for heart ...10。


・・・・フローリングに、雨を吸った服から滴り落ちた水が、
点々と水溜りを残していく。

キラはそれに気付き、ずぶ濡れになった上着服だけでも脱ぐようアスランを促すが、
案の定・・・反応の返りは悪かった。

「・・・・風邪。ひいちゃうだろ」

ちいさな子供を諭すようにキラは囁くと、アスランから服を剥ぎ取り

居間に行っているようにと背中を軽く押した。

そして自分も濡れた服を脱ぎ捨てると、アスランの服ごとランドリーに入れ、キッチンに移動する。
途中、空調システムをフル回転させて部屋の温度が上げながら、
冷蔵庫から牛乳を取り出し、鍋に注ぎ火をかけた。

その間、バスルームの棚から大きめのバスタオルを探し出して、座りこんだアスランの頭に向けて放る。


沸騰寸前の音に火を止め、出来あがったホットミルクをカップに注ぐと、

その湯気の立ち昇るカップを持って
タオルを被ったまま動かないアスランの前にしゃがみこんだ。


「はい」


キラは差し出したカップを、白い指先に近付けた。
アスランの肌の色は元々白いが…その手にはいつもに増して血の気がなかった。
青白い・・・とさえ感じる程に。

キラは、アスランに引きずられそうになる心を抑え・・・いつもと変わり無いようにと努めながら
顔を覗きこむ。


「アスラン。取りあえずこれ飲んで、体の中から温めて。わかった?」


そのままの体勢で、根気よくアスランの反応を待っていると
暫くして・・・バスタオルが僅かに俯くように動いた。

アスランの指がゆっくりとカップをとり、口を付けたのを確認すると
キラは立ちあがり、傍のクローゼットの引きだしを開け中身を探り始める。


「とにかく服を何とかしないと・・・うーん、上はともかくとして、下は僕のでもサイズ合…っ!?」



何かが床を転がるような音。
キラの手から持っていた服が滑り落ちる。


予想していなかったタイミングで抱きすくめられ、さらに触れてくる素肌の冷たさに
驚いて反応ができなかったのだ。



「アスラン、何す…」


後ろ髪が掻き分けられ、その首筋に冷たい唇が降るのを・・・止めさせるように振り返って
…キラは言葉を失う。


自分を見つめるのは、底の見えない・・・光りを失った双眸だった。

映るのは対峙する自分の姿だけ。
もし、自分の姿が消えたなら・・・その世界にただ独り残されるというように。


キラは、言葉を続ける代わりに、人差し指で・…その暗い翡翠から零れる…雫を拭う。


「・・・・・・・・・・・・・・キラは・・・・」


搾り出すような声と共に、白い手が、拭う手首を掴んで動きを止めさせた。


「まだ・・・・・アイツらを・・・赦せるのか」


無理矢理抑える怒りに、震える声。
抗う事を許さない、目。

キラは真っ直ぐに、その視線を受けとめた。

ポタリ
紺の髪から滴る水滴が・・・涙が、頬を打つ。


アイツらとは・・・ナチュラルの人達の事だろう。

アスランのお母さんを殺した事。
沢山の命が一瞬にして・・・奪われた事。

コーディネイターや、ナチュラルという関係に捕らわれなくても
人として、許されることではないと思う。


・・・・けど・・・僕は・・・・。


頷くように目を閉じて、再び開く。


「・・・・前にも・・・言ったけど。誰かが憎しみを自分の中で留めて、戦う事を止めなければ
ずっと・・・終らな・・・・」
「解ってるさ!!!」


言葉が、アスランの叫びに消される。
さらに、キラの体はバランスを失った。

アスランに物凄い力で、床へと押し倒される。

フローリングに強かに背中を打ち付けたキラの顔は、苦悶に歪むが、
アスランはそれでも手を緩める事無く、そのまま覆い被さるようにしてキラに跨ると
肩を押さえ付けた。

キラのお母さんも…お父さんもいい人達だったから・…父が何を言おうとも…今までナチュラルだって
同じ人間だから、分り合えないはずが無いと。心の何処かで信じていた。
けどアイツらは!戦う術を持たないユニウス7に…ただコーディネイターを支配化に置きたいという理由で!
農業プラントを破壊したいが為だけに、そこに居た何十万人もの人間共々、核爆弾で・・・・虫けらみたいに
…殺し・・たんだぞ」

そして・・。
絶望にも似た表情で、アスランが・・・・嘲う。

「・・そして・・・そんな不条理な理屈を「コーディネイターだから仕方ない」と納得できるのが
・・・・ナチュラルなんだ・・・・」


そのまま消えて行きそうな声に、キラは眉根に力を込めた。


「・・・・ごめん」
「…どうして、キラが謝るんだ」
「僕も半分・・・ナチュラルみたいなものだから」
「キラはコーディネイターだ!!・・・あんな…汚い奴らとは違うっ!!」


「けど・・・・僕は君と・・・・同じ道を進む事はできないから」
「キラ!!!!」


何故だ!!
見上げたすぐ傍で、アスランの目が絶望に歪む。
さらに何かを言おうと開いた唇は、強く噛み締められ、髪の奥に顔が消える。

そして、肩を縫い付けていた強い力が緩まり・・・視界が暗くなる。


逃げようなんて思う隙も無かった。


唇が覆い被さって・・・奪われる、呼吸。
貪るように。
相手を全てを食らい尽す事を、望むかのような。

その蹂躙するかのような行為に、キラは顔を顰めた。


「っアス・・・」


動けないように顎を捕らえた指から逃げるように首を振り、
唇の隙間から、名前を呼ぶ。
けれど、その声は届かない。


冷たい指が、露わになった鎖骨を撫でる。

体の奥底から湧きあがる感覚に仰け反るキラの喉元を、唇は伝い
その跡に、点々と紅い花びらが残される。
耐えようと伸ばした手をも攫われ、柔らかい部分に花弁が散る。


唇は、体中の神経を呼び起こし、
ついに緩めたジーンズの隙間から内腿へと到達した。


「アスラン!!」


涙混じりになる声。
反射的に逃げようとしてしまうキラの体を、アスランはうつ伏せに押さえつける。


「っあ・・っ」


鋭い痛みが体を走りぬけた。

キラの体は、しなやかに仰け反り・・・耐えるように屈む。



・・・・・・・・・多分、あの時逃げる事ならできたと思う。
例え、腕力でアスランに勝った事が無かったとしても、
いつものアスランに比べたら、隙だらけだったのだから。


・・・・けど。



孤独に苛まれ
うわ言のように、自分の名前だけを呼ぶアスランが


とても哀しくて


そして、何よりも愛しいと・・・思った。




あんなにアスランの為には離れた方がいいと、心に誓ったのに。
望む言葉を、あえて選ぶことをしなくて・・・傷つけたのに。


例え痛みを伴おうとも、深く繋がり合えるこの瞬間が
・・・・・・・・・・・・・嬉しいと・・・思うなんて。



早くなる律動に
喘ぎ声を、かみ殺す。

汗ばむ背中。
肌を這う、紺の髪さえも快感へと変わる。



(何故・・・なんだろうね)


抑えられない様々な感情が、頬を伝う。



どうして・・・・いつの間に僕は
こんなにも君を・・・好きになってたんだろうね・・・。






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