「聞いてないんだけど!?」
キラは操作レバーを思い切り引く。
半身を捻りミサイルをかわすが、地上に足を着いた途端、細かい粒子にバランスが保てない。
それでも容赦なく降り注ぐ弾、砂の雨。
そして何より問題なのは、その発射点が全て味方信号だということだ。
大気圏突入時の摩擦で機体を包む炎の隙間から移りゆく天の色・・・虹彩に目を奪われ、
更に、外から見る海や陸地の色が、実は物凄い量の色が複雑に絡み合って生まれたものだと
知って感動・・・していて・・・敵機の気配が無いのもいいことに少し油断をしていたのは認める。
だから、手荒い歓迎を受けても文句は言えない。
撃墜せずに黙らせることだって、いつもならそれほど難しいことではないし。
が、今のストライクは「宇宙仕様」だ。
「こっちは機体性能ギリギリで降下してきてるんだってっ!!」
シールドで視界を確保しつつ、地球重力と流砂、ホバー出力に対する「風」の影響。
機体バランスから火器の出力まで、全て既存のものから地上仕様に変更を掛ける。
一からやり直しと言っても過言ではない。
「砂の海って、いったいどうやったら出来るんだよっ」
独り言の域を越えた愚痴そのままに、いつもより強い力で命令を打ち込み、プログラムを走らせる。
同時に、ストライクはシールドの向こう側に低くナイフを構える動作を取った。
今まで砂に沈んでいた機体の足が僅かに浮く。
「ようは、土だって思わなきゃいいってことだろ」
そして、白の機体は砂埃と煙の隙間から滑り出る。
緩急ある斜面を縫うように疾り、一機に狙いを定める。
(初めて見る機体だ)
4本足の動物を模ったような機体。
この条件下で戦う為に行き着いた形、か。
先ほどまでとは別物としか思えない動きに、流石の4本足も付いて来られなかった。
ストライクのナイフが機体の前脚部を一閃する。
重い音がして、4本足は伏すように前のめりに沈み、横倒しに倒れた。
「次は?」
ストライクは頭を巡らせる。
そして次のターゲットを映したその目が蒼く鋭さを増す。
キラが操作レバーを握る手に力を込めようとする、まさにそのタイミングだった。
『はーい、ストップだキラ・ヤマト。ダコスタくーん、後で反省文出すように』
スピーカーを通して響き渡った 何とも緊張感の無い声が、降り注ぐ全ての攻撃を止めた。
ダークレッドのパイロットスーツに身を包んだ 一人の少年が地上に降り立った。
背後、その姿を護るかのように膝を折るのは、GAT-XシリーズのMS。
上のクルーゼ隊所属の機体で、通称ストライク。
地球重力下での稼動実験及び地上隊援護の為、単独で降下してきたのだ。
そして、先ほどまで戦闘を繰り広げていた白の機体とパイロットの姿一目見ようと、
駐屯地中の兵が集まっていた。
少しでも特等席を確保しようとする、男たちの怒号が飛び交う。
前へ前へとのめり込むように出来た山は、もはや崩壊寸前の有様だった。
注目の視線を集める中、留め具に手が掛かりヘルメットが外される。
砂漠の乾いた風が、茶色の髪を舞い上げ、
パイロットの相貌が露わになった。
どよ・・・、周囲で軽いどよめきが起こる。
あのMSのパイロットが、想像以上に『子供』であったこと。
そして・・・少年はここ砂漠に居る者では持ち得ない、宇宙の気配を纏っていた。
重力に捕われない姿は、その容貌もあいまって、なんとも言えぬ透明さでそこに存在していた。
バルトフェルドは、感心したように眉を上げる。
(ほう、これほどの上物とはねぇ。コーディネイターといえども中々お目に掛かれるもんじゃない)
組んでいた腕を腰に宛てると、バルトフェルドは眼下に辿り付いた少年をしげしげと眺めた。
その顔を見て、一瞬聞いていた性別はどちらだったかと思い返したが、ここまでくれば完全に少年だと解る。
強い日差しに、長い睫が頬に影を落とし、奥にある高質のアメジストを思わせるような眼差しが、
