『止まれ!止まれ!!!キラ・ヤマトっっ』

焦りが滲みはじめた怒鳴り声に、操縦桿を握る手が止まる。

気付くと、自分以外の練習機が全て地に沈んでいた。
稼動不能になった練習機から這い出してくる、自分とおなじ訓練生の、何か別のモノを見るような目にも慣れた。


練習機のハッチを開けると、キラは地上へと跳ぶ。
脚を折って着地し、背後を一瞥することなく歩き出す。


こんなところで足止めを食らっている場合ではなかった。



立ち塞がるものなら消えてもらうまで。




ただ早く…辿り付きたかった。





STAR DUST





「どうだ?ラスティ。キラ・ヤマトは」


「戦う時感じ変わるねー。別嬪さんっていうかー」


「……じゃない」


「解ってるよー。・・・今年レベル低過ぎじゃないの」



監視室の窓に凭れて、肩越しにその戦闘を眺めていた人影は、よっこいしょと体を起こしながら、ちらりと先ほどまで
マイクに怒鳴りつけていた教官へと視線を移した。



「他のがあれじゃあね。ボクでも軽々TOP取れるんじゃない?」

「確かに、お前の同期と比べれば劣るだろうな。けどコイツらのレベルは普通だぞ。

あれだけの人間が一期に集まるという事が特別だったんだ。」

「まぁねー。アスラン誰かさんに勝っちゃったからねー」


「うるせぇ」



まんざら冗談でもなさそうなパンチをひらりと避けながら、ラスティと呼ばれた少年は頭の後ろで手を組む。



「レベル的には、実践レベルまで来てるのかも知れない。ケド、阻む壁にもならないモノを越えて戦場に出てもイイ事は無いよね。
いくらあの成績優秀な自分の息子も贔屓しなかったお父サンのお墨付きって言ってもさ。ま。現状に満足して、いい気になるような
タイプでもなさそーだけど」


そういう事でしょ。
ラスティの言葉に、教官は只でさえ厳つい顔を、苦虫を潰すとは正にこの事だろう・・・という風に顰めた。

「ラスティ、何故知ってるんだ」
「あぁ、お父さんの事?秘密v」

ラスティはニッと口端を上げウインクすると、演習場に続く扉へと歩き出す。


「キラ・ヤマト止めといて、今から降りるから」
「解った…殺すなよ」


ラスティは投げられた言葉に足を止めて、振り向いた目をきょとんと瞬かせる。


「殺す?模擬機体でそれは無理っしょ」
「そんな嬉しそう且つイキイキした顔で言われても、なんの説得力もないわ」
「うわ〜傷つくなー」

「お前ならやりかねん」



教官の真剣な顔に、ラスティは笑顔の温度を変える。

「悪いけど。今のあの子ではボクに勝てないよ。だからダイジョウブ」


楽しそうなことには違い無いケドね。

足止めヨロシクー、ひらりと手を上げた緋色の後姿は、自動扉の奥へと消えた。





『キラ・ヤマト』

いつもと違ったのは、模擬訓練場から出ようとしたところで止められた事だった。

更に名前を呼ばれて立ち止まり、監視室を仰ごうとした…直後。


ドォウンッ



何の前触れも無く間近で起こった爆発に顔を腕で庇った。

周囲の砂が舞い上がり、砂が体に容赦なく降りかかってくる。


(なに?)


腕の隙間から周囲を伺う。

濃い硝煙の香り…。
扉の直ぐ脇に、模擬弾が叩き込まれたのだ。

模擬弾だから爆発はしないが…直撃すれば機体が動けなくなる程度の威力はあるのだ。

人に当たったらなど、考えるまでもない。


『おいっ。こらっ』

指導官の慌てた声の上に別ののんびりした声が重なる。



<まだ終ってないよー。戻って戻って>



もうもうと漂っていた砂煙の隙間。

全て倒れていた筈の模擬機の中に、今まで居なかった新しい一体が佇んでいた。
迷彩色を纏ったその機体は見慣れた機種だ。
模擬弾を放ったのはあの機体、そしてあとから聞えた声は操縦者のものだろう。


けれどその声音とは裏腹に、隙が無い…そう教官達があやつるそれよりも、もっと研ぎ澄まされた気配を
感じる・・・。



(何・・・考えてるんだろう)


コックピットに乗り込んで、グリップを握り直しながら、空いた手で口の中に入った砂を拭う。


まだ訓練が終っていなかったという事は解る。

けれど、こんな方法をとる必要を微塵も感じない…。


《用意できたね。じゃ。先手必勝ってことで》
(はぁっ?)

