for heart ...12。

キラの表情が硬いものになる。
何か、応えを返さなければいけないのに、見えない重圧に言葉が押される。

受話器の向こうの人物もそれが解るのだろう。
優位に立った者の余裕に満ちた声が、重ねられる。

『驚くことはあるまい?現国防委員長の一人息子だ。護衛が付いて当然だと思うが?』

キラは逸る鼓動を抑えるように、胸を押さえ、一つ深呼吸した。
こちらの動揺は、できうる限り知られないように。
そして、背後に眠るアスランを起さないように

静かに言葉を紡ぐ。

「・・・アスランを・・・迎えに来たんですか」
『まぁ、夜が明ける頃には帰って貰わないと困るが。だが今、私が用があるのは君だよ』
「・…僕、ですか?」

意外な答えに、キラは眉を寄せる。
そうだ。
有無を言わせぬ声音の中に、優しく゛造られた”ものが混じる。


『そろそろ映像を解放してくれないかな。強制的に開くこともできるが、本意ではない』


キラは無言のまま、モニタを解放するONにするスイッチを押す。
開いた画像に映し出されたのは、暗く広い執務室に悠然と在る男の姿。
直接対面した事は無いが、ニュースで毎日見ると言っても過言では無い、馴染みのある顔だった。

だが、いくら見慣れているとはいえ、直接伝わる迫力が・・・・プレッシャーが違う。
鋭く、心の底が見えない目に見据えられ
背筋に寒気のような・・・なんとも言えない感覚が疾る。

『君がキラ・ヤマトか』
「・・…初めまして」

強張りそうになる表情を隠すように、キラはモニタに向けて頭を下げた。






画面に向けて頭を下げるキラの姿に、フッとパトリック・ザラは嘲った。

「そう敵意剥き出しの顔で頭を下げられてもな、…なるほどレノアに聞いてはいたが」

パトリックはそう言うと、モニタに映るキラの姿を下から上に眺め見た。

背景が暗いため、はっきりとした映像は得られないが、
その姿は報告書に貼られたそれよりも、上質なものに思えた。

白いシャツを羽織っただけの露わになった胸元が、モニタの光りに白くぼんやりと浮びあがり
少し乱れた髪が肌に影を落とす姿。

・・・無論、彼の肌に散る跡までを見える筈も無かったのだが
独特の気だるさは伝わってくる。
何が其処で行われたのかは、一目瞭然。

パトリックはこめかみ近くに手を宛て、深く息をついた。

タダでさえ、子孫が続かない危機的状況。
遺伝子の適合性で結婚が決められる昨今。
想いが遂げられぬはけ口として、コーディネイター独特の弊害・・・なまじのナチュラルの女性よりも
整った容姿の所為で、非生産的な行為に走るものも少なくないことは知っているが・・・

まさか、自分の息子までもそうだとは思っていなかった。


(甘い、事だ)


つい先ほどまで休む間もなく、騒ぎの収拾、情報統制の指示に奔走していたが、
周りの者に理休息を取るよう云われ、その時に、アスランが「例の者の許に向かった」という報告を受けた。


容姿も、血筋も全てにおいて優れたものの中にありながら
その中の誰一人にも、心を許そうとしなかったアスランが

只一人「対等である」と認めた人物。


月から引上げて以来、深く接触しているという報告は受けていなかったが、
今回の事で・・・耐え切れなくて、その唯一の存在に泣き付いたといった所だろう。


いずれ支配する側になる人間として、誉められた事ではない。
が。


(無理も無い・・・というべきか)


一見、特別に完成された容姿とも思えないが
少年だけが持ちうる、独特の色香を纏った容貌は
それゆえに、酷く心を惹き付ける。

パトリックは、詳細に渡って綴られた報告書を弄びながら、
モニタに映るキラの真価を、測るように目を細めた。


・・・普通のナチュラルから生まれる子供をコーディネイトしても、優れた人種になる。

しかし、それが優れたナチュラルならば。

ナチュラルでありながら、コーディネイターと張り合う程の才能を秘めた者の子供を、
コーディネイターにするのならば。

それは、コーディネイター同志の間に生まれる第二世代と呼ばれる者よりも、
遥か高い才能を持つ事が可能。
変異が生まれる可能性も、数段に高くなる。





・・・普通のオーブ国籍の少年という経歴の中に、巧妙に隠された秘密。


人が望んだだけでは得られぬ貴き力を、その体に秘め。
普通の人と変わらぬという風に、其処に在る。

それは、まだ磨かれる事無き・・・至宝。



そして・・・
絡め取られたのは、息子かも知れないが、この至宝もまた、息子に捕らわれているらしい。


(よくやったと、誉めてやるべきかもしれんな)


