Encounter-3







「・・・はぁ」

暫しの睨み合いの後・・・ワザとらしい溜息と共に、先にそれを放棄したのは、少年の方だった。
そして銃口がまだその額に宛てられたままだというのに、微笑んでみせたのだ。


「その銃の中身は抜いておきましたから。無駄ですよ」


呆れたような口調とは裏腹のその無防備とも言える微笑に、一瞬こちらも状況を忘れ、ポカンとしてしまった。
オトコに微笑まれても、と思う反面、心を何処かざわつかせる。
何より、この状況でこの余裕。
・・・言葉は本物か。


「・・・・・そうかい」


フラガは深い息と共に銃を降ろすと、再び服の上に倒れこんだ。

正直、痛みが戻り始め限界が来ていたのだ。
震える手を隠すのにも精一杯で。
その、口調にムッとする気力も残っていなかった。

最後の意地で、痛みに体を丸めたくなる所を

固く目を閉じる事でやり過ごす。

すると、水に濡れた手が、頬に触れてきた。
予想していなかった冷たい感触に、慌てて目を開けると少年の顔が近づいてくるところで。


(は?)


瞠目する先で、はらりと髪が零れ落ちた。
自分の額に少年の額が合わされる。


直ぐ傍で聞こえる、微かな呼吸の音。

少年の体温の方が低く、
その温度差が心地よくて思わず意識を預けそうになる。



「やっぱり。熱・・・でてきましたね」


ぽつり、少年は呟いて額を離すと、何やらとりだし、こちらには有無を言わせず口の中に放りこむ。
そして携帯していた水を煽ると、そのまま唇をフラガの唇に合わせた。
口移しで何かを飲ませようとしているのだ。
まさか、この後に及んで毒でもないだろうが、だからといってすんなり飲み込めるものでもない。
飲み込むのを必死になって遮ろうとするが、鼻まで摘まれては嚥下せざる得なかった。

喉が鳴ったのを聞き届けると、少年の影は離れる。


「何・・・飲ませたんだ」
「只の鎮痛剤です」


切れる息の下で少年を睨み付けると
さっきの微笑みは何処へやら、少年は無表情に言葉を落とした。


(まさか・・・看病してくれようってのか?ザフトだろ、この坊やは)


必死に繋ぎ止めようとする意識が薄れ始める。
薬が即効性・・・多分コーディネイター用のものだからというのもあるだろう。
ナチュラルには、少々キツイみたいだ。

段々視界が暗闇に塗りつぶされていく。


(ま、このまま別嬪サンに殺されるってのも・・・・・あり・・・かもねぇ)


額に乗せられた冷たい感触を最後に
少年の真意を聞く間もなく
フラガの意識の糸は再び途切れてしまった。









・・・フラガが再び目を開いたとき。
辺りはすっかり薄闇に包まれようとしていた。

真上にあったはずの太陽は、水平線に沈みきろうとしている。

少年の目を真っ先に思い出し、次に彼がザフトの軍人で、看病されたことも思い出して・・・・
夢であることを確認しようと背中探ると、あの軍服の感触が手にあたった。

(冗談だとしても、笑えない類だよなぁ?)

フラガは軽い脱力感に襲われながら、次に目を動かして・・・当の人物を見付ける。


(おいおいおいおい)


フラガは思わず、体を浮かせた。
視線の先には、くるりと丸くなって、砂に寝そべる少年の姿があったのだ。


(この状況で寝るか普通・・・ってオレも気を失ってデカイ事は言えねぇけどさ・・・)


此方が動いた気配に気付いたのか、
少年の目がぱちりと開いた。


「・・・おはようございます」


この場には不似合い過ぎる挨拶をした少年は、応えを待たずにすっくりと立ちあがると、体の砂を軽く払う。
そして頭の近くに置いてあった自分のバックを取ると、フラガの横に跪いた。


