for heart ...side。


「みせろよ」
「いーや」
「いいから!見せろって!」


初めは、言葉の応酬で始まったその戦いは、感情の高ぶりと、相手が折れない事への苛立ちで
段々と熱いものへと形が変わっていく。
互いのベットの上を通過し、部屋の端から端。
さらに幼年学寮108号室だけに収まらず、レクリエーションルーム、自習室、食堂を辿り、
多数の友人及び先輩・後輩を盾に巻き込みつつ寮内を一周、、そして再び自室へと雪崩込む。

キラは部屋に飛びこむなり、入口の扉を閉めアスランを締めだそうとするが、間早くドアの隙間に
足が差しこまれ、阻まれた。



「なんでそんなに嫌がるんだ!」

「アスランが煩いからに決まってるだろ!?」


ギリギリと音をさせながら・・・ほんの5センチ程の隙間を挟んで繰り広げられるキラとアスランの戦いは、
わらわらと集まってきた隣人達が声援を送る中、熾烈を極めたが、
暫しの攻防の後、
体力面でやや有利なアスランに軍配が上がった。

アスランは肩で息をしながら部屋に入ると、ドアの傍でへばっているキラのポケットから
目的の
「考査結果表」を抜き取る。

そしてぺらりとめくると、翡翠色の眼でその内容を追いはじめた。



キラはその姿を固唾を飲んで見つめていた。
これから起こる事なら、手に取るように解っていて。
・・・それを少しでも回避すべく、壁伝いに後ずさりをはじめる。


しかし、アスランは結果表から目を上げることなく、キラの腕をがっしりと掴んだ。



「・・・・・・・きーら?」

「なっ何かなアスラン?」


来た・・・。
キラの心中は、「今すぐここから消え去りたい」だった・・・が、もしそれが叶ったとしても報復が倍以上に
なって返ってくる事も、経験から学んでいる訳で。

キラはニコニコと作り笑いをしながら首を傾げる。
アスランも「笑顔」で顔を上げると、すうっと息を吸い込む。

そして、キラの頬を指でつまむと、むにーっと思いっきり引っ張ったのだ。


「『何かな?』じゃない!!なんだよ、この成績はあっ」
「べふに、わるひへんひゅう取っへるわけひゃ、ないひゃんかぁ!!」
「まだそれの方が可愛げがある!!なんだよこの、ものの見事に並んだ140点は!!!」

アスランはキラの頬から手を離すと、成績表をキラの鼻先につきつけた。


工学 140/200

化学 140/200
物理 140/200
数学 140/200



15を越える学科に対する満点が200点の考査、全てが140点。

・・・・・・・・・・ありえない。

アスランは軽い眩暈を憶えていた。
普通、同じ数だけ間違えたとしても、学科によって点数配分は違う訳で。
これは・・・殆ど解った上で、ちょっとした記入ミスに対する減点までも考慮に入れ

明らかに揃えてみましたって以外に考えられない・・・点数の羅列。

ここまで140/200と揃うと、まるで模様だ。



「うーん、偶然ってオソロシイね」

引張られて少し赤くなった頬を擦りながら、笑顔を貼り付かせたキラの目は、すっかり泳いでいる。
アスランはキラを据わった目で見つめながら、ひとつの学科を指差す。

「キラ、このテストに出てた内容、僕と一緒にやった時できてたよね」
「そうだっけ」
「君に聞いて覚えた、プログラム構築理論までもが140点って何」
「ヤマが外れたんだよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本気で言ってるのか」


アスランは、細めた眼差しで睨み付けると、いつもよりかなり低い声で「本当の答え」を求めた。



授業は普通に受けているし(いや、たまに昼寝していることもあったが)宿題だって一応は
やっている。理解してないとも思えない。
現にアスランが質問して、キラが答える事も少なくないのだ。

けれど、考査の順位だけが、ここ一年でガタンと落ちた。


始めは、前科目のトップの座を二人で分け合っていたのに、今ではすっかり全生徒中で
どんぴしゃり真中の位置に収まっていた。

・・・確かに、コーディネイターには、
始めは天才と呼ばれても、周りがそれに追いついてきて
その才能が平均的だったという事も
少なくない。
だから教師陣も、初めこそ焦っていたみたいだけれど、「キラもそうだったのだ」と認識され、
1年経った今は、大分それも落ちついてきみたいだ。

・・・・キラを良く解っている目敏い数名と、アスランを除いては。


上級生をも慄かせるという、威圧を込めたアスランの睨みに、
とうとう、キラはむうっと膨れながらも、のそのそと降参の旗を揚げた。



「……だってさ、面倒じゃんか」


ぼそぼそと、キラはむくれたまま、足元を蹴る。


「こんなテストぐらいならフツーにするけどさ、出来たら出来たで、
「どこまでできるのか」って特別カリキュラム
組まれてさ。休みの日だって潰れるし。」

「いいじゃないか、それだけ期待されてるってことだろ」
「何に?」

キラのふてくされていた顔が、不意に真剣なものになる。


「・・・・・・・・僕は、優秀なコーディネイターになる為に、ここに居る訳じゃないよ」


思わずドキリとするほどの澄んだ瞳。
アスランは肌で、キラを包む気配が変化したのを感じていた。
いつものキラだけど、違う。

よく考えてみたら、キラは基本的に「人を悲しませる事はしない」人間だ。
多少自分が無理をしてでも、相手の心を裏切るような事は・・・しない。
勉強にしたって、教師陣が期待をかけていた事が解らないはずではなくて。
それを言葉は悪いが「裏切る」事になっているのだ。


「・・・・何か、あったのか」
「ないよ」


違和感を感じ取ったアスランに、キラは即答した。
そしてアスランから考査結果を取り返すと、背中を向ける。



「面倒な事は嫌いなんだ、それだけだよ」



そう言うと、キラは肩越しに小さく笑った。



独特の深い色を湛えた、紫紺の眼が髪に覆われる。


それは、キラが何かを隠した時に見せるまなざしに、似ていた。




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