「えっ!?」
「なに」

ドレスから普段着姿になったキラの姿に、オレは大きく目を見開く。

「お…」
「お?」

首を傾げるキラ。
混乱する頭の中に整理整頓するまで待ての号令がかかるが、叫ばずにはいられなかった。


「男だったのかよっアンタ!?」

にょにょにょにょーーーー。
間を入れず、右の頬の肉がひっぱられた。
だけどオレは頬を引張られてる事に抗議するよりも、もう一度現実を確かめるためにキラを見直す。

茶色い髪に紫の眸。
これは前に見たまま、かわらない。
そして、カーキ色のTシャツとデニムのパンツに黒のリストバンドという私服から覗く体系は
どうみても…。


それでも納得していないオレの表情に、キラはひっぱる力を緩めずににっこり笑った。

「さっきのカガリのコメント聞いてなかったの?」
――そっちは弟のキラだ。
「おほーほ…」
「そ。覚えてるじゃん」

ぱっ。掴かんでいた指が頬から離れた。


「ま、自力で気付いてくれたからいいけど。それとシンだめだよ。年上への対応がなってないよ。僕
は別に気にしないからいいけど他の人にアンタ呼ばわりはよくな…」

「えぇぇーーーーーー」
「今度はなに!」

大声に耳を塞ぐキラに構わず、体を乗り出す。


「年上ってキラいくつだよっ」

「え?11?」
「に・・・2コ上!?・・・うっそだろ。みえな…」

ゴツン。

今度は上から容赦ない拳が落ちてきた。

「しーーんーーーー」


地を這うような低い声。
流石のオレでも言い過ぎていることには気付く。

「ご、ごめん・・・」

頭を押さえながら恐る恐る覗き見たキラの表情は、言葉程に怒っているものではなくて、
その瞳も仕方ないなぁという風に笑っていた。


「ほら、帰るんでしょ
。途中まで一緒にいこう」


腕組みを解いて差し出された手。
いつもならカッコ悪いとか男なのに恥ずかしいとか思うはずなのに、

その時はなぜか素直な気持ちで、キラの手を取っていた。







残像







出会ったその日に、『カガリにばれると色んなコトで大変だから内緒でね』と苦笑しながら声を潜めるキラとアドレスの
交換をして、以来結構頻繁に連絡を取り合うようになった。
学校であった事や勉強や友達の事なんかの他愛のない内容ばかりだったけど。

それにカガリ様が一緒の時は、特A級の厳重な警戒が敷かれるんだけど、「キラ・ヤマト」として会うならばさして
難しいことではなかった。
よくよく話しをすると、父さんとキラの育てのお父さんという人が同じところに勤めているらしく、
素性に信用もあったからだと思う。


キラはコペルニクスの全寮制の学校だし、オレはオーブの特殊学校に通っているしで、放課後に気軽に遊べるというわけ
でもなかったけど、それでも月に1.2回そして長期休暇の時に会うのはいつしか恒例になっていた。




今日は一週間程ある国民の休日の一日。カガリさまと会う約束の日で一緒に行こうと誘われた。
予定は昼からだったから、それまではいつものように二人でバスケをしたりして遊んだあと、公邸敷地内にある庭園の隅で
時間待ちすることにした。


キラはいつものように芝生に寝転んで昼寝体制だ。
オレはといえば・・・背中を丸めるキラの横で、木の幹にもたれかかり”宿題”をひらく。

できるならこんな所まで来て勉強などしたくなかったが、休み明けには考査が待っている。
この考査の出来次第で、またMSに一歩近づけるのだ。


・・・だが・・・。


問題は何回かやった飛び級の所為で、複雑難解化しつつある応用理論。
体を動かしたりカンを働かせたりするのは得意だが、考えるのはあまり好きじゃなかった。
・・・わからない訳ではないが、
いっぺん飲み込むまでの工程がキライなのだ。


