アスランが襲われた。
学校からの帰り道、突然の事だった。
アスランのお父さんはプラントの有力者で、その地位を妬む人や邪魔にする人が多い
っていうことも、だからこういう事があるかもしれない、っていうことも聞かされてた。
その時は任せてよ僕が守るからって、苦笑するアスランに無理矢理ゆびきりまでさせた。
・・・けど、何もできなかった。
深く、君が傷つけられるのを、ただ茫然と見ているしかできなかった。
血が広がっていく。
まるで生き物みたいに、真っ赤な血が支えた手から地面に滴り落ちて。
「アスランっ」
届かない声。
その血の多さと比例して、冷たくなっていく体。
色を失した唇。
恐かった。
その綺麗な眼に、二度と光りが・・・
自分の姿が映らなくなることが。
背後でタイヤが鳴る音がする。
多く交じり合う声と靴音。
白い服をきた人に、僕はアスランから引き剥がされる。
アスランはストレッチャーに乗せられ、僕は抱え上げられて同じ救急車両に乗せられた。
「君は大丈夫かい?怪我は」
僕は黙って首を振る。
これは、アスランの血だから。
僕の血・・・じゃないから。
ゆるゆると、抱きかかえてくれていた人の腕を外して、救命装置に繋がれていくアスランの姿を
白い服の隙間から確認する。
「・・・アスランは大丈夫?」
そして零れた吐息のような呟きに、白衣の人達は一瞬手を止めた。
またすぐに処置に戻ったけど、一人の人は振り返って僅かな笑顔を見せてくれる。
「大丈夫、心配いらないよ」
優しい人だな。
何故かそこに居る人達の心が透明になって、中身が見えた気がした。
僕に心配させないよう、笑ってくれてる・・・。
――いけないよ
父さんの声が蘇る。
――その事は、ずっと秘密にしておきなさい
うん。ずっと誰にも言ったことは無かった。
アスランでさえ、知らないこと。
――秘密にしていれば、「普通」に暮らせるから
・・・普通って、何かな。
君が居ない世界が、普通になるってこと?
それに、何の意味があるっていうのかな。
――もし、その時が来たなら・・・よく考えなさい。
その存在が
自分の一生を引き換えにしても、悔いの無いものなのか。
うん。考えた。
君の居ない未来の世界を、想像した。
・・・・・・耐えられなくて、途中でやめた。
ただ泣いて、
かみさまに祈るだけの存在になりたいの?
アスランを助けて下さいって。
それよりもっと確実な方法なら、此処にある・・・のに?
「・・・の血を」
顔を上げて。
何も迷う理由などないのだから。
「僕の血を、使って下さい」
――心がそう決めたなら、心のままに進みなさい。
それが例えどんな結果をもたらそうとも
その人と出会えたことは、何ものにも優る幸福なのだから。
突然の申し出に、目の前の人は驚いたような顔をした。
けれど、それは「当たり前」で「よくある」事だから、その人は宥めるように微笑んだ。
「君はまだ子供だから無理だよ。血は他の合う血液型の人から貰うから大丈夫だからね」
「僕のを使って!!お願いだから」
「・・・君は何型かな」
「血液型なんて関係ないんです。だからっ」
「君、輸血っていうのはね・…君!?」
君は、僕が助けるから。
・・・ゆびきり。
約束は、守るよ。
僕は、近くにあったガラスの器を、車の床に叩き付けた。
そして、その破片を拾上げ、迷わずに腕に突きたてる。
鮮やかな。
朱。
「君っ」
近くにいた白服の一人が止血しようと、手をのばしてくる。
「触らないでっ」
血のついた破片を、その人に突きつける。
そして大人達を牽制しながら、アスランの傷のひとつに。
自分の血を落とす。
アスランの血と、僕の血が交じり合って。
僕にしか見えない、淡い金色の光を放つ。
すると、アスランの腕にあった小さくない傷の血が、ゆっくりと流れを止めた。
「奇跡の血…こんな所に・・・何故」
茫然としたように呟く白衣のリーダーらしき一人に視線を合わせる。
「だからね・・・大丈夫なんです」
やはり、ここの大人の人たちは優しい人たちだった。
そう答えた僕を見つめる目は、いいのか?と問いかけるものだった。
この血の持つ意味を誰よりも知っている人たちなのに、喜ぶどころか
この後の僕の人生が向かう先を知っていて・・・使うのを躊躇ってくれたのだ。
僕は頷く。
それでもその人は迷っている風だったけど、振り切るように息を吐くと、僕の前にしゃがみ込み
広く大きな手一つ頭を撫てくれた。
そして「ごめんな」と耳元で囁いて、僕の体を抱き上げる。
「・・・この子は[移植者]だ!早く準備急げ」
バタバタと車内を走り出す大人達。
腕の中、俯いて顔に掛った髪の奥。
小さく上がる唇。
「…お別れだね」
掠れた声はざわめきに掻き消きえた。
僕は、隣に引き出されたベットに寝かされ、輸血用の針を腕に刺される。
ひとつ、ふたつ
みっつ。
二人を繋ぐ細い幾本もの管が、赤い筋になってアスランに吸いこまれて行く。
(これで、大丈夫)
ほっとして、
固い枕に頬をうずめる。
この血でどれだけ回復させることができるのかは解らないけれど、
死んだりすることは避けられたはずだった。
そして、
僕は全てが終るまで、ずっと見ていた。
君の横顔を忘れたりしないように。
ずっと…見ていた。
通う血が全部氷になるんじゃないか・・・・
意識のはっきりしない中、体が奥底から凍るような感覚に襲われていた。
これが・・・死ぬって事なのか・・・キラが・・・また泣くな
諦めにも似た考えが頭を過ぎる。
そしてその考えすら、遠くなっていって・・・・
『アスラン』
不意に、キラに呼ばれた気がした。
温かな気配に腕を掴まれる。
じわじわと。
金色の光りが、氷を溶かしていく。
そして自分の全てがキラに抱かれたような・・・そんながして・・・
目が覚めた。
見慣れない天井。
白いカーテン。
新緑の風。
そして。
「・・・・・・・・・キ・・・ラ?」
夢を最後に、キラは自分の前から姿を消した。