明かりの落ちた薄暗い通路に、規則的な靴音が響く。

パラパラと手元のデータの束をめくりながら、ニコルはその爪を噛んでいた。


そのデータは管理室で打ち出してきた、ブリッツのシステムデータ。
どうも調整している間に設定していた数値と合わなくなってしまったらしく、チェックを掛けると
エラーがでるのだ。

微々たるもので、直ぐに戦闘への影響がでるものとも思えないが、この微妙な数値差が及ぼす影響を、
自分ではまだ予測できないでいた。


「ここの数値がコンマ00826だから…」

データ解析関係は苦手だった。
まだ、作戦を立てろと言われた方が楽だと思う・・・。

ニコルは難しい顔をしながら、指で数値の列を辿る。


「キラに一度見て貰った方が、いいかも知れない…」


ぽそりと出た呟きに、ニコルの眉間から皺が消えた。


「そうだ、何故気付かなかったんだろう。ついでに、少し講義もしてもらって・・・。」


悩み事に光が差した気がして、ニコルはにこりと笑う。
そして頭痛がしそうなデータの束をとっとと閉じようと、最初のページに手を掛けた時だった。

規則正しく並んだ数列に、すっと影が差し込んだ。



「?」



ニコルは顔を上げ、何気なく影の先を見る。


宇宙を映す大きな窓。
差し込む光りから伸びる、二つのシルエット。


カツン。


…思わず足を止めてしまった。





一つ影は、きっちりと軍服に身を固めたアスランのものだった。


宇宙の闇に溶けこむような、髪の色。

完璧ともいえる、その凛とした横顔。

いつも隙が無くて、表情を映す事の少ない目が、愛しげに細められる。

普段には絶対に見られることのない、此方が赤面するような甘い視線。
微かに笑みを刻んだ唇が何かを伝えたのか、微かに動いた。


(こんな…表情が出来る人だったんですね…)


自分が見つめられている訳でもないのに、動揺し始めてしまう自分の心を落ち付ける為
一つ息を吸う。

そしてそのアスランの視線を辿ると、出窓の部分に腰を掛けているもう一つの影、
キラに辿りついた。



惑星から漏れた明かりが、その静かな笑みを湛えた横顔を背後から照らしている。

シャワーを浴びて時間が経っていないのだろうか。
少し湿った髪が、その表情をさらに魅惑的なものにしていた。
偶に滴り落ちる雫が、まるで水晶のように輝いて落ちていく。


キラもアスラン同様深紅の制服を纏っていたが、時間外だからなのだろう羽織られているだけだった。
緩められた詰襟の部分から覗く素肌が、さらにニコルの鼓動を早める。


キラには、いつも何処か掴み所が無いような所があるけれど。

今はそれ以上に…自分なんかが触れる事も許されないような、そんな空気が彼を包んでいた。



『傑作だよ』


脳裏に、そう言ったクルーゼ隊長の言葉が浮んだ。



『60%の素質39%の操作…そして残り1%は奇跡だ。いくら血筋を厳選されたコーディネイターでも
すべてが計算通りに優秀に出来あがるものでもない。キラもアスランも愛されているのだよ。
その1%に住む神、とやらにな』



ニコルの目の前で、
静かに、二人の距離が近づく。


そして、音もなく。

二人の唇は、重なった。


元々一つだったものが、惹き合うように。


それは、とても綺麗で…神聖な・・・儀式のようで。


あの二人を、男同士だとか・・・・そういうもので括ってはいけない。
そんな気がして。



ニコルは、何故か泣きたくなるような切なさを感じ、壁に背中を預けて天井を仰いだ。




二人が、表立って仲がいいという素振りを見せることはない。
廊下で擦違っても、視線を交す程度。



けれど一度戦闘になれば、何故ここまでの連携が可能なのかという程のコンビネーションを見せた。
通信もままならない距離で、相手がどういう行動を取り、何が一番相手を助ける事になるのか。
最上の方法を、彼らは言葉で伝える事無く、わかりあっている。


言葉で一々確かめ合わなくてはならない程、脆い絆ではないのだ、きっと。


永遠とは、こうやって静かに流れて行く時間に、生まれるのかもしれない。



胸の中に憧れと少しの胸の痛みを抱きながら、ニコルはそっと二人に背を向けた。