プレゼントカード






はい、これ。


手を出せと言われたので、言う通りにしたら、
ひらりと手に降ってきたのは、カードサイズの上質紙だった。


「何だよ…これ」


裏を返しても、透かしてもなにも書かれていない紙に、アスランはキラに向けて当惑の視線を送った。

手渡した当人は、要件が済んだとばかりに、早々と書類に視線を戻している。
急いで書類を確認しろと言ったのは自分だが、この紙が何なのかも気になる。
眉を顰めカードをひらひらさせるアスランに、言葉だけが返ってきた。

「何が欲しいか解らなくってさ」
「は?」
「アスラン、もうすぐ誕生日でしょ」
「だから?」
「その紙がプレゼント」


アスランは、思わずカードを手から滑り落としそうになったのを、慌てて掴まえ直すと、
大仰に息を吐いた。


「…・・・なぁ、キラ?せめて、誕生日おめでとうぐらいは書かないか?」


疲れた声と共に額に手をやるアスランに、 キラは空いている方の手を振って寄越す。


「違うよ。バースディカードじゃないし」
「じゃあ、なんなんだよ」


・・・キラとの会話は、 まるで推理小説だ。
ヒントを集めて組み合せて推理して、答えを導き出さなくてはいけない。
特に戦闘中なんて、言葉を伴わない方が、遥かに理解しやすかったりする。
勿論その工程は嫌いじゃないし、解るのは自分だけという優越感もあったりするので
別に構わないのだが・・・。

苦悩するアスランの前、キラは目を通し終わった資料のファイルをパタン閉じると
手許の紙を指差してみせた。


「欲しいもの、仕事の代理、やって欲しいこと」
「…………は?」
何でも言う事聞くよ。それに書いた事、一つだけだけど」


キラはさらっと言うと、持っていたファイルをアスランの腕に収め、床を蹴る。


「じゃ、期限はアスランの誕生日が終るまでだから。考えといてね」
「あ?あぁ…」


アスランは キラの背中に向けて虚ろに返事を返しながら、暫くの間カードを見つめていた。







―なんでも一つだけ、言う事聞くよ


「…そんな事急にいわれたって…」

アスランは「ただの紙切れ」から、とんでもない値打ち物になってしまったカードを
目の上でヒラヒラさせながら、もう何度目かの溜息を吐いていた。

いざ「何でもいいから」とか言われても、ぱっと思い浮かぶ事なんて…


「今欲しいものって言ったら、ヘルドライド社製のユニットチップに、ボールド社の最新モデルの工具…けどそんなの買う暇がないだけで、キラに頼まなくても自分で買えるし。仕事を頼むとしても、そんな事よりまず態度改善が先決だろ。寝るなサボるな自分にだけしか解らないような端折り方するな、無茶な作戦を思い付くだけならまだしも周りを巻きこんで引っ掻きまわすな…キリが無いな…後は、誰にでも無警戒な態度っていうのも問題だ。睫がついてるから目閉じろって言われて馬鹿正直に目塞いで、そのままキスされてた事あったよな・・・声の一つでもあげればこっちも相手を殴り倒すくらいはできたのに・・・当のキラが素なものだから、結局ウヤムヤになったっけ…俺意外の奴を信用するなって?そんな事言ったらまるで俺が心が狭いみたいじゃないか…そうだ、そもそも俺の誕生日プレゼントに、何でキラの態度改善をお願いしなくちゃならないんだ・・・・」


「なぁ、ニコル」
冷めた眼差しでその様を見つめていたディアッカは視線を戻すと、食べかけのフォークを口に
入れたまま、ちょいちょいとニコルの肩をつつき、アスランを指差した。

「アレ、なんなの?」
「さぁ・・・」

食堂のほぼ中心にある席から、延々と途切れることなく聞こえてくるアスランの独り言。
その手許にある食事には、殆ど手が付けられていなくて、小さな紙だけをずっと眺めている。
しかもそれが恐ろしく真剣なものだから、不審を通り越して、気味が悪い…。

いつもなら、隣りで食事を摂るニコルも、今日ばかりは傍にいたくないと
ディアッカの所に避難してきているのだった。

無論ニコルが避難する程だから、一般兵がその場にいられるはずも無く。
普段この時間帯なら兵でごった返している筈の食堂は、アスランを基点とした半径2mが見事に人払いされた
状態になっていた。


「さっき知らないで来ちゃった人、殆ど食べないままで帰っちゃいましたもんね・・・」
「アレを前にしても平然と食べてられるって、キラぐらいじゃないの・・・ってまた誰か来たし」


