評議会直轄特殊部隊、通称”影”
それは、国防委員会直属のエリート――FAITHが光とすれば 、同等以上の権限を持ちながら
闇の部分を担う名も無い部隊。
ザフトの未来を左右する程の任務に付きながら、表に出ることの無いこの隊だが、
志願者は後を絶たない。
理由は一つ。
数々の戦績を残しながら、名前以外の一切を記録に残されていない伝説の紅が、
その隊を率いているという "噂"があるからだ。
与えられる栄光よりも、その人物をこの目で見てみたい・・・
そして願わくば彼の許で戦いたいと思うのは、
能力主義の集りであるザフトの軍人ならば仕方がない、といったところだろうか。
「・・・」
高揚感を隠し切れない周囲に対し・・・いつもならそれよりもっと落ち着きが無いはずの
黒髪の同僚に、 レイは目を向けた。
シンは、頭の後ろに手を組んで何処を見ることなくただ立っている。
(こんなシンは初めて見たな。)
レイはその横顔を見て心の中でつぶやいた。
いつもは自信家というか、落ち着きがないというか、場所時構わず問題を起こす才能の
持ち主で(上司への反抗などかわいいものだ。一度など視察に来ていたオーブの要人に
くってかかったこともある)、それを嫌々ながらも 止めに入るのだが、
今日の…纏う軍服と同じ色をした瞳は異様なほどの静けさを湛えていた。
「気乗りしないのか?シン。」
つい、自分から声を掛けてしまう。
「いや、別に。光栄だけど」
違和感は変わらない。
返る声すら、別人のように感じる。
ここに来る前、この隊に転属になるかもしれないと知った時から兆候はあった。
同僚のルナマリアからも「気持ち悪い」「拾い食いでもしたん じゃないの」と
初めこそ茶化されていたが、 それが体調不良から来たものではないと解ると、
本気で心配されていた程だ。
(シン・アスカから目を離すな・・・か)
あの人の言葉だ。
レイは腕を組んだまま、目を閉じる。
意味が無い命令などない、とは思っている。
だがこれ以上問題を起こさせるなとか、そういう類の命令だと 思っていたのだが。
(これが本来のシン、だとしたら)
彼の人の命令の本当の意味が垣間見えたような気がする…。
レイは静かに目を上げた。
それとほぼ同時に、扉が作動音と共に開く。
まずその扉をくぐって現れたのは、黒に統一された軍服を着た7、8人の人間だった。
普通の副官クラスのものとは違う印象の(縁取る色が鋼のような色をしているからだろうか)
見慣れぬ類の黒だ。
様々な種類の人間――ザフトでは珍しい壮年とも言える者から同年代よりも少しに下見える者、
最後に赤毛の青年が入ってくる。
少し軽い感じを受ける・・・いかにも女性に甘そうな容貌をしていたが、その身のこなしに隙は無い。
ざっと流された視線は、自分達を一瞬にして見抜いたとでもいうように、余裕の笑みへと変わる。
ザッと横一列にそれらが並ぶ様は、まさしく"影"。
あちこちで息を呑む音がする。
そして、一度閉じられた扉が再び開く。
入ってきたのは、同じ黒の軍服。
いや鋼色の部分 がもう少しプラチナがかっているだろうか?
初めに入ってきた青年より少し背が低い、伸び気味の茶色の髪・・・
「!?」
レイの眉が僅かに動く。
ざわり、と鳥肌に似た感覚が体を巡る。
(これが"キラ・ヤマト"だ)
写真を・・・名前を聞くまでも無かった。
(あの人から『見れば解る』とは聞いていたが…)
細い銀のフレームに覆われた眼鏡越し、青みがかった紫に吸い込まれそうになる。
(それにしても、この威圧感は)
レイは思わず周囲を見まわした。
が、それを「威圧感」と感じたのは自分しかいないようだった 。
シンはいつも通・・・いや、いつもより大人しいし、他はその人物の雰囲気に呑まれているという感じだ。
「初めまして。この隊を率いてるキラ・ヤマトです。こっちは 副官のラスティ・マッケンジー」
視線で背後の赤毛の青年を示した後、微かに口許に刷かれる笑み。
レイは軽く呼吸すると、その雰囲気に呑まれないように意識を集中する。
ザフト――コーディネイターは外見が内面を現しているとは限らない。
可憐な女性だからとか子供だからとか思って掛かると、とんでもないことになる。
だから外見に惑わされてはいけないと分かってはいるが、"キラ・ヤマト"はどう見ても軍人というより
学者的だ・・・、この威圧感がなければの話だが。
「ようこそ、と言いたいところだけど、入隊の最終判断はここでさせてもらいます」
「方法は一対一の白兵戦模擬試合」
キラ・ヤマトの言葉を受けるように、すぐ後方におさまっていたラスティ・マッケンジーが続けた。
「組み合わせは自由。弱そーなヤツ見繕ってもいいし。強そうなの 掴まえて根性をアピるのもアリだよ。
勝ち負けは合否の判断にはしないからね」
レイは軽く眉を上げた。
この隊に至るまでの競争率はかなりのものだ。
志願するだけでは無理だと皆知っている。
だからここに居るという事は、篩いに掛けられ残ったもの…それなりの実績がある人間だという事だ。
隊は違えども名前を聞けば解る人間が集った、といってもいい。
それを敢えて戦わせて絞る意味など・・・.
「じゃあ、アンタも相手してくれるっていうのかよ」
・・・。
レイの思考が音を立てて急停止した。
こんな事は滅多とないのだが…隣に立っている人間と行動を共にするようになってから度々そういう事態に
陥っている気がする。
とは言えそれも一瞬の事で、取るべき行動を誤らせる事にはならないのだが。
「シン」
レイは一歩前に進み出たシンの肩を押さえる。
斜め後ろから見たシンの視線は、白兵戦を口にした副官ではなく・・・キラ・ヤマトを真っ直ぐに見つめていた。
例えるなら、炎。
思わず肩を掴む力が緩めてしまいそうになるほどの、純度の高い炎がそこにあった。
その炎に映る青年もその視線を正面から受け止め・・・、暫く後頷き返す。
「いいよ。別に」
「きらさーん?」
静かにそう応えた声に、傍らの副官から間延びした声が被さる。
「元気がある子は嫌いじゃないからね」
キラ・ヤマトは首を傾げて副官を見やり、一瞬の笑みで返す。
そして、模擬戦場に歩を進めながら、ナイフをシンに渡すよう手で指図する。
「・・・ラスティ?」
指図された人間が、副官を見た。
ラスティ・マッケンジーは仕方ないよねと言う風にうなずいて返す。
「いちおー止めたからね、ボクは」
いまいち真剣味の足りない言葉と共に、放物線を描くのではなく一直線に投げられたナイフを、
キラ・ヤマトは難なく止め・・・。
「レイ」
「!」
すぐ傍で名を呼ぶ声に、レイは知らぬうちに意識が持っていかれたことに気付かされた。
悔しさに似た感情を胸の奥底に押し込めながらシンを見ると、炎は少し収まりつつあるよう
だった。
「手、離せよ」
「・・・・・・あぁ」
向こうが承諾したのだ、不敬罪に問われることもない。
レイが手を離すと、シンはキラ・ヤマトと同じ早さで後を歩いていく。
いつもどおり、問題を起こしたシン・・・だが。
違和感はまだ消えず、寧ろその色を濃くしたようなそんな気がして、
(報告が必要・・・・・・か)
レイは微かに眼差しを険しくし、その背中を見送った。