「あ゛ぁ、こんなのわかんねぇっての」

ペンで頭をかく。

「なんで、これがこーなるんだよ!?」



くそーーっ
ヤケクソに投げ上げたプリント。
風もなく真下にひらりひらりと落下したそれは、寝ていたキラの顔に掛かった。


キラは落ちてきた紙を摘みあげると
薄目をあける。
そして、ゆったりと二三度まばたきした後

If is convex on [a, b] if f(_x1 + (1 ? _)x2) _ _f(x1) + (1 ? _)f(x2)8x1, x2 2 [a, b], _ 2 [0, 1].f is said to be strictly convex if the inequality is
strict. Intuitively, this definitionstates that the function falls below(strictly convex or is never aboveconvex thestraight line the secant from points
(x1, f(x1)) to (x2, f(x2)). See Figure (1).Definition 2 f is concave strictly concave if ?f is convex strictly convex.Theorem 1 If f(x) is twice differentiable
on [a, b] and f00(x) _ 0 on [a, b] thenf(x) is convex on [a, b]Proof: For x _ y 2 [a, b] and _ 2 [0, 1] let z = _y+(1?_)x. By definition,
f isconvex iff f(_y+(1?_)x) _ _f(y)+(1?_)f(x). Writing z = _y+(1?_)x, andnoting that f(z) = _f(z)+(1?_)f(z) we have that f(z) = _f(z)+(1?_)f(z) _ _f(y)+(1?_)f(x). By
rearranging terms, an equivalent definition for convexitycan be obtained: f is convex if_ [f(y) ? f(z)] _ (1 ? _) [f(z) ? f(x)] (1)By the mean value
theorem, 9s, x _ s _ z s.t.f(z) ? f(x) = f0(s)(z ? x) (2)Similarly, applying the mean value theorem to f(y) ? f(z), 9t, z _ t _ y s.t.f(y) ? f(z) = f0(t)(y ? z) (3)2


なんでもないようにそれだけ言うとプリントをオレの手に戻し、また目を閉じてしまった。

問題はカレッジ入学程度のもの。オレは勿論キラの年齢でもフツーならまだ姿形も見えてない部類の問だ。
それをちらりと問題を見ただけで、さして考えることも無く導き出される答。
しかも周りに気取られぬよう説明された言葉は母国語ではない


オレは解かれた問題を反芻しながら・・・優越感と寂しさが入り混じったような複雑な感情を
溜息にしてそっと吐き出す。


これは、オレだけに許すキラの「特別」だった。




キラの通う学校はプラントからも入学させている人がいる程の学校だということで有名だった。
そこでのキラの評価は「普通」なのだという。

<普通>それはオーブの5大氏族の血を引くコーディネイターとしては許されないことらしかった。

『無能なヤツがまた来ておるのか』
『昔は期待できると思ったのですがね』
『あれほど金を掛け、コーディネイトした意味がまったくありませんでしたな』

わざとこちらに聞かせるように。
毒を含んだ言葉は、本人を目の前にして容赦なく浴びせられる。


けれど当の本人はカガリ様に会いに来ているだけだからと平然としていた。


そんなキラだったけど、オレが今日みたいに勉強に頭を悩ませていて、何故それでも勉強するのか・・・
いかにMS開発に関わりいつかそのパイロットになってオーブを守りたいか半泣きで溢したとき、
キラは隠していた秘密をひとつオレにくれたのだ。


自分はカガリ様を差し置いてオーブのトップに立つ気がない。
だけど、いくらその気が無いといっても、今の能力が分かってしまえばそれは争いの種にしかならない。
だから解るところは見てあげるけど、僕が教えていることは誰にもナイショだよ、と。

勉強は教えてもらえるし、何より誰も知らない秘密をオレに明かしてくれたことはうれしかった。
だけど、大人達の心無い言葉に慣れることはできなくて、聞く度に悔しくて手が震えた。

