ストライクは砂を巻上げながら、波打ち際へと着陸した。
そして煙の上がる地点から死角になる場所に機体を移動させる。
キラは銃の中身を確かめながら、周囲の状況を伝えてくる計器類にも視線を送る。
(周囲に飛行中の機影0・・・うまく離脱できたみたいだ。途切れ気味の信号・・・これは
あのMAからの救難信号かな。これだけ電波状況も悪いなら・・・あっちの信号が下手に
拾われる事も無い、と)
ホルダーに銃を戻し、自軍のレーダにも掴まらない最低限の電源を残すよう操作を施すと、
キラはストライクのハッチを開けた。
ケーブルを伝い、白い砂に降り立つ。
上から確認した限りでは、小さな島のようで、その大きさから人も住んでいないように思えた。
ブーツ裏の砂地の感触。
小さく踏みしめる音が、波の音に消されていく。
白煙が立ち昇る、岩陰の向こう側。
岩に背中を預けて確認すると、着陸に失敗し、地面に翼を埋めたMAがあった。
しかしそのハッチが開かれる気配は無く、沈黙している。
キラは暫く考えた後、MAに向かって駆け出した。
体重を感じさせない身のこなしでMAに飛び乗る。
そして、外からパネルを操作し、そのハッチが開くと同時に銃口を向けた先。
中ではパイロットがぐったりとシートに沈んでいた。
意識は無いようだ。
(ここまで上手く着地して死んでるってことはない・・・よね)
意識の無い頭部にヘルメットは重過ぎて首の負担になる。
抱きかかえるようにして留めがねを外しヘルメットをはずした。
中から現れたのは、淡い金色の髪と 精悍な顔立ちの白人の青年。
もっと年上でベテランの将校クラスかとおもっていたが、意外に若かった。
いや、でもあのMAのキレは、このパイロットの腕によるものだと言われた方が
納得できるかもしれない。
(・・・・・・)
キラはじっと腕の中の人物を見つめる。
ここでこの人を消せば、少しは早く戦いが終結すると思う。
手ごわいパイロットが一人消えるのだから。
けれど何故か、腰にある銃に手をやってもそれを握る気にはなれなかった。
ちらりと目をやると、動力部分からチラチラと赤い火が見えた。
このままでは、MAが爆発するかもしれない。
「…服務規程違反・・・になるかな。これも」
自分の甘い考えに肩を竦めながら
紫色のパイロットスーツの青年を肩に抱えると、キラはひらりと機体から飛び降りた。
「・・・ん・・・」
フラガは、圧し掛かるように重い目蓋をこじあけた。
空が・…見える。
「ここは…天国…ってやつか?」
視界を覆う美しい空の色に、ぽつりと呟く。
だがそれにしては、風は肌に沁みるし、頬をなでていく感触はリアルだ。
前髪がさわさわと風にそよぐのを感じながら、
暫く空を眺めていたが、ずっとこのままという訳にもいかない。
何も考えず、いつも通り体を起こそうとして・・・
フラガは再び地面に沈没した。
胸の辺りを何かで抉ったような痛み。
体中からじわりと染み出す嫌な汗。
「くっそ・・・」
歯を食いしばって、体中を駆け巡る痛みをやり過ごす。
一方その痛みで、頭の中から剥がれ落ちていた記憶が、
一度に色を取り戻しはじめた。
ザフトの勢力圏内を航行中、敵影を発見し、それが輸送機一機であったことから
下手に発見されるよりはと撃ちに出た。
が、その輸送機にMSが・・・しかも、あのザフトの「死神」が載っているとは夢にも思わなかった。
計算違いもいいところだ。
「・・・あんなのが載ってるんだったら、真正面から撃ちに行くような馬鹿はしないっての」
落下する体勢から、狂う事無く放たれた一筋の光。
ヤラれたな。
機体が貫かれるのを待つまでも無く、そう思った。
しかし、何もせず落とされてやる義理も無いし、
伊達に戦場での命の遣り取りを、重ねてきた訳ではない。
辛うじてエンジンから照準を逸らし爆発は免れたが、翼をやられ機体の制御は
限りなく不可能に近かった。
体勢を保つことが精一杯で、何とか不時着した所までは憶えているのだが、
その地面に叩きつけられるような衝撃があった後は、まったく覚えていない。
「それにしても・・・機体から放りだされて無事たぁ・・・不死身か俺は」
空から墜落した機体から放り出されて、生きているとは
いくら運がいいのが売りの自分でも、ちょっと信じられない事だ。
フラガは・・・今度は慎重に、上手く動かない手で背中に当たる感触を確かめる。
何か布の上に寝かされているようだった。
「だろうねぇ・・・」
「誰か」に助けられて、自分はここに寝かされていたらしい。
触れるとそれは、上質のベルベットのような肌触りで。
手に触れたものをそのまま引上げると、それは服の袖だった。
深紅の色をした。
(こりゃぁ・・・)
「気が、つきましたか」
条件反射というのは恐ろしい。
考える間も無く跳ね起きると、声のした方に銃をつきつけていた。
さっきの恐ろしい程の体の痛みなど、その行動を躊躇させる理由にならなかった。
銃口にさらりとふりかかる茶色の髪。
揺れる髪の奥の・・・。
「…お前…コーディネイターか」
思わず「敵」という存在である事を忘れ、その姿に目を奪われた。
ナチュラルではありえない整いすぎた相貌。
体温を感じさせない、オーラ。
アメジストの瞳は・・・その額に銃がつきつけられている事に微塵の動揺も見せず、
こちらを真っ直ぐに見つめる。
その色に吸いこまれそうな感覚を味わいながら…必死に自制心を呼び起こし
銃の安全装置に指を掛ける。
カチリ。
その音にちらりと少年の視線が動く。
注意が逸らされた訳ではない。
それにしては、あまりにもその表情は呆れた気配を含んでいたのだ。
「あまり、無駄に体力を使わない方がいいと思いますけど・・・動くと結構辛いんじゃないですか」
突き放した中にも柔らかい温度のある声。
その表情から、此方をどうにかしてやろうという気配は感じられない。
が、はいそうですか、と銃を手放すことができるはずなどなく。
フラガは指をトリガーにまわす。
この背中にあるものは「軍服」
これと同じ形をした、色の違うものを嫌というほど知っている。
地球軍ものものでも、オーブのものでもない。
ザフトのもの。
ザフトはその能力が総てだ。
能力の優劣がその存在の証となる。
ザフトは階級章の代わりに、軍服の色がその地位を告げる。
この少年は。
ザフトの軍人。
しかも「色」を纏う者。
「自分」を知らぬはずの無い・・・人間。
フラガは、少年の目の中の本心を探るように、その蒼い瞳を細めた。