for heart ...1。


一定の間隔で、紙をめくる音。
カツカツと、忙しなく刻まれる靴の硬い音。
その二人の間を行ったり来たりする視線。

3人が同じ部屋に集まって10分。
まだ一度も、言葉は交わされていなかった。



が、苦痛だとは感じない。
自分にとっては、寧ろ沈黙が続く方が有り難い事で。


パラ。
アスランは脚を組みかえると、手元にある資料のページをまた一枚めくった。


中の一人…イザークは、自分の事を一方的に毛嫌いしているようで、挨拶の言葉一つですら、衝突の
火種に変える力をもっていた。

始めでこそ、共に戦うことになるのだから少しは交流を持ったほうがいいのか?と考えた時期もあったが、
彼にとっては自分の存在自体が気に食わないらしく、こちらが何かしようと思っても無駄なのだと、出会って
二日で理解した。


自分も、意味無く喋ることなどあまり好きではないし、そんな事に気を回すくらいなら、一日中黙る方を選ぶ。

・・・よくよく思い返してみれば、群れることがあまり好きではない性格だった…昔から。


(…けど、アイツは別だった…)


脳裏に、櫻と共に風に舞う、茶色の髪の後姿が浮ぶ。
綺麗な背筋。

その中性的な顔とは裏腹に、真っ直ぐな意志を持った少年。


キラ・ヤマト。



自分の心に一番深く刻まれている名だ。

キラは、ナチュラルの両親から生まれた、普通のコーディネイターだった。

しかし、他のコーディネイターと少しだけ違っていたのは、第一世代に稀に生まれるという、稀有な能力を
持っていたという事。

純血種の自分達よりも、その潜在能力は高いと言われていた程だが、
彼は中々本気を出さなくて、
普通の人生を選びたがっていた。
能力値を測るテストなど、さり気なく白紙回答を紛れ込ませていた程だ。


立場的に自分達は、まったく違う場所にいたと思う。

普通なら、言葉を交わすことすら無かったかもしれない。


けど、出会った…目が合ったその瞬間、



心が攫われるのを感じた。


・・・昔からそうなる事を何処か知っていて、この時が来たのだと言わんばかりに。
離れていられた事の方が、奇蹟であった事のように・・・。


それから自分達は、まるで磁石の対極が惹き合うように、いつでも一緒だった。
別れるその時間が惜しくて、母親に頼み込み、無理矢理キラの居る寄宿舎に身を寄せた。



こんなにも、他人の誰かに執着した事は・・・現在に至ってもキラだけだ。


その体の奥に透明な光を抱えていた、キラ。


優しいけれど、押し付けるようなものではなく。

傍にいて欲しい時、いつのまにか隣に座っている。

そんな、奴だった。


キラに「アスラン・ザラ」の名は関係なかった。
ただ波長が合い過ぎる事に、微かな不安を感じつつも、一人の対等な人以外の目で自分を見ることは
決して無かった。



…彼がいたから「アスラン・ザラ」に潰されずにすんだのだと思う。



今も、周囲が「ザラ」の名に掛ける重圧の中でも、「自分」である事ができる。

大切な想いを亡くさずに、ここに居られる。


・・・・・もっとも、一番失いたくなかったものは…もう、この手の中から消えてしまったのだけど。



「遅いっ!!」


イザークの苛立った声が、アスランを現実の世界に引き戻した。

イザークはチラリと腕の時計を見やり、舌打する。


「1600からじゃなかったのか」



棘を含んだ声と共に、視線がこちらに向いたのが解った。

確かに、時間を決めたのは自分だが、守る守らないは…自己管理の範疇だ。

開いている報告資料から顔をあげる事無く、そのはずだ、と短く言葉を切る。



再び、舌打する音が聞こえた。

きっと、これは自分に対してのものだろう。



「どうしたんでしょう。見にいってきましょうか」



冷たい空気に絶え切れなくなったのか、ニコルが腰を上げる。
途端、鞭を振るうような声が耳に叩き付けられた。


「要らない事はしなくていいっ、ニコル!」
「でも・・・・」


更にニコルが言い募ろうとした時、入口の扉が開いて、ディアッカが入ってきた。

「遅いぞっ、デイアッカ」
「いやぁ、ゴメンゴメン」

口では詫び言を言いながらも、その表情は悪びれた表情の欠片も存在していない。
ディアッカは、空いている席に音を立てて腰を下ろすと、腕を組んで此方に体を向けた。

「・・・・遅れてきた割に、尊大な態度ですよね、ディアッカ」

ニコルが珍しく嫌味な言葉を口にした。
・・・・確かに、あの沈黙10分間を一人で耐えたのだ。恨み言の一つも言いたくなるという
ものだろう。


「あはは、まぁいいじゃないの。面白い話を聞いてね。それに夢中だったのさ」
「女性の方との、何時ものコミュニケーションってヤツですか?」
「まぁな。趣味と実益は兼ねてこそだからね」

ニヤリ、と口許を歪めて笑みを作ると、ディアッカは組んでいた腕を解き、机に肘をついた。
それに顎をのせ、他の三人を一瞥する。


「聞きたい?面白い話」
「別に、貴様の英雄談など聞きたくはない」

ぴしゃりと跳ね返すイザークに、そんな事いっていいのかぁと笑い、傍らで資料から目を離そうとしない
アスランから、そのファイルを取り上げた。


「まあそんな事言わずにさ。アスラン、オマエも絶対興味のある話だぜ?」


仕方無しに、アスランも顔を上げる。
イザークも何だかんだいいながら、「つまらない事なら許さない」という視線を送ってきている。

満足そうに唇を上げると、ディアッカはその口を開いた。



「あの、ストライクを動かそうって奴が・・・・居るらしいぜ?」



それに返る言葉は無かった。
ただ、3人の表情が、目に見えて・・・・・揺らいだ。




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