自分達はそれほど優秀でもない癖に。
本当のキラは・・・。

そうやって唇を噛みしめるオレの手を、キラは包むように握ってくれた。

『カガリやウズミ様はそんなことで僕を蔑んだりしないから』


凛と伸びた背筋。

『ありがとう・・・ごめんね』

氷の棘にしか聞えない言葉にも、優しさを失わないその瞳の強さ。


遊んだり、メールや話をしたりするときは、他の友達と何も変わらなくみえるのに
そう言うときのキラの目は此処ではない別の何処かを見ているような気がして。
オレは不安で仕方なくなる。

手を離したら、何処かに行ってしまうんじゃないかって・・・



「また、そんなところで寝ているのか」



突如降りかかった声に、オレはハッと顔を上げた。
カガリ様の声ではない。しかし、いつもの大人達とも違う。
しかもそれなりに訓練も受けているはずなのに、気配も感じなかった・・・。


「何が目的かは知らないが、わざと馬鹿なフリをして楽しいものか?」


声の先には、濡れたように艶く黒髪、ビスクドールを思わせる完璧な容姿。
・・・それはサハク家の跡取りとして養子になったという双子姉弟のどちらかだった。
姉のロンド・ミナ・サハクか、弟のロンド・ギナ・サハク。オレにはどちらか見分けることはできないけど。
まだ成人こそしていないが、モルゲンレーテ社を初めとした「裏」に強い影響力を持ち、実質上サハク家の実権を
握っていると噂されていた。
そしてその噂どおり・・・その容姿だけでも充分に大人をも圧倒できる力を備えていた。


「お前がその気にならないのなら、ウズミでアスハは終わりだ。カガリの馬鹿だけに国を任せるなんて
ゾッとしないからな。
まぁ、お前と組めるなら考えないでもないがね"キラ"」


その目はキラだけを映している。

オレは存在すら認識していないようだった。


いつから眼を開いていたのか、キラはその視線の中むっくりと起き上がると、体から芝生の欠片を払い落す。
そしてオレに「行こう」と声を掛け、立ち上がった。

オレは慌てて、散らかしていたものをバックに詰め込み、その後を追いかける。


「もう行くのか?つれないな」
「興味ないから。・・・ただ」


横から見ているだけでも気圧されそうになる眼差し。
だけどキラはすれ違いざまその視線を真っ直ぐに見上げ、言葉を切る。


「カガリになにかしようとするなら、
赦さないよ。ミナ」


オレは息を呑んだ。
声も瞳も。
キラをかたどる全てから温度が消えた。
その気配はいつものキラからは想像もできないような、怖いと感じる種類のもの。

・・・だがそれは一瞬のことで、キラがミナから目を逸らすと、いつもの雰囲気に戻っていた。


「だから私達はお前が好きだよ」



ミナは口許に手を宛てそう言うと、妖艶にそして愉しげに笑う。


「いつでも、『戻って』くるといい。お前なら喜んで迎えよう」


『戻る』
その言葉にドキリとして、オレは思わず振り向いてしまった。
さっき思い出していた不安と、合わさるものを感じて。

ミナも初めて気付いたというふうに、オレを見た。


「あぁ、お前もコーディネイターか?見る目があるのやらないのやら」
「・・・え?」
「いい目はしているな。キラもお前を気に入っているようだし、名ぐらい覚えておこうか」

「シン」

キラの呼ぶ声にも足が動かない。
近づいてくる白い指。


「シンというのか。お前もアスハに飽いたら、いつでも尋ねるがいい」


指先はオレの頬を掠めた後、自らの流れる黒髪を払う。
そして魂を掠め取るような笑みを残し、ミナは踵を返した。


「シンっ」


黒髪の残像を消すように、「いつもの」キラが駆け寄ってきてオレの顔を覗き込む。。
言葉の意味を聞きたかったけど、それは二人で居られる時間を縮めるだけのような気がして、
言えなかった。


ひとつだけ分かったのは、不安は本当になるということ。
しかもそれは遠くない未来のことだ、きっと。




そのままキラを見ていたら泣いてしまいそうで、オレは慌てて俯いた。
けれど、堪え切れなかった涙がひとつ、月の重力に引かれて地面を濡らした。