one more



地球・プラント、全てを巻き込んだ戦争が終って、5年。


戦いで受けた様々な傷を乗り越え、キラはプラントに、アスランはオーブにその身を置いていた。

以前と居場所がすっかり逆転してしまっているのは、少し皮肉めいたことだったけれど、
それは、周囲が自分たちの事を知らない環境を選んだからに他ならなかった。

アスランはザフトにおいて知らぬものなどいない…いやこれからも忘れることができないであろう
姓の持ち主だったし、キラはオーブの覇権争いの引き合いにだされる危険性を秘めていた。
血筋的にみれば「直系」でないカガリ・ユラ・アスハの失墜を狙う輩は、少くなくない。

…何事もなかったように、新体制に加わるには、二人は余りにも有名過ぎたのだ。

しかし、だからといって一般市民に紛れさせてしまうには、二人は惜し過ぎる人材であったし、
彼らも、最後まで…本当の意味で戦争が終るまでが自分達の責任で、尽力を惜しまない事を約束した。
そこで、決して表舞台に立つことはないブレーンとして、キラはプラントでラクスを、アスランはオーブで
カガリを補佐する事になったのだった。


そして、再び離れ、多忙な毎日を送るキラ達が、偶の休暇に帰る場所は、地球とプラントの狭間、
「中立地」として存在する月にある、二人名義で購入した「家」だった。

滅多に帰ることは出来なかったが、どうしても「二人の」帰る場所が欲しくて手に入れた、3LDK程の小さな家。



住宅街から少し離れた位置に建つ其処に、一台の車が止まった。
無駄の無い身のこなしで車から降り立ったアスランは、助手席から小型のスーツケースを取ると、ドアを閉める。
家へと続く道は細く、直接車を乗り入れる事ができないから、少し歩かなくてはならない。

…といっても、1分も掛からないのだが。


久しぶりに触れる合鍵。
アスランは白い扉の前に立ち、手の上で遊ばせていた鍵を、鍵穴へと差し込むため手のなかに収める…。

と、その瞬間に扉が開くことが決まっていたかのような、自然なタイミングで扉が開かれた。


「おかえり」


キラは挨拶もそこそこに、アスランの手から荷物を取り上げると、ぺたぺたと裸足の音をさせてリビングに戻っていく。



「…もう着いてたのか」

「さっきね」


素っ気ない…けれど「家に帰ってきた」と思える、キラのいつもの迎え方だった。


どっちが先に此処に着くかなんて、当日になってみなければ解らないから、到着時間を知らせ合うようなことはしない。
家の前まで来ておきながら、呼び戻される羽目になった事も一度や二度ではなくて…期待しないように、という理由もある。

だから、扉を開くタイミングはキラの「予感」でしか計れるものではなく。
そしてそれは、戦場で幾度と無くすれ違ううちに研ぎ澄まされた…ほんの僅かな気配でも、たった一人を 見つけ出すことが出来る
力の名残だった。


アスランは、また使われることのなかった合鍵をポケットに仕舞い、キラに続いて部屋に上がる。
キッチンに寄りグラスにミネラルウォーターを汲むと、口をつけながらリビングに向けて声を投げかけた。

「キラ、体の調子はどうなんだ」

荷物を放り込みにいっていたのか、リビングの奥の寝室の方から「情報早すぎ…」という声が苦みを含んで返ってくる。


クリスマスでも、なんでもないこの時期に休みを取った…いや半ば強制的に行方不明状態で此処に来た理由は、
キラの体の不調をプラントの旧知の人物達が伝えてきたからだった。

本人は大丈夫だと言っているのだが、その言葉ほど信用の置けないものはない…というのは元同僚と
元婚約者の一致する意見で。
さらに彼の実姉と、幼馴染である自分の意見もまったくもって同じだった。

外から入ってくる情報だけでは、つい悪いほうに考えてしまうし、通信を入れた所でキラの事だ、
隠そうとするに決まっている。
直接会えれば、そんな嘘を見破ることぐらいは簡単なのだが…。


取りあえず直に様子を見ておきたくて、カガリにキラが戻る頃に合わせて月に一度帰る事を告げた。


初めはカガリも来ると言い張っていたが、近くプラントと地球とで行われる、何度目かの和平会議が
目前に迫っていることもあり、苦りきった顔で「ずる…いや、わかった…いってこいよ」と渋々送り出してくれた。

何かあったら直ぐに連絡を寄越せよ、という条件付きで。

そして今日、キラの姿をこの目で見て…その「体調不良」が風邪程度で収まるものではないと確信した。


前まで、それほど体格に差があるとは思わなかったのに、今自分はキラを見下ろしているのだ。
自分の背が伸びた、というよりは、キラが縮んだという表現の方が合っているような気がする。

前よりも服から覗く首元や腕が細くなった気がするし、顔色もあまりよくない。
キラもアスランのそんな視線に気付いていたのか、「心配性だなぁ」というような表情を、
見上げ気味の視線で遣した。


「暫く見ないうちに、背伸びたね」
「まあ…人並みにはな」
「皆して、すくすくすくすく一体何処まで伸びる気なんだろ。話するときに見上げなきゃいけないから、
首が凝って仕方ないんだけど」


皆して、というのにはイザークにディアッカ…ラクスも混じっていたりするんだろうか。


「ま、仕方ないんだけどね」


片手を首に宛て、左右に頭を傾げながらぽつりと呟いた言葉に、アスランは目を細めた。


「仕方…ない?」


どういう事だ?アスランの訝しげな視線。
キラは傍にあったソファの肘置きに腰を掛けると、その視線に向き直った。


「ねぇ、アスラン」

「ん?」



「子供、欲しくない?」


開けた窓から吹き込む、まだ、少しだけひんやりとした温度を含んだ春の風が、キラの栗色の髪を揺した。