「包帯、換えさせて下さい」
「・・・」
「鎮痛剤、は効いてるみたいですね」

確かに、自力で座れる程度に痛みは収えられていた。

少年は手際よく、フラガのアンダーシャツをめくり上げ
自分のバックから幅の広いテープを取り出し、馴れた手つきで胴に巻いていく。


邪魔にならないように腕を上げながら、フラガは微かに目を細め口を開いた。


「何故助けたのか、聞いてもいいか」

「・・・別に、助ける気で貴方に近づいた訳じゃありませんから」

じっと見つめる視線に目もくれず、少年は手を動かし続ける。

「興味があったので・・・その顔が見てみたかっただけです」
「興味?」
「えぇ、戦場でよく貴方のMAを見かけました。Gでも落とせなかった貴方はどんな人かなと
一度見てみたかったんです」
「で、親切に手当てまでしてくれてるって訳か?」
「・・・・・・・・・正直、顔を見たら殺すつもり・・・だったんですけど」


口でテープの端を切り、残りを仕舞いながら上がったその目には、一点の曇りも無かった。
綺麗だと、素直に思った。
嘘の無い、目だ。

自分が真っ直ぐに目を見ると、大抵の奴は視線を逸らすものだ。
けれど少年は真っ直ぐ見据えたまま、言葉を続けた。


「知っている方に似ていたので・・・やめました。」

「へぇ、さぞかし男前だろうねぇ」
「…そんな、軽い口調では話すような方ではありませんけどね。」


少年は軽く肩を竦めると、鞄の蓋をして立ちあがる。



「さて、後は自分で何とかしてください。僕ができるのはここまでです」



少年は容赦無く、フラガの体の下から自分の軍服を引き剥がすと
腕を翻して、その身に羽織る。
そしてショルダーバックを肩にかけると、そのまま振向かず歩き出した。

フラガはシャツを元に戻しながら、その背中に声を投げかけた。


「ホントにこのまま俺を放っていくつもりか?言っとくが次に会ったら手加減なんて思考はねぇぞ、俺は」
「そんな気で助けてませんから、御心配なく」


遠くなりかけた声がそれに応える。


「それに」


進んだ先で、少年は言葉と共に立ち止まった。
そして肩越しに振り返った、少年の唇がすっと横に引かれる。



「貴方ぐらいの方が一人はいないと、連合が気の毒ですから」



「言うねぇ」


頭に手をやり、思わず苦笑するフラガに、
少年は一つ笑みに似た表情を落とすと、今度は振り返らず薄闇に消えて行った。



暫く少年を抱き込んだ薄闇に目を凝らしていていたが、

ふと。
地面に置かれた銃を眺めおろした。
フラガはそれを拾上げ、何気に握り返し重さを確かめる。


銃を軽く振ると、あの少年を5回は殺せるだけの弾が残ったカートリッジが顔を覗かせた。



「弾なんて、抜いてないじゃないの…」




少年は此方が撃たないと思っていたのか?
まさか。
いつ殺されても解らない状況で、あの少年は笑ってみせ、こちらが騙される事に賭けたのか?
傷を蹴り倒した方が確実なのに?


(あの坊主・・・)


少年の消えた方向に顔を上げる。

途端、物凄い風圧が体を襲った。
フラガは目を細め腕で顔を覆う。

独特のMSのホバー音と共に現れたのは、ブルーの光とグレーの機体。


「おいおい・・・・ありゃあ・・・」


茫然と見上げる先。
色を変える機体は。


紛れも無い、自分を撃ち落した、死神。


一度頭部を此方に向けた死神は、
瞬く間に、空と海の境目に小さくなった。




昼と夜の混じった空の色に
少年の瞳の色が重なる。



・・・情けを施されたというのに、不思議と嫌な気分になっていない自分を発見する。
あの死神に、自分の記憶が残ったという事が・・・嬉しい?


「・・・名前。聞いときゃ良かったかな?」



フラガは傷に巻かれた包帯に手を遣りながら、
自分の口から出た呟きに、苦笑混じりの息を吐いた。