バルトフェルドを見つめ返す。
「キラ・ヤマトか」
「はい」
少年・・・キラ・ヤマトは、少し甘く耳に残るような声で返事を返すと、敬礼の形をとった。
「ザフト軍本部より、此方を援・・・うわっ」
キラの言葉が、途中小さな驚きの声に変わった。
今まで見ていた景色が一変し、真っ暗になったのだ。
しばらくして、自分がすっぽりとバルトフェルドの腕の中に収まっているからだと気づき
目をしばたかせる。
「んー、抱き心地もいいねぇ」
頭の上で呑気な声が聞こえてきた。
隣りでは副官が「悪い癖が…」と頭を押さえ、戦闘員達は軽い羨みを混じらせ、囃し立てる。
・・・ここは砂漠だ。
暑い意外の何モノでもない。
男に抱き付かれても、何も嬉しくないし。
それに・・・・・・・・・・・あの命令を下した人物はこの人だ、絶対。
キラは、不服そうな表情で顔を上げる。
すると、その顎をバルトフェルトは手馴れた仕草で掬い上げた。
キラの顔に影が近づく。
そして唇に暖かい感触が伝わってきた。
触れるだけのモノではない。
覆い被さるように与えられる、深い口付けだった。
逃げようとする舌にバルトフェルトのものが絡まり、屈服させられる。
キラも、こういう経験が無いわけではないが、心の準備も無かった上、息をもさせぬ程の勢いに、
その表情が苦しげなものに変わっていく。
力が入らなくなり脚から崩れ落ちそうになるのを、それすらも逃がさないという風に、腕が抱え上げた。
周囲は騒ぐこともいつしか忘れ、奇妙な静けさに満ちていた。
ある者は唖然と、あるものは喉を鳴らしてその様を見つめている。
そして、たっぷりと時間を掛けて味わった後、バルトフェルドは笑みを湛えながら、キラを見下ろした。
「キラ・ヤマト、愛人3号でどうだ?」
腰に響くような、包み込むような声が耳元に囁かれる。
キラは今度はしっかりと眉を寄せて、広い胸の中でぼそりと呟いた。
「…私は男ですが」
「知ってるさ。パイロットが視力を落としたら使い物にならないからねぇ」
その言い方に、キラは眉に篭めていた力を少し解く。
(容赦ない歓迎を選んでくれたにしては、こっちも熱烈だな・・・そういう趣味なのかもしれないけど
・・・この人の目は、ずっと先を見通している・・・隊長と同じ眼だ)
そして。
瞬きと同じくして見上げてきたキラの目は、「砂漠の虎」に挑むようなものに変わっていた。
「……役に立つか立たないかは」
キスの名残に濡れた唇が引かれる。
「これからの戦闘も御覧になって判断してください。ハナから戦力外とされるのは心外ですから」
(ほう、動じないねぇ)
怒りにだろうか、多少眼は潤んでいるものの、変わらぬ・・・いや不敵ともいえる表情で見つめるキラ。
バルトフェルドは面白そうに目を細める。
まんざら下心がなかったかと問われれば、否定はできないが、確かに、自分は試したのだ。
ザフトのエリート組に属していたパイロットの甘さを取り払ってやろうと、少しキツイ歓迎を支持したのも自分。
それにこんな事で動揺するようでは、自分の下ではやっていけない。
なるほど連合の「死神」の噂は、あながち嘘でもないらしい。
(だよなぁ、あのクルーゼんトコのだ。一筋縄でいく筈がない・・・か)
バルトフェルドはキラから手を離すと、肩を竦めた。
「解った。悪かったな」
「いえ」
「けどまぁ、一応こっちの事も考えといてくれ」
「愛人3号ですか?」
「自分で言うのも何だが、結構優遇されるぞ」
そう言って、片目を瞑るバルトフェルドに、キラは、ここに来て初めて心からの笑みを浮べた。
「解りました。考えておきます」
(暫くは、退屈しなくて済みそうだねぇ)
ようやく、我に返った周囲が、先ほどよりも熱い視線をキラに送る様子を横目で見ながら、
バルトフェルトは、これからの事に思いを馳せた