for heart ...side。
雑音。
チューニングが合わない。
乱暴に煽る風に髪が舞うのを任せたまま、少年は耳元のチャンネルを合わせる。
<……回のミッ・…ョンは・…>
ようやく内容が聞き取れるようになった音に耳を傾けながら、
少年は体を屈ませると、地面に置いていた手榴弾、予備の銃弾をジャケットに付いたケースに仕舞い
ライフルを手に取った。
<条件は「地球・砂漠地帯」制限時間は無し、全ての「敵」を機能停止させクリアとなります>
弾を装填を確認し背中に背負うと、口に咥えていた皮のグローブを手にはめ
腕にある時計をゼロに合わせる。
『いいか、これは訓練じゃねぇ、実戦だと思え。でないと…死ぬぞ』
機械的な声の間に、教官の声が挟まれる。
インカムに向けて「はい」と返事を返しながら、少年は腕を伸ばすとストレッチするように体を軽く捻った。
「・…早過ぎ、ではありませんか」
教官の一人が、マイクから口を離した同僚に視線を送った。
「いくら訓練とはいえ、対MSなど…まだ彼は訓練を始めて半年も経ってないんですよ
…あの例の四人でさえ正規のカリキュラムで…」
「仕方ないさ。上からの直接のお達しだ。「今までの常識でモノを計るな」「妨げるな」君も聞いているだろうが」
腕組みをしたその男は、視線を固定したまま少年と同じカウントを聞く。
<カウント・スタートします。30秒前…25秒前・…>
目を閉じ、第一波のあらゆる想定を巡らせ、防塵ゴーグルを装着する。
カウントを重ねていた機械的な女性の声が止み。
ゴオゥッと、一際大きな風が駆け抜けた。
薄く開いた目に、光が宿る。
しん、とした一瞬の静寂。
そして。
幾重もの爆音が、地面を空気を揺るがした。
視界の前に現れた四本足の地上用MSから、容赦無く放たれるミサイル。
ダミー兵による地上砲火。
絶えること無い衝撃が、一点を・・…軽装備の少年一人に向けて注がれる。
ひら。
体重を感じさせない身のこなしで、爆炎の中から跳んだ少年の唇が動く。
「・…まず・・・MS潰します」
その呟くような声をマイクが拾う頃には、既に手榴弾が宙に放たれていて、
機体の駆動部、更に熱を持った砲口に吸い込まれるように嵌り、爆音を立てた。
少年は、バランスを失った機体を足場にして、再び手榴弾投げる。
自ら爆破を起こす前に、少年の持つライフルからの銃弾が、その小型爆弾を射抜き
それはダミー兵の真上で爆発を促される。
爆風が圧力となって、ダミー兵を押しつぶし、その隙に背後に降り立ち構えられた銃口が火を吹いた。
ダダダダッという銃音の数だけ、兵は力を失って地面に沈んでいく。
連続して互いから放たれる攻撃は、
地上の砂を巻上げ、そのフィールドを砂で覆い尽くす。
「始めは、何馬鹿な事を、と思ったがな」
・・・・・やがて全ての音が止み、砂煙が切れ始める。
腕組を解いた男は、監視モニタを見つめたまま、眉をあげた。
少し高くなった処に佇でいた少年は、ゴーグルを髪に上げ、手の甲でその口許を拭う。
外気に晒されたその相貌体格は、屈強な戦士とは程遠い、普通の少年のもの。
しかし、その足元に広がる惨状が
彼が「普通」ではありえない事を示している。
「コレを見れば、納得せざるえないだろ・・・・」
言い募る言葉を持たない同僚に、男は諦めたような笑みを浮べ振り返る。
「居るんだよコーディネイターの中でも、オレ達とは明らかに違うデキの…「選ばれた奴」ってのがさぁ」
ほんの数ヶ月前まで、このモニタに映る少年「キラ・ヤマト」は戦闘の基本の一つも知らない少年だった。
普通と違ったのは、少年の身元保証人である国防委員長の代理という者が、彼の入隊前に現れた事、ぐらいか。
「いくら、国防委員長直々の事でも、こればっかりは承諾いたしかねますね」
カッチリとスーツで身を固め悠然と座る人物に向けて、教官主任であった男はそう言い放った。
「私達は戦闘員を育てているんですよ。死なない戦闘員を。だから無理やり卒業を早めて兵力に加えるような事
マイナスにはなってもプラス要因にはならないと思いますがね」
「だれも、手加減しろとも贔屓しろとも言っていませんが」
教官同志でも怯むと言われていた睨みをも、「代理の男」は平然と受けとめる。
「寧ろ、厳しいぐらいでいいんです。ただ貴方達の目からみて、レベルに達したらその期間に関わらず
次の段階へ進ませてくださればいい」
脚を悠然と組替え、隙の無い笑みがその顔に浮ぶ。
「優れている者が、劣る者に合わせ進まねばならない…など、時間の無駄でしかありません。
そしてその間にも人は死ぬ。悠長にぬくぬく育ててやる暇など、私達には本来残されていないのですから」
「しかし…」
「いいですか。これはザフトを直轄する国防委員長からの命です。貴方達に選択する権利は…ないのですよ」
・・・・そこまでして早く前線へと送りたいという人物・・・・一体どんなヤツが来るのかと身構えていれば
特別優れているようには、到底見えない少年だった。
礼儀正しく挨拶をした少年は、当初此方を裏切る「普通の上」程のできだった。
・・・・此方が気負い過ぎという事もあったのだろうが。
基礎訓練でも、その身のこなしの軽さから、上手く逃げてはいたが、それだけだった。
各担当の教官も、口々に「国防委員長」は何を考えているのだと言い。
あの伝説となりつつある「アスラン・ザラ」とは比べ物にならないと判断しはじめた。
しかし、彼の訓練内容が、基礎訓練から、応用へ・・・実戦訓練に移った途端。
彼の能力値は目の見張る進化を遂げる。
ずば抜けた戦闘センス。判断力。現状分析能力。
そして、今まで我々の目にも晒すことの無かった、天才的としか表現できないシステム対応能力。
それは、蛹が蝶へと羽化するかの如く。
全ての能力グラフが、急上昇を示し、彼よりも早くアカデミーに入った者たちを押さえ
瞬く間に在校生トップに昇りつめた。
そして…制約を持たない彼は、アカデミー史上最速の早さで卒業しようとしている。
・・・・あまりにもイレギュラー過ぎて、公式な発表は伏せられるであろうが。
その姿がザフトの前線に現れた時、自分達は語るのだろう。
真の「紅」の一人。
キラ・ヤマトの名を。
<オールターゲットクリア、キラ・ヤマト、ミッション終了>
事務的な声を聞きながら、自分がその時を待っている事に気付く。
男は鼻で息を吐くと、ひっそり肩を竦めながらモニタに背を向けた。