戦神




褐色の肌、鋭い眼。
緋色のパイロットスーツ。

その足元からは苛立ちを隠し切れない靴音。



そして、その足音が向かう先にあるのは、MSが納まるハンガーを一望できる待機室。

扉をくぐり、乱暴にパイロットスーツの首元を緩めながら何気なく部屋を見まわした少年は、
先客がいる事に気付いた。
その顔つきは更に険しいものとなる。



『キラが本気になれば、きっと俺達が束になっても敵わない』


以前、キラ・ヤマトは正式なアカデミー上がりではないらしいという噂が立ち、クルーゼ隊に彼がいる事への
疑問が上がったとき、平然と言い放ったアスランの言葉が浮ぶ。


(・…こんな奴が…)


射貫くような視線に気付きもせず、椅子に凭れ目を閉じる少年。
髪が頬に掛かり、自分と似て非なる色をした瞳は瞼の奥に眠る。

・・・その無防備な姿は、ついさっきまであの戦闘を繰り広げていた人物とは、到底思えない・・・。



ディアッカは、戦闘上がりで乱れ気味になっている金の髪に手をやる。


思い出したくない風景が、脳裏に蘇ってきた。







バリアントの直撃を受け、バスターのコックピット内に警告灯が点滅する。

「くそっ!!ザコがっっ」

すかさずランチャーを放ち第二波は防ぐものの、うまく腕が上がらない。


(っ、反応が悪い!さっきのでヤラれたかっ)

敵が攻撃の手を緩めてくれる筈もなく、ここぞとばかりにミサイルを打ち込んでくる。
モニタに無数の影。
動く右手だけで対応するが、全て撃ち落すのは不可能。

「くそっ」

ディアッカは舌打すると、次に来るであろう衝撃に備える。
直後、割れんばかり爆発の音と共にスクリーン全体を閃光が襲った。

しかし・・・かなりの衝撃を覚悟していたのだが、思っていたようなショックが来ない。
訝しげに眉を潜める中、通信装置が反応した。

『ディアッカ!大丈夫!?

キラ・ヤマトの声だった。

ストライクが、こちらに向かってきたミサイルを撃ち落してくれたらしい。
(よく、こっちの戦闘状況が解ったな・・・)
大方、アスラン辺りの指示だろうが。

ディアッカはスクリーンの上端に映ったキラの顔に向けて、ヒラリと手を振る。


「ああ、まぁな」

『よかった』


キラの表情が一瞬綻ぶのが分かった。
が、直ぐにその眼差しは真剣なものへと戻る。


『ディアッカ。こっちは僕が抑えるから、アスランと合流してくれないか』

「抑えるって」

スクリーンに映るストライクは、MAだけでなく戦艦も相手にしていて手一杯・・・に見えるが。

「お前、一機で平気なの」
『大丈夫。それよりもこっちがこの数ってことは、アスランの方に展開している数が
予想してたより多いはずだから』
「救援を頼んできたってか?」
『まだ来てない。けど、アスランは一人で片付けようするから・・・何とかなるだろうけど
それに時間を掛ける必要もない』
「・・・オーケイ。解った」


この判断はキラのものらしい。
戦闘中の高揚感を静めるような声に、ディアッカは素直に頷いてしまった。

(まぁ、右手だけでもないよりはマシだろう)


思いながら機首を転換する。
故障していると、キラに言っても仕方のない事だ。

ディアッカはイージスの位置を確認しようと、手元のレーダーに視線を下ろす・・・・その時だった。


『あ、待って』


思い出したようなキラの制止の声と共に、目の前のモニタが通常画面からOS画面に変わった。
次々と…涌きあがるように展開されてくるバスターの深層データ。

「・・・ハッキング?」

それが淀み無く、書換えられていく。

「お前がやってんの?」
『ごめん、後で戻すから。壊れてるだろう?そっちの手』

(こいつ…)

モニタとスクリーンで同時に展開する光景を、ディアッカは呆然とした思いで見つめた。

物凄い速さで送られていくデータの波。

同時に、まるで森の木々を縫って飛ぶ鳥のように 鮮やかに敵陣を翔け抜ける白い機体。

彼が通り過ぎた後には、全てが炎を上げ宇宙の中心へと落下していく。

その炎で白い筈の機体は、赤く染まっていた。

・・・まるでイージスのように。


(あの状態で此方を気にする余裕があるってのか・…)


此方の驚愕を他所に、進行パーセンテージは加速し、全て完了したことを示すと元の画面に戻る。

『完全に破壊されてる訳じゃないみたいだから、左腕の壊れてる回路を迂回させて、
動かせるようにしてみた。サーベルを振うのはちょっと無理だけど、砲撃の振動には
耐えられると思う』