何も言ってないし!

反論の言葉は衝撃に掻き消される。

今まで感じたことも無い、機体の性能が違うのではないかという程のスピードだった。

瞬きする間に機影をロストしそうになる。

センサーも反応しきれてないんじゃないだろうか。

左…いや、後ろ。



《ふうん?ついて来れるんだ。けどおそいっ》

「っ!!」


声と同時に背後から衝撃が来る。

なんとか倒れずに済んだが、すぐに敵機(・・・決定だ)は位置を変え攻撃に転じるのが解った。


「くっ」


二度目の衝撃。
キラは安全ベルトが食い込む痛みに顔を顰めながらも、操縦桿を操作し 足からナイフを取り装着しようとする。

が、向こうがそれを許すはずがなかった。
完全に装備する前に、足で踏みつける事で機体の手からナイフを落とされた。



《game over?》




逆光に機体が黒く浮かぶ。


どんな奴が乗っているのか知らないが、上から見下ろして笑っている姿が目にありありと映るような声音。

「…誰が」

キラの目に感情の炎が宿る。


負けたくない。
こんな所で、・・・負けるわけにはいかない。


キラは一際鋭い眼光を疾らせると、操作キーに指をのばした。

流れるような動作でキーを叩き安全装置を停止させる。

そして機体を捻ると、足を押さえつけられている腕の関節部分の負荷を上げ捻じ切った。

更に片手で地面から機体を跳ね上げると、数メートル後方に跳ぶ。

更にデータに修正を加え、バランサーを巧みに調整しさっきの演習で沈んだ機体からナイフを奪うと逆手に構えスピードを上げる。
足の下から捻じ切られた手を蹴り上げ、それを向かってくるナイフの緩和剤にする。

…そして嫌な音が模擬場に響き、二つの機体は組み合った。


《無茶するなぁ》


バチバチと青の火花が散る。


拮抗する力。

此方は片手、向こうは両手。
時間は経つほどに不利になる…けど。


《往生際が悪いって、言われない?》


それでも。


「こんな所で止まるわけにはいかないから」
《ふぅん?じゃあ第2ラ・・・》



くぉらぁお前らあ!!


耳をつんざく怒声がビリビリとマイクを振るわせた。


『いい加減にせんか!!機体の修理代だってタダじゃねぇんだぞ。それに飽き足らず訓練場まで壊す気かぁぁあ』


怒鳴り声がエコーまでも伴って模擬場に響き渡る中、唐突に機体の動きが止まっていた。

狭いコックピット内あまりの音量に、二人が反射的に両手で耳を塞いだから・・・だった。












「…生徒同志では訓練にならないようなのでね」
「ども♪」

その後教官室へと呼び出され、キラが中に入ると、教官とは別に一人の少年が立っていた。
鮮やかなオレンジ色の髪が印象的なその少年が纏うのは・・・・・・ここアカデミーを上位で卒業したという証
10人だけに許される色、ダークレッド。
年の頃からして、前期か・・・・その前の卒業生だろうか。
思わず観察してしまう前で、少年は立てた二本の指を額横に宛てて口端を上げる。

「ラスティ・マッケンジー。よろしく」

にっ、人好きのする笑顔と共に手が差し出された。

「…よろしくお願いします」

あまりの屈託の無さに、少し気圧されながら出した手は、彼の手によってブンブンと振りまわされる。

「このヒト達、何とかしてキミの卒業を遅らせたいらしいんだよね。 ボクらん時も問題児ばっかでさぁ、
扱いかねてる感じしてたけど、さらにイレギュラー扱いなんだって?ま、確かにつまんない授業多すぎだしねー?
半年で卒業できるなんて羨ましいっていうかさー」

「ラスティ」
「はいはーい」

咳払いと共に睨み付けた教官に、ラスティは空々しく返事を返すと
振りまわしていた手を、ぴたと止める。

「ま、これも何かの御縁デス。これからニカゲツカン、仲良くしましょう」
「2ヶ月?」

知らずに険しくなる表情に、そ、ラスティは笑顔で返す。

「ボクもコレ着てるからには、全力で阻止するよ。簡単に卒業なんてさせない …覚悟しといてよ」


飄々とした言葉の裏。
一瞬過ぎった視線の鋭さにヒヤリとしたものを感じとったキラは、
その真意を測るように目を細める。


天上の蒼。
澄みきった空の色を瞳の色に持つ彼との出会いは
こんな風に始まった。