あそこには近寄ってはいけない。
父親について、市が管理するという施設に来た時、指差された先。
そこは、フェブラリウス市の中心街に、ぽつんと浮島のように存在する、森だった。
元々、プラントには地球を出来るだけ真似ようと、いやそれすらも越えられるのだと
見せ付けるかのように、かなり多くの木々や水・・・いや、海が存在していた。
けれど都市の中枢部、しかも公園でもないのにこれだけの木々があるというのは此処だけだ。
二酸化炭素を浄化する効果があるといって、最新鋭の空調システムが働いているプラントでは飾りのようなものでしかないのに。
木々が、ざわざわと枝を揺らしている。
来る者を拒むように。
その内に何かを隠している。
・・・宝箱の傍まで連れてきておいて、中を見てはいけないなんて。
これだけあからさまに「何かある」という事を見せられて、素直に待っていられるような聞き分けの良さは
生憎持ち合わせていなかった。
父の言葉に頷きながらも視線は髪に隠し、どうやってその中にあるものを見てやろうかとそればかり考えていた。
「大人しく待っていなさい」
大きな手で頭を撫で、建物の中に消えていく父親を子供らしく見送ると、ディアッカはポケットから
ヘッドフォンを取り出し耳に掛けた。
聞えてくる音楽に合わせて、スニーカーの裏でリズムを取りながら、癖のある髪の隙間から周りを注意深く見渡す。
警備員は、まばら。
主要人が建物の中に入ったのだ、外に特別気を配る必要もなくなったのか
誰一人として、こっちに注意を向ける者はいない。
門の外に出なければいいと、思っているのだろう。
にっ、ディアッカは片目で笑うと、一番手前の木の陰に紛れ込み、暫く待ってからそろりと顔を出してみる。
しかし、警備員は自分の姿が見えなくなった事に、まったく気付いている気配はなかった。
ディアッカは、その事を確認すると、体を翻し森の奥へと走り出した。
造られた森は、同じぐらいの年齢の木が定期的な間隔で植えられて出来ていた。
葉が太陽を遮って薄暗くはあるが、不気味という感じでもない。
整然としているといってもいい其処は、倒木も大きな石も背の高い草も無くて、
子供の足でも難なく走り抜けることができた。
そして、思っていたよりも奥行きが深くなかったことを知る。
走りだして5分も走らないうちに森は終り、 高い壁に行き当たったのだ。
ディアッカは軽く息をはずませながら、耳からヘッドフォンを外し、首を反らせた。
そそり立つ、白くて大きな壁。
その上には鋭い有刺鉄線が幾重にも張り巡らされていて。
「犯罪者でも、閉じ込めてんの?ここ」
ディアッカは緩いウェーブのかかった金髪を掻きあげて、ぐるりと見渡す。
木の上からなら、中が見えるかもしれない。
ディアッカは首にヘッドフォンを掛けながら乾く唇を舌で湿すと、跳躍し枝に掴まる。
逆上がりする要領で枝に上がると、次の枝に掴まる。
大人が登れば折れたかもしれないが、子供の体重ぐらいは十分に支えられるだけの
強度を持った木々だったおかげで、 瞬く間に壁より少し上の枝までたどり着けた。
ディアッカは様々な想像を思いえがき、下を・・・壁の向こうがわを見下ろす。
・・・・しかし、そこには思っていたような・・・鉄格子も、屈強でいかにも悪人面したやつも・・・いや人影すらも
見当たらなかった。
・・・別に何と言うことはない。
緑の芝生が敷き詰められた庭と、白い建物があるだけ。
「なんだ、なんにもないじゃん」
面白くねぇの。
ここまで期待をさせておいて、ただの家だった・・・なんて、そんな訳がない。
こんなに厳重に管理する、それなりの理由があるはずだった。
紫の目が、白い建物を映す。
――ちょっと覗くだけ。
少し距離はあったけれど、飛んで飛べない距離じゃないと計算した。
ディアッカはすぐ上の丈夫そうな枝を掴むと、撓るのを利用して跳ぶ。
ひらり、と壁を視界の下にみて。
今考えれば、無謀なことをしたものだと思う。
国家機密が在るその施設の壁を、何の工作も無く堂々と越えようとしたのだから。
白い壁の上にある有刺鉄線さえ飛び越えられれば・・・などと・・・安易に考えたのだ。
体が壁を越えようとした時。
すっ
赤い筋が交錯したのが見えた。
今までなにも無かったところに突如、幾重にも張り巡らせたレーザーの網が発生する。
「うそだろ!?」
宙に浮いた体は、止めることが出来ない。
初めにパーカーが焦げたような匂いがした。
そして声を上げる間もなく、物凄い痛みが体中を駆け抜けた。
声も出ない。
ディアッカは、そのまま赤い網を突き破るように、壁の向こう側に落下した。