機内にカタカタとキーを叩く音が響く。
画面上、流れるように送られていく文字が、
報告書の型に、すっきりとまとめあげられていく。
向こうに着いたら、こんなものをあげる時間など無いことが解っているから
出来るのは移動中である今の内だけしかない。
(・・・あんまり好きじゃないんだけどな・・・決まりだからやるけど)
唯一の救いは、内容を見るなり「簡潔過ぎだ!」と文句を言う
闇色の髪をした幼馴染と、月の如き容貌の同僚が居ないことか。
今、クルーゼ隊MSのパイロットは全て地球に降りてきていた。
しかし、別の隊の管轄下に入ることもあれば、増援部隊として派遣されるたりで
全員揃ってという事は皆無、単独任務が主で多くても三機同時が精々。
現に、キラも単独での任務を終らせ、次の作戦地に向かう途中。
(次は、ディアッカと合流だっけ・・・)
何ヶ月かぶりに会う、少し懐かしくなった顔が思い浮かび
ガラスに映るキラの表情も自然に柔らかいものになる。
手のひらで軽くディスプレイを押して仕舞うと。
キラは輸送機の窓ガラスに凭れかかり、ゆっくりと流れる風景を眺め下ろした。
眼下に映る白い雲と、蒼い海。
と。
視界の隅に、キラリと光る何かが引っ掛かった。
反射的にキラは体を起こし窓の外に目を凝らす。
「気のせい・・・かな」
その呟いた途端。
機内に敵接近を知らせるアラートが鳴り響き、赤い警告灯が慌しく点灯を始めた。
「!?敵?こんな所で?」
ここはザフトの勢力圏内の真っ只中の筈。
キラは腰を上げると、操縦席とを仕切る扉を開ける。
「敵ですか」
「は、はい。MAが一機、此方に向かっています。識別コードから連合のものだと思われます」
慌しく計器類を操作し、管制塔と交信を交わすパイロット達。
「・・・・・・・・・こっちは輸送機一機。幾ら敵軍の制空圏内でも「守るもの」があるなら僕でも
撃ちに出る・・・か」
キラは口許に手をやりながら操縦席の間に体を乗り出し、向かってくる機体を確認する。
機影を映すその眼に、微かに険しい色が滲んだ。
「・・・あの機体・・・」
その機体には見覚えがある、というか連合に所属する無数のMAの中でその姿を
憶えているものなど、ひとつ。その機体しかなかった。
所有するMA・戦艦の数だけは無尽蔵に持つ連合軍。
しかし、その数に甘えるからか軍の統制力は無きに等しく、
いつもザフトを前に、その圧倒的な筈の優勢は崩れ、艦は火塊と化した。
その中。
いつもこちらの攻撃を最後まで邪魔をする、MAの存在に気付くのに時間は掛からなかった。
ある時は、壊滅状態の中、味方機を一機でも帰還させようと時間稼ぎに奔走し。
またある時は、自機単独でこちらの母艦を狙い、撤退まで追いこむ。
ナチュラルなのに、その卓越した操縦能力、戦闘に対するセンスが印象的で
自分が出撃する時も「出来たらいなければいい」と思わせる存在だった。
・・・その相手に対して、此方はMS一機を積んだ輸送機。
この輸送機にMAを撃ち落すだけの火気は積んでいないし、自分の機体も乗せているから
重量も相当のもので、旋回してかわすということも難しい。
このままでは、堕とされるのを待つようなもの。
紫色の目が、こちらに狙いを定めつつある砲口を見つめる。
「僕が出ます。その隙に離脱してください。エールを装備していますが、 基地まで飛んで行くのは
無理かと思うので、ディアッカに迎えに来てくれるように、と」
「解りました・・・お気をつけて」
「あなたたちも」
申し訳なさそうなパイロット達に向けて、キラは口許に微かな笑みを乗せると、
操縦席に背を向ける。
パイロットスーツを着る暇も無い。
軍服のままコックピットに乗り込み、ストライクを起動させる。
(まさか、こんな所で一戦を交えることになるとはね)
機体を起動させながら、小さく溜息を吐く。
間もなく、格納していた壁が機体をパージする為解放された。
薄闇に慣れた目に、太陽の光が痛い程に眩しい。
一瞬細めた目を開けると、
広がる海。
低く漂う薄い雲が目の前を過っていく。
レーダーに映る、輸送機前方
敵影・・・1。
ストライクは壁に手を掛け、機体を重力にまかせる。
同時に急上昇する輸送機。
直ぐにホバーを吹かす訳にはいかないから、自由落下に暫く身を任せ、
レーダーを頼りに狙いを定めながら、フェイズシフトを展開させる。
「見えた」
青空に映える、銀色の機体。
あちらも気付いて砲撃の的を此方に切り替えてくる・・・が。
「遅いよ」
ライフルの軌跡は、既にMAに向かった後だった。
「やったと・・・思ったのにな」
キラは長い睫を伏せ、ぽつりと呟いた。
確かに自分が放った攻撃は目標に向かっていた。
撃破したと思ったのだけれど、寸前でうまくかわされたらしい。
爆発を逃れた白いMAの灰色の煙が、視界を降下していく。
「やっぱり、凄い。あのパイロット」
それは、本当に
気まぐれだった。
あのMAには、いったいどんな人が乗っているのかと。
戦う姿の中に。
強い優しさを覗かせる・・・その人物の顔を見てみたいと思った。
落ちていく機体を眺めながら、下が海である事・・・きっとあのパイロットなら不時着する
であろう事を一瞬に読み取る。
(少しだけ・・・なら構わないかな)
連合軍に死神と恐れられる白い機体は、
そのMAを追うように落下を始めた。