シュン。
入口の扉が開く音に、「犠牲者」の顔を拝もうと体を反らせたディアッカの表情が、
「げっ」という呟きと共に苦いものに変わった。
その様子に同じく振り返ったニコルも、「うわ」と額に手を宛てる。


脇目をふることなく真っ直ぐにアスランの許に向かい歩いていくのは、ここに今最も来てほしくなかった人物
・・・イザークだった。
イザークが現れただけでも充分起こりうる事態は想像できるのだが、その身に付けているものが
パイロットスーツである辺りが、更なる波瀾を見るようで・・・。
二人は顔を見合わせる。

「おいっ。貴様ぁっ!!」

想像に反する事無く、張り上げられた声と共に、
トレイが飛んでいきそうな勢いで、テーブルがバァンと音を立てた。
しかしアスランはその音に動じるでもなく、いつもの調子で視線を返す。

「・・・イザークか」
「イザークか・・・じゃないっ。チンタラ何時まで食事をしている!?俺と貴様は1300から
ガモフに出頭だろうがっ。とっとと準備しろ!!」


思わず耳を覆いたくなるような声が食堂中に響き渡る。
・・・・・だが、アスランの口から出たのは、反省の言葉でも言い訳でもなくて。



「いやだ」



即答、だった。

その答え受けたイザークは勿論、聞き耳を立てていた周囲全体が思わず「は?」と自分の耳に
間抜けにも確認する羽目になる。

「あの」模範人間アスランが、命令拒否とも取れる発言をした…という事もだが、
いやだ、などという言葉がアスラン口から聞くことがあるなんて…。

イザークも、まさかそんな回答が返るとは思わず、意表をつかれたのだろう。
珍しく「理由があるなら聞いてやるが」と抑えた口調で切り返した。
言うまでも無く、その口端はしっかり引き攣っていたのだが。

アスランはそんな様子に気付くことなく、面倒くさそうに口を開く。


「考える時間がなくなるじゃないか」
「…・・・何をだ…」
「この紙に書く事を一つに絞らなきゃいけないんだ。あのキラが、この紙に書いた事なら何っでも
素直に言うことを聞くんだぞ!?
期限は今日中。ガモフなんかに行っている暇なんて無い」


「・・・・・・…ほほう」

イザークの感情を表すように、プラチナブロンドの髪がさわさわと静電気を帯びて
逆立ち始める。

「・・・言いたいことは・・・それだけか」



「・・・よく、頑張りましたってトコでしょうか」
「アスランの意見を聞いてやった辺りでオレは涙でそうになったね。アイツも少しは成長
してるんだなぁ」


限界はとうに超えているのは明らか。
ニコル達は小声で言葉を交すと、両手で耳を塞ぐ。

直後。



「馬鹿にしてんのか、きさまぁぁぁぁぁっ」



鼓膜を直撃する音量。
イザークの振上げられた手は、アスランの手許を狙いすまし振り下ろされ、
奪ったカード毎机に叩き付ける。
そしてすかさずアスランの胸倉を掴みあげた。


「ディアッカっ手伝え!!この馬鹿を引きずってくぞ!!!!」
「イザーク!!破れたらどうしてくれるんだっ」
「知るかっ。こんな紙一枚如きでガタガタ言うなっ」
「これ一枚限り現品のみ有効だったら、責任とれよっ!?キラに「オレが破りました、
新しい紙を下さい」って言えよ!!」
「なんでオレがそんな事頼ないといけないんだっ!!馬鹿野郎!!」


えぇ、何でオレよ・・・
まるで幼稚園児の喧嘩のような有様に露骨に嫌な声を上げるも、既に怒りボルテージが
MAXに達したイザークに聞こえている筈がなく。
ディアッカはフォークを置いて渋々立ち上がる。

「はいはいはいはい。ニコル、トレイ片付けといてくれる」
「了解です」

同情します、でも関わり合いは御免被りますといった笑顔でニコルは、力なく二人に近づいていく
ディアッカに手を振ってみせた。






「へぇ。何でもねぇ」

イザークをどうにか宥めすかして先に行かせ、
ディアッカは、アスランのロッカーからパイロットスーツを取りだし放り投げる。
アスランはホックを外しながら、左手でそれを受け取り・・・その視線を睨み返した。

「やらないぞ」
「誰でも有効って訳じゃないだろうが。オレだって命大事だし?けど何でもって…へぇ」
「なにが言いたいんだ」


アスランは、脱いだ服をディアッカに強めの力で投げ返す。
ディアッカは顔の前で受けとめると、その隙間から目を狭めた。


「何でもって事は、キラにあーんな事やこーんな事しても許されるって事でしょ」
「…は?…」
「まあ、有効に使いなよ」

ディアッカは軍服を仕舞ったロッカーに背中を凭せると、ニヤリと笑った