「キラ」
床を蹴って、その傍に着地する。
「イザーク?」
紅い軍服の裾がゆっくりと翻り、
「何かあった?」
振り返る茶色の髪が、微かな重力に揺れる。
「…奴からの伝言だ」
イザークは短く言葉を切ると、白い紙切れをひらりと宙に舞わせた。
それを流れるような仕草で受け取ったキラは、内容を目で追う。
ほんの2、3秒程の時。
長い睫の奥で、菫色の瞳が動く。
「次の作戦が決定したって」
キラは紙から目を上げると、軽く肩を竦めてみせた。
「二手に分かれて一気に叩くらしい。一方は君と僕。もう一方はアスランとニコル。ディアッカは陽動だって
…拗ねそうだな」
口許に手を宛てながら、どうフォローするか考えているのだろう。
イザークは、関係ないっといった風に手を振った。
「陽動に託けて派手に弾薬使いたい放題のやりたい放題だ。ディアッカの憂さ晴らしに、相手させられる方が気の毒なだけだな」
「あー、憂さ晴らし・…」
なんとかに刃物状態ってやつかな?もしかして。
想像したのだろう、面白そうに笑うキラの横顔を、イザークのアイスブルーをした眼が静かに見つめた。
キラは、その優秀な能力を持ちながら、決して先に立って戦おうとしなかった。
確かに人を動かす事に長けているのは、アスランのようには思う。
自分達のような者だけでも厄介なのに、キラの「感覚で動く戦闘」までを計算に入れて作戦を立てなければならないのだ。
そんな事が出来るのは、隊長とアスランぐらいのものだろう。
しかし、だからといってキラがアスランに劣るようには思えなかった。
実際、組まれていた作戦を勝手に翻すようなことをやって見せて、予定していたより迅速且つ効率的に成功を収めてきたことも
一度や二度ではない。
黙って、アスランの言う事を聞いてやる必要など…キラにはないのだ。
「…キラ」
「ん?」
「何故アスランの言う事を黙って聞いている?才能がある奴なら上にいくべきだろう。何故そうしない」
「上、か」
キラは浮かべた笑みそのままで、ガラスに手を置き外に視線を移す。
「興味ないよ。」
横髪に隠される、その表情を追いたくて。
イザークの指がキラの髪を梳いて、止まる。
「このオレがお前のためなら動いてやる、