over age







ザフト有するナスカ級高速戦艦の内の一つ、『レンブランド』から一人の青年が降り立った。


無重力に翻るのは闇を切取ったかのような漆黒の生地。そして黒銀の襟。

優秀な人材の宝庫であるザフトの中にあって、その頂点に極めて近い者のみが纏う事を許された色は
白よりも高潔な印象を、見るものに刻みつける。

そして、着地するタイミングと同じくして、顔を覆っていた長めの髪がさらりと流れた。

睫が影を落とす愁うような紫紺色の瞳をコーディネイターにはあまり見ることのない、フチなしの眼鏡が覆う
女性的ではないが、綺麗だと表現する事しか出来ない・・・男女問わず見惚れるであろう程の容貌


その姿は、軍服の色と相俟ってまるで堕天使が舞い降りたかのような錯覚を覚えさせる。

手元の時計に眼を落とす
それだけの仕草にさえ、すれ違う者は敬礼を返した後も目を離すことが出来ず、
羨望の眼差しでその後姿を見送っていく。


しかし当の青年はその視線に気付く事無く、地面を軽く蹴ると本国行きのシャトルへと乗りこんだ。


50人以上収容できるシャトル内部に、青年以外の姿は無い。
がらんとしたその様子に、青年は僅かに安堵の色を浮かべると、アタッシュケースを足元に置き
座席に沈みこむ。
眼鏡奥の紫色の瞳が疲れを隠すかのように目蓋の奥に沈み、少し遅れて髪がその表情を覆った







暫くして、兵に守られたもう一人の青年が現れた。

緩やかなウエーブを描くインディゴブルーの髪。

見るものを気後れさせるほどの気品が漂う、相貌。
涼やかな目許。

その視線が、先客の姿に止まる。

微かに目を見開いた青年は、手を上げ護衛していた兵を下がらせると、

目を閉じる青年の隣りに腰を下ろした。
長い脚を持て余すように組みながら、薄い唇が言葉を紡ぐ。



「・・・戦局は」
「あまり、良くないよ」


唐突に切り出された言葉にも驚く事無く、
目を閉ざしたまま、茶色の髪の先客は答を返した。



「数で勝るってのは強い。砂の中を掘り進んでいく感じだ。キリがない」
「・・・すまない。キラ」

苦しげな声と共に、エメラルド色をした目が睫に曇る。

「…俺だけが前線から離れて、のうのうとプラントに戻っている…一緒に戦えればいいんだが」
「君には君にしかできないことがあるよ、アスラン」

閉じていた目が伏せがちに開いた。


「君は、僕達と違う場所で戦ってる」
「違う」

アスランは組んだ指の上に顎をのせ、キラに顔を向ける。


「俺が居る場所に命の駆け引きなんてない」
「僕達は」

アスランの言葉に、キラの甘く静かな声が被さる。

"勝って"はいけない。しかし絶対に負けてもならない・・・難しい事だと思う。けどこの戦いを終らせるには
この方法しか無い。ナチュラルに屈する事にも、全て滅ぼしてしまう事にも、僕達コーディネイターに
未来が無いのだとしたら、解ってもらうしか方法がない。それには・・・
悲しみの連鎖を終らせるには、
君が戦場に居てはいけない。血を浴びる者が和平など語れないから」

「そんな事は解っている!・・・だがお前に掛かる負担の方とは比べ物にならないだろう・・・」
「選んだのは僕だよ」


苦しげに言葉を吐くアスランを、眼鏡越しの瞳は優しく見つめた。


「この戦いは未来に繋がっている。それも、優しい未来に・・・そう信じるから戦えるんだよ、僕は」




「・・・シエラザード・・・」

暫くみつめあった後、笑み交じりに呟いたアスランに、キラが首を傾げる。

「なにそれ」
一度寝た妾を片っ端から殺してしまう王に殺されぬよう、数々の寝物語を語って聞かせ、 ついに王の心を
解いた聡明な姫の名だったかな。キラが戦場で、余りにも多くの逸話を残していくものだから

そう呼ばれているのだとニコルが言っていた」


「知らないよソレ。…相変わらず人に勝手な呼び名を付けるの好きだね、ザフトも」


キラは思いきり呆れたというような顔になった。
予想通りに反応にアスランは表情を柔らげると、その髪に手を絡める。


「キラは隊を率いても、その名前を使わせないからな」
「この隊に名前は要らないよ。僕達は存在しない者


キラの指が、アスランの襟元に触れる。

評議会の"影"だからね」

白いシャツと黒のパンツというラフな格好だったが、その胸元にある
最高評議会の一員の証である印が、指先でキラリと光った。

「その割に目立っているみたいだな。キラの所ならと志願する人間があまりにも多くて、捌くのに苦労してるんだと
ディアッカが言っていたぞ」

「今度はディアッカ情報?自分の所だって大して変わらない癖に…まぁどっちにしても他の所より「過酷」な場所なんだけどね」

何がいいのか。

キラは苦笑を消さないまま、アスランの目を真っ直ぐにみた。
その眼差しに誘われるように、

アスランは触れていた指を髪に差し入れ、両手で包み込むと、そっと唇を落とす。

幾月振りかの、感触を確かめるように深く。
キラも目蓋を閉じ、それに応える。


互いの温度が交じり合うまで重なり合った唇が
余韻を惜しむように離れた。


「久し振り、だな」
「そうだね。僕も中々帰って来れないし、君も忙しいしね」

「そういえば、キラ。眼悪くなったのか」
「ああ、これ?」

眼鏡の奥に在る紫が、少し照れたように細められる。

「年齢がどうしても若くみられるから、何とかならないかと思って。隊の人間も自分より年上が多いし。
それに・・・何もないと
人の視線を妙に感じてね。だから防壁代わり、かな」

「そうか・・・じゃあ」

アスランの指が眼鏡を抜き取る

「俺の前では必要ない」

すっ。
額に、そっと口付け 愛しそうに眺め下ろす目を見つめ返しながら、キラはその首に腕をまわす。
柔らかな紺色の髪が頬をくすぐる
感触に、心が懐かしさを取り戻すのを感じながら、その耳元に囁きかける


「ナチュラルでもコーディネイターでも、目の前に大切な人が居て、ただ一緒に居られるって事が
どれだけ幸せか・・・何故気付かないのかな」

「ああ、皆…如何に自分達が幸せなところに居るか解っていないんだ」


間近で互いの目に瞳の色がまじり合い。
困ったような笑みを交わす。

そして、
シャトルの発進する振動を背中に感じながら、短過ぎる再会に身を委ねた。