試しに操縦桿を動かしてみると違和感は無くなっていて、確かに元通り動かすことができる
ようになっていた。


「・……了解」
『じゃあ、頼んだよ』



何かモヤモヤした気持ちを感じつつ、ストライクと離れ援護向かうと、キラの言うとおりアスランは倍の数に
囲まれ苦戦していた。

『ディアッカ?持ち場は』
「キラが引き受けてくれてるよ。こっちは何とかするからアスランのトコ行ってくれってさ」
『・・・そうか。すまない、助かる』

あのアスランが持ち場を離れた事を責めるどころか素直に礼を言った辺り、アスランなりにキツかったんだろう。
自分の方も左手が治っていて正直助かった。
それくらい敵は集中していたのだ。

二機がかりで何とか敵を撃破し、任務は無事終了することができた。

無論、ストライクの周囲にあったMAそして艦も全て、沈められたのだという。





あの状況下で・・・自分も戦闘中であるにも関わらず、此方とアスランのピンチを予測して援護し、
更にバスターの不具合個所までも見抜き、どうすれば解決するのか一瞬で判断し
それを実行する・・・。
どれか一つ二つというなら自分にも出きるだろうが、全て同時にできるものではない。




無防備に目を閉じるキラを、ディアッカは椅子の後ろから覗きこむ。



「第一世代には、偶にとんでもないのが生まれるって・・・聞いたことがあるけどな」


このキラに、そんな才能が眠っていると、誰が想像できるだろう。


「・・・」

と。キラの唇が小さく動いた。

「?」

何を言っているのか聞き取れなくて、ディアッカは顔を寄せる。
途端緩いウェーブを描いてた髪が、キラの手に引張られた。

「!?」

突然の事に、ディアッカはバランスを崩し、椅子の後ろからキラの胸へと倒れ込む。

「何をっっ」
「・・・陽」
「は!?」

静かに開かれたキラの目が、此方を向く。

「ディアッカは太陽みたいだ。強くて優しい・・・太陽のいろ・・・」
「?」
「・・・ごめん、バスター直ぐに戻すから。あと少し寝かせて」


言うだけ言って、髪の毛を掴んだまま再び寝息を立て始めたキラを、ディアッカはぽかんと眺めた。


「・・・・・・・ね、寝ぼけてんのかよ」


あの戦闘力と、この警戒心の無さ。
・・・危さをも感じる、バランス・・・。


「変なヤツ・・・」


思わず笑いがこみ上げてきた。
・・・いつのまにか、自分の中から苛立ちが消えていた事に気付く。
微かな嫉妬心は残っているが、それよりも見てみたいと思った。


彼が本気で戦ったときの、その姿を。
きっとそれは透明で美しいモノなのだろう。



「あのアスランが執着する訳だ…」


一人締めさせるには勿体無いな。


ディアッカは目を細めると、その戦神の唇に口付けを落とした。






****




がんっ



唐突に響き渡った物凄い音に、ディアッカは音のした方を振り返る。
そしてその何気に振り向いたという表情が、一瞬にして引き攣ったものへと変わった。
ディアッカの視線の先。
そこには、今までに見たこともないような・・・凄い形相のアスランとイザークが浮いていて、ガラス越しに
此方を睨み付けていたのだ。

ガラスの向こう側は、MSのハンガー。
丁度ハッチから見える高さに、ここはある。

・・・・降りた時にでも目に付いたのだろう・・・。

すっ、そのままの表情で、アスランの手が動いた。
声で伝えられない時の手信号だ。

『お・ま・え・い・ま・な・に・を・し・た』

隣りでイザークの手も動く。

『き・さ・ま、そ・い・つ・か・ら・は・な・れ・ろ』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ははん。
ディアッカが、玩具を見付けた子供のような表情へと変化する。
どうも面白い事に、敵は一人ではなく二人だったらしい。

そういえばアスランがあの言葉を言った時、珍しくイザークは反論しなかった。

「モテるねぇ、お姫様」

あれだけの大きな音にも、動じずに眠り続けるキラに笑みを向け、口許に手を宛てる。
どうしてやろうか
暫く考え・・・自分の髪を掴んだままになっているキラの手を掬い取った。
そして、それに口付けを落すと硝子向こうに勝ち誇ったような視線を向け、ニヤリと笑いかける。

「「!!!!!!」」

予想通り。
二人が声にならない声を発し、口を戦慄かせた。

「おっ、おもしれぇ」

指を刺しながら腹を抱えるディアッカに、もはやオーラが絶対零度に達した二人の手が同時に動いた。

『『き・さ・ま、い・き・て・そ・こ・か・ら・で・ら・れ・る・と・お・も・う・な』』

二人は、据わった眼のまま、シンクロナイズドスイミングを見るような、見事な揃いっぷりで
叫びを伝え終わると、我先にと降下していく。

「なんだ、あいつら仲いいじゃん」

止まらない笑いに腹筋が痛い。


逃げた方がいい気もするが、キラの前なら大層な事もできないだろう。
寧ろそれに二人が葛藤する姿も面白いかもしれない。
ディアッカはキラの頭をクシャリと撫でると、扉が開かれるのを待った。