時間と共に、砂は視界を狭めていく。
砂塵の吹き荒れる中、小高くなった所にその影はあった。
防塵ケープがバタバタと音を立ててひるがえり、腰元に掛かっているホルダの中身、重く光る銃をチラつかせて。
上半身・・・頭、口許までを覆った布の僅かな隙間から、鋭い眼光が覗いている。
見つめるのは、褐色に覆われた風景の中に小さく揺れる二つの光。
不安定ながらも、だんだんと大きく確かなものになっていくそれに、視線は固定されていた。
そして、砂の音に微かにエンジン音が混じり始めると、それを合図とするように、
ゆっくりと、グローブを嵌めた手が腰に掛かった。
ホルダーから外し、弾を確かめて両手で包み込むように下に構える。
一際、大きく舞い上がる布。
影は、靴裏を砂に滑らせ、迫る光の前へと体を踊らせた。
「・・・口が・・・ざりざりする・・」
羽織ったカーキ色のコートに体を埋めるようにシートに沈んでいたキラは、ゴーグルの中で軽く眉をしかめていた。
砂でできた世界に、デリケートな扱いを要求される精密機器など無意味だ。
単純・原始的なもののほうが頑丈だし向いていると思う。
その点においてこの乗り物は申し分ない。
砂の中を行くには、この上ない機動力。
が、幌程度しか付いていないこのジープに、砂嵐は死活問題だった。
サイドから叩き込まれる風に、運転手のプラチナブロンドがくすんで見えるのは、ゴーグルが砂埃で汚れている
所為だけでは無いはずだ。
コートを逆さにすれば、どれだけの砂が入り込んでいるのか。
きっと小さくない砂山が出来るに違いない。
キラはポケットに手を入れたまま、襟に口元を隠すようにずるずると沈み込む。
「まあ、本番はこれからだけど。それまでには着くよね」
「着いて貰わなければ困る」
くぐもった声に、ぴしゃりと返した銀髪の運転手は、袖をめくり、軍支給の腕時計に緑色の光を点した。
日暮れにはまだ時間がある事を示していたが、太陽は砂に阻まれ辺りは薄暗い。
無論景色など望める筈もなく。
ジープに搭載された方位計だけが頼りになりつつあった。
「イザーク、基地まではどのくらい?」
「後・・・そうだな、10分くらいか」
「ふうん」
じゃ、余裕かな・・・。
キラが、もごもごと頬まで埋めた襟の中で呟いた・・・時だった。
運転席からの鋭い舌打の後、タイヤが砂を巻き上げる音と共に、体がシートに押し付けられた。
その一瞬後、今度は一転フロントガラスの方へ引かれそうになる体を、キラはダッシュボードに向けて
咄嗟に突き出した足で止める。
過ぎる視界の端に、原因となったのであろう障害物を認めた。
並みの反射神経なら、そのまま突っ込んでいた所だろう。
がイザークは ステアリングを右に切り、車体をスライドさせ寸での所で避けることに成功していた。
しかし舗装道路であるはずの地面は、砂で完全に覆われていてタイヤがその操作についていかない。
二人はバランスを崩す車体を捨て、外へ飛び降りた。
「何!?」
「解らない。銃がみえた・・・連合か?」
「こんなトコに!?」
少し離れた位置に着地した二人は言葉を交わし合うが、体勢を整える間もなく、間を銃弾が抜けていく。
二人は目配せし合い、二手に別れ各々砂の窪地に身を隠した。
今の所影は一つしかなかったが、他にいないとは限らない。
基地でも、MSを運ぶトレーラーでもない、しかも主要人が乗っている訳でもないジープ一台を、
大きな騒ぎを起こせば軍が動く可能性のあるこの場所で襲撃するなんて・・・。
突然の「理由の読めない」襲来に状況把握が精一杯の此方に対し、「敵」の動きに迷いは無かった。