パトリックはモニタに向けて、それを得るため、薄く、笑いかける。



「・・・・今のところオーブは敵ではない。だからオーブ国籍のコーディネイターである君が
ここに居たとて何の問題もない。例え、連合で秘密裏に計画製造されている新造機動特装艦や
新型機動兵器が、オーブの手で造られているのだとしても、だ」

『何の・・事ですか。僕は知りません』

「そうかも知れんな。だが人は君の血筋を聞いて、そう思ってくれるかな」


するり、と切ったカードに、
少年の紫色をした目に大きく光りが映りこむ



かの国が、生み出した奇蹟。



現状に、数える程の者しか存在しない。
最高位のコーディネイタ―。



「オーブを支配する血筋の、直系の存在である、君の言葉を」



『っ!!』

モニタに映る少年は、はっきりと聞こえるように
息を、呑んだ。



その、手に取るように伝わってくる反応を愉しむように、パトリックは言葉を続ける。



「・・・あちらも考えたものだ。ザラの家の者を絡めとっておけば、
追々プラントに干渉しやすくなるというもの」


僕が今ここにいる事とは関係無い!!』



押し殺した怒りを滲ませた、凛とした声。
燃えるような双眸に、自分の姿が映る。

綺麗だな。

素直に、パトリックはそう感じた自分の心を認めた。







思い出したくも無い、自分の血の繋がる先。
偶然が必然であると、告げられた時の驚愕。

灼けるように、目が熱かった。

全てを捨てたのに。
力はいらないと、全部・・・・。


吐き出すように、キラは言葉を切った。


「・・・・・僕は、「存在しない者」です」

『そうか?私は、君を拘束しオーブに圧力をかける…それがオーブにとって有効な手である
という事を知っている』


泣きたかった。
どうして、今更。

まだ、僕を縛ろうとするんだろう・・・・・。

顔を片手で覆い唇を噛む。


君のパーソナルデータを見せて貰ったよ。成績はただの「優」…おかしいな。
小さい時に受けた潜在テストの成績よりも格段に下がっている』

「・・・・・」

『レノアが言っていたよ、アレが君の前でだけは子供に戻るのだと、
そして唯一・…「対等」に話ができるのだと」

「・……何が。仰りたいんですか」



通信を断ち切りたくなる衝動を必死に抑え、声を絞り出す。
パトリックは、資料を机に置くと指を顔の前で組んだ。


『アレはもう直ぐ戦場に行く。ザフトに守るべき血筋は無い。優秀な遺伝子を持ち、才能のあるものが
総てを率い、戦いの先頭に立つ。必死に保身を図る、ナチュラル共には考えられん事だろうがな』

「そう…あなた達が追い込むのでしょう

『それでは聞こうか。逃げて、何か変わったのか?敵になる事はなくとも、ただ戦場に行こうとする背中を
見送る事しか出来ない現状が』


低い声で奏でられる言葉の一つ一つが、胸に刺さる。
確かに、止めようとして・・・止められなかった・・・けど。


言葉に詰るキラに、パトリックは情けを掛けるような表情で・・・告げる。



『選ばせてあげようというのだ。キラ・ヤマト』


「何を・・・ですか」

『君がザフトに入り、ザフトの為に在ると。「役に立つ人間」になれば、君の身を拘束し取引に使うような事は
しないと約束しよう。そして、アレの傍に送ってやる。
・・・・プラントで、人質として、ただアレが戦うのを、ただ見上げ無事を祈るだけか
同じ戦場で、身代わりになれる可能性を選ぶか。君の意思で選ぶといい』



此方の言葉を待たずに、ブツンとモニタは暗くなった。


戦慄く唇。
暗くなったモニタをキラは挑むように睨み付ける。



そして。



キラは、誰も写さなくなったモニターを、渾身の力で殴り付けた。




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