「最悪だっ」
ドックからセントラルに続く通路を全速力で走りぬける。
一介の整備士に過ぎない自分までも見られる絶好のチャンス、なのに寝過ごすなんて。
とは言うものの、実はその「何か」がどういうものなのか知らないで走っていた。
確かなのは、今まで秘密裏に開発されてきたから誰も見たことのないもので、ザフトの今後を
決定づけるようなモノらしいということだけ。
報道にも乗らないらしいから、これを逃したら次見られる補償はない。
せっかくいいタイミングで本国に戻ってきているっていうのに、見逃す手はないだろう。
最新兵器には違いないのだから。
オレは閉まりかけのエレベーターに滑り込んだ。
肩で息をしながら時計を確認する。
どうやら間に合いそうだ。
はぁ。
深く息を吐き出して呼吸を整えると、それまで気付かなかった人の気配を感じて顔を上げた。
エレベーターには、二人の先客いたのだ。
茶色い髪をした人と、紺色の髪の人・・・こっちは何処かで見たことがあるような
・・・気のせいだろうか。
自分より年上で(20才前後だろうか?)どちらも軍支給のカーキ色のロングコート姿だ。
この人たちも式典に参加するのだろう。
自分とは違って前列の方に並ぶんだろうけど。
ただ右端と左端に立つ二人が互いに目を合わせる様子は無かった。
知り合いではないのかもしれない。
(それにしても)
両端はその二人に取られてしまっているから、自分の居場所は・・・その間しかない。
屈み気味の体勢で、おずおずと間に収まりながら、そっと顔を伺ってしまう。
紺色の髪の人は物凄く整った顔立ちをしていた。
手帳のようなものに目を落す横顔や眼差し、指の形まで完璧だ。
同じコーディネーターのはずなのに、ここまで違うものだろうか?
金属製の扉にぼやけて映る自分の顔と目が合う。
・・・結局与えられた遺伝子をフル無視って訳にはいかないんだろう。あくまでもコーデネィトだ。
今更どうしようもない現実に、どんよりネガティブになりそうになる頭を軽く振ってから、もう一方の
人に目を向けてみる。
立てた襟に顔を埋めて目を閉じてしまっているからよく解らないけど、雰囲気のある人だと思った。
透明な感じがする。
一回みたら忘れられない種類の人 だ。
(あ。)
うっすらと目が開いた。
長い睫毛の奥にある瞳に光が灯る。
(紫色なんだ。)
そう思った時だった。
ガタン。
重い振動の後、それまで順調に刻まれていた数字が止まった。
そして照明が何回かの瞬きを繰り返した後、非常を示す暗い暖色へと変わる。
エレベーターが、止まった?
「・・・出てくるとは思ってたんだよね」
初めに声を発したのは茶色の髪の人だった。
のんびりとそういうと、ポケットに手を入れたままぐるりと室内を見渡す。
左側では懐から手帳に代わり取り出した携帯を確認している。
「圏外か・・・頭は働くようだな」
吐いた溜息と共に、インディゴブルーの髪が揺れた。
「ここで二人まとめて罠に掛かっている時点で、どちらかに内通者がいると思って
間違いないだろうな」
「どちらかじゃない、両方だよ」
エレベーターが止まった事もだけど、いきなり始まった会話に思わず目をしばたかせずにはいられなかった。
し、知り合いだったのか…。
全然そんな素振りは感じられなかったのに。
それに 二人の口ぶりから普通の故障ではなくて、しかもタダ事ではないみたいだ・・・なのになんで
こんなにまったりした空気が流れてるんだ??
