぁ』
『さぁ、って何だ!?隊長に面倒をみるようにとでも頼まれたんじゃないのか』
『そうだが?』


アスランは冷めた声と共にイザークを一瞥すると、煩そうに肩からイザークの手を払う。


『キラ・ヤマトも子供じゃないんだ。いちいち世話を焼く必要もないだろう。
・…限られた空間なんだ。探せばそこら辺にいるんじゃないのか』


低いトーンでそういい捨てるなり、此方が怒りを覚える隙も与えず踵を返し、
遠ざかっていく背中。



・・・・・・一体、奴にとってキラ・ヤマトはどういう存在なんだ。


イザークは、怒りとは別の所で顔を顰めずにはいられなかった。



アスランは、生意気で気に食わない奴ではあるが、新入りの、しかもこれから一緒に戦っていこうとする
同僚の事を頼まれておきながら、自ら放り出すなんて事は、奴の性格上ありえない。
ああ見えて後輩には人気がある。 ニコルが懐いているのが、その証だ。


しかし、キラ・ヤマトの存在を知ってからの奴は明らかにおかしかった。


自分がストライクとの調整相手に狩り出されている間の、アスランの行動を聞き及ぶに至っては
最早別人ではないかと疑うほどだった。


ただでさえ表に出すことが少ない感情を、全く見せなくなり。
だが、日に日に砥がれてゆく諸刃の剣を思わせるオーラ。

この自分でさえ。
ここまで奴は冷たくなれるのかと目を見張るほどの、変貌。




いかに奴が、エリートというオブラートに本性を隠し、アスラン・ザラを演じてきたのか・・・。






・・・・まあ、奴がどんな本性を持っていようとも、自分には関係ない事だし。
それで此方のペースまでもが乱されるのは、迷惑以外の何者でもないのだが。




「・・・あれか?」



イザークは通り過ぎかけた歩みを2,3歩戻し、ガラスに手を宛て目を凝らす。


格納庫を一望できる通路、強化ガラス向こうに、浮かんでいるダークレッドを確認すると、
イザークは、面倒だというように舌打をするとガラスから離れた。


そして、格納庫へと繋がるエレベータに滑り込む。



あの、アスランをあそこまで変える存在。
そして自分たちでは歯が立たなかったGをたった15分足らずで 起動させ、パイロット候補生でもないのに
1週間の調整の間に、自らの手足の如く操ってみせたその能力。




エレベータの銀の扉が開く。
気圧の違いからくる風にプラチナブロンドが煽られる。

腕で顔を庇いながら、目を細め、グレーに沈んだ機体の傍に浮かぶ赤を見上げる。



この艦で紅を纏い茶色の髪を持つものは、キラ・ヤマトだけだ。・・・間違いない。



(一体…なんなんだアイツは)



関心を持つなという方が無理だった。



イザークは、ストライクの収められたハンガーに近付く。
そして確実に声が届く距離までいて。
怒鳴りつりつけようとした時。


静かに囁くような声が、羽のように舞い降りてきた。



「僕は…それだけの理由で人を殺すんだろう…も…故郷も…し・・いね」



誰かと話をしているのか?
辺りを見るが、ストライクのハッチは閉まったままで、キラ以外誰かがいる気配も無い。
しかしキラは、Gの装甲に額を宛て、何処かに・・・いや機体に向けて話かけていた。


答えが返るはずもない無機物に話かけているなんて、滑稽に見えるべき事だろう。



しかし、いつの間にか・・・言葉の全てが自分の中から消えていた



機体を足許から照らす、強力な白い光源に浮かぶ、神聖な光景に、
声がだせなかった。




そして。



「僕は人間として…欠陥品なのかも…しれないね」



哀しげに、笑みを落とす横顔は


息をするのさえも、躊躇うほどの
透明な美しさで、そこに存在していた。



(コイツは本当に唯の・・・・第一世代の普通のコーディネイターなのか?)


「同じ」匂いだ・・・・。
自分たちと。

そんなことを頭のどこかで感じながら
どの位、立ち尽くしていただろうか。




突如、
戦闘配備を告げる警報が鳴り響き渡り、静寂が破られた。
格納庫中を、警告ランプが赤く満たす。


イザークは、はっと、我に返った。
大の男が同性に見惚れていたなんて・・・最悪だ。


イザークは髪を乱暴に掻きあげると、声を張り上げた。



「おいっ」



自分の声が格納庫に反響し響き渡る



「後180秒で外と繋がるぞ。パイロットスーツも着ないでウロウロするな
死にたいのだったら止めないが」
「えっ、あっすみません」


上から降ってくる声。
そして目の前に、ブーツのつま先から紅が降りてくる。


「こんなところで何をしている。通常時は許可なく立ち入り禁止になっているはずだ」
「すみません。自分の部屋に帰ろうって思ったんですけど、道に迷ってしまって」
「迷って居住区が格納庫か?アスランが案内したんじゃないのか」


一瞬の間があって。
「えっと・・・」キラは口許に手を宛てる。


「・・・・説明はして貰ったんですけど…忘れてしまって」
「・・…抜けた奴だな」
「えぇ、よく言われます」


そういうと、キラはまるで誉められた時とのようににっこりと笑った。



「・……」


まさか笑顔が返ってくるとは思わなくて、イザークは少し抜けた表情で瞬きをする。


(馬鹿にした・・・つもりだったんだが・・・)


イザークはそのまま、くるりと方向転換するとエレベータに向けて歩き出す。
後ろから、キラがついてくる気配を感じながら、イザークは更なる混乱と戦っていた。


自分は、別段意識しなくても距離を置かれる容姿だと、承知している。
あのニコルでさえ、初めて会ったときは緊張気味の態度だった。


が、キラの反応は、異様なほどに普通。
動じるどころか・・・にこりと笑ってみせたのだ。


機体に話しかけていた、あの気配は見事に消えてしまっている…。



違和感を覚えずにはいられない。



(一体、どれが「本物」なんだ…)




ちらり、と背後を振り返ると視線に気づいたキラが、首を傾げた。


毒気をごっそり抜かれるような雰囲気に、イザークは諦めたような溜息をつくと
上着のポケットから手帳と筆記具を取り出し、サラサラっと書き上げる。
そして、その一枚を破ると、後ろを歩くキラに向け、肩越しにヒラつかせた。


「…これが俺たちの居住区の見取り図だ。俺の隣だと思う。このコードプレートの左側だ」
「ありがとうございます。ジュールさん」
「イザ―クだ、呼び捨てででいい。それと今から機体を連れてガモフに戻予定だったが、状況が変わったらしい
ブリッジに戻るぞ」
「はい」



キラはメモを受け取ると、ズボンのポケットに仕舞う。



そして、少し距離の開いた自分に追いつく為か、微かに速まった靴音が背から伝わってきた。







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