車に近い方にいるキラに狙いを定めたようで、更なる銃弾が傍の砂を弾く。
そして、弾が切れたとなると今度はナイフを抜きキラに襲い掛かった。
砂に慣れた動きは素早く、キラはその寸でのところで避けるが、砂の深い部分に足をとられるのか、
動きにいつものキレがない。
「キラ、離れろ!!」
イザークは鋭く叫ぶと窪みの対岸から銃を構える。
砂が容赦なく体に叩きつけ、照準もうまく定まらない。
が、腕で口元を覆いその腕を支えにして、引きがねに指を掛け力を込めた瞬間。
「イザーク!!」
咎めるキラの声が響いた。
しかしトリガーは引かれた後、銃口から煙が上がっていた。
そして弾道は確実に、「敵」だけを捕らえていた・・・筈だった。
が、キラは敢えてその照準の中心へ・・・襲い掛かっていた「敵」の手を思い切り自分の方へ引いて
庇うようにその敵を抱き込んだのだ。
「っ!?」
考えられない行動に目を見開くイザークの前で、コートの肩口を放った弾が掠めていく。
キラの口元が、苦痛に歪んだ。
そして。
イザークがその名を呼ぶよりも先に。
「キラぁっ!!」
甲高い声が砂を裂いて響き渡った。
この状況に不似合いな、甲高い声・・・女?
その声が「誰の」名を呼んだのか気付かぬ程に呆気に取られたイザークだったが、すぐに取るべき行動・・・銃を構え
倒れこんだ二人に近づく。
「ばかっ、なんでっ」
真っ先に聞えてきたのは、敵・・・であるはずの人間・・・女の涙交じりの声だった。
痛みを見せぬかのように笑いかけるキラの胸元を、何度も何度も叩いて。
けど、その腕の中から逃げようとはせずに・・・寧ろ縋るように・・・泣いて・・・いた。
「お前がっ、こんなとこにいるから、抹消命令なんてでるんだっ。大人しくプラントにいるだけなら良かったのに!!
なんで、なんでザフトなんかにいるんだよ!!!」
「・・・守りたかったんだ」
「知ってるさ!!けど戦うなんて言わなかった。傍にいる事を選んだだけだって言った。戦うなんて嫌いなくせに!
平気な顔して、人一倍傷つくくせに!!なんでこんな所にいるっ」
口調ぶりからして・・・知り合い・・・だと考えていいのだろう。
いや、ただ名前を知っている知り合い程度の関係ではない。
あの敵に対して微塵の容赦も掛けないキラが、…アイツ以外の人間を身を呈して庇ったのだ。
そして今も、女を立たせてやりながら、吹き荒れる砂の嵐を遮るように、コートでさり気なく覆っていて・・・。
「・・・?」
いつしか吹き荒れる風に、女を覆うフードが外れていた。
現れたのは砂にも煙らぬ太陽の色。
イザークはその胸元に揺れるペンダントと、その顔立ちに引っ掛かりを覚え記憶を探る。
「その石は・・・ハウメアの…見覚えがあるぞ。この女…」
が、全て言い終わるまでに、ケープの中から細い腕が 今度はイザークの襟元目掛けて襲い掛かってきた。
「お前が、アスラン・ザラかっ」
「は?」
思わぬ名前・・・しかも、よりにもよっての名に、イザークは間を入れず手を払いのけていた。
「あんな奴と一緒にするな」
「じゃあ誰なんだお前はっ!」
「カガリ」
違うよ。
キラの穏やかに宥める声に、女の噛みつかんばかりの勢いが嘘のように消え。
その名にイザークの眉間が寄せられる。
声を耳に入れぬよう、金の髪の傍耳元で握り締められる震える指。
「…けど、こいつらが…プラントの人間がっ」
・・・琥珀の瞳から伝い落ちる・・・涙。
「キラを、オーブから奪ったんだろ!?」
この女。
キラを・・・誰が何処から奪ったと言った?
容赦ない風から身を守ることも忘れ、イザークはゴーグルの中でゆっくりと目を見開いた。