こっちがそんな事を思っている間に、茶色の髪の人は動いて非常ボタンを押していた。
「非常連絡装置は死んでるよね、端末は・・・ちっ、持ってきてない。なんかと出来る?」
「こんなシステムまでは専門外だ。けど接続する端末を用意するくらいならできる」
「さすがマニア」
「お・ま・え・に・だ・け・は言われたくない」
エメラルドグリーンの目を嫌そうに顰めながらも、紺の髪の人は胸ポケットの内側から長財布ぐらいの
ケースを取り出した。
手の中で広げられたその中身は、整然と並べられた工具だった。
銀色をした小指ほどの長さのツールが、端から種類別に綺麗にびっしりと詰っている。
・・・この人、こんなの持ち歩いてるんだ・・・。
整備兵の端くれだから分かる。これは一見新品のようにピカピカだけど使い込まれ手入れされた結果だ。
自分達や寮で日曜大工をしようとしている人ならいざ知らず、今この場でそれを持っている事がおかしい。
念のために持っている種類のものでは無いと思う。決して。
(・・・マニアだ・・・この人)
そう心の中で断定しつつ初めはちょっと引き気味に見ていたのだが、その手際のよさに引き込まれるのに
時間は掛からなかった。
10数種類ある中からいくつかを迷わず抜き出し、自分の携帯そしてエレベーターの隅にある
装置の外カバーを手際よく外していく。
今まで使っていたツールを咥え、別の3種類くらいを指に挟み分解した携帯と装置の基盤から伸ばした
細いコードを数本選んで直接繋ぐ。
携帯のスイッチをONにして、思い通りに動くことを確認すると細いコードで繋がったそれを
もう一人に手渡した。
手渡された茶色の髪の人は待っている間に、どうするか既に考え始めていた風だった。
何かを整理するような表情のまま、仮想キーを呼び出し操作始める。
「ホスト・・・駄目、・・・メイン・・・サブ・・・・・・・管理・・・ここからいけるかな」
携帯の表示盤に、パソコンでも見たことも無いような・・・MSのシステム並みの細かい数値が走る。
すると暫くもしないうちに、モーターが唸り始め何階かを表す表示、そして照明にも白い光が戻る。
そして止まった時よりちょっと大きめの鈍い振動音の後、階を示す数字は何事もなかったように
降下を始めた。
二人の作業時間に合わせて10分、掛かっただろうか?
(一体、何やってる人達なんだ?)
最早開いた口が塞がらないとはこの事だ。
片付けも手馴れたもので、あっという間に携帯は取り外され持ち主の胸元に戻っていく。
(エレベーター会社の人・・・な訳無いよなぁ)
そんな事を考えている内にも、順調に数字を刻み続けたエレベーターは程なく目的階にたどり着き、
扉を開いた。
邪魔にならないようボックスの逆サイド、ドアの一番手前にいたのが自分だったので、何も考えず
外に出ようと足を踏み出した・・・が足が空を切る。
襟首に力が掛かり、エレベーター内へと引き戻されたのだ。
すれ違うようにカーキ色のコートが視界を過ぎる。
「ごめんね、巻き込んじゃって」
それは茶色い髪の人のコートだった。
襟を引いたのは紺の髪の人で、襟から外れた指がそのまま閉じるボタンへと伸びる 。
「時間ギリギリか」
「遅刻して久々の会話が小言になるなんて御免だよ」
銀の扉が閉じきるまでの数秒間。
それは、スローモーションのようだった。
「選ばれるなら、お前だと思っていた」
言葉と共に枯草色のコートが風圧に舞う。
「僕は、君じゃなければいいと思ってた」
皓白と漆黒。
光と闇。
下から現れた軍服は、 けして交じり合うことはない、そんな二対の色だった。
しかし、襲い掛かってくる相手を、二人は目配せ一つせずに凪いでいく。
気配だけで、その全てが解るというように。
そして、二人を残して扉は閉まった。
結局、「何か」をみることはできなかった。
エレベータは上昇を始めて直に止まり、そこには警備兵がワンサカ居て拘束される羽目に
なったのだ。
勿論拘束されるような事をした覚えは無い訳で、その日の内に釈放されたものの、式典に
間に合うはずもなかった。
同僚に聞いた所によると、「何か」とはニュートロンジャマー・キャンセラーを積んだMSだったという。
紅と白の荘厳な機体だったと、熱く語ってくれた。
そしてその機体の原動力「核」の使用に承服しきれなかった軍の一部が起こした事件に、どうも自分は
巻き込まれたようだった。
機体を見ることはできなかった。
けど
――選ばれるなら、お前だと思っていた
―――僕は、君じゃなければいいと思ってた
扉が閉じる瞬間確かに聞いた言葉。
きっと、あの二人がその二機のパイロットなんだろう。
ストロボのように焼き付いた姿は、まだ瞼に残っている。
(ま、いっか)
あの人達のマニアな部分も見られたし。
きっと、こっちの方がレアモノだ。
機体なら、整備士としての腕を上げれば、触る機会すらあるかもしれないのだから。
オレは腕まくりすると、持ち場へと向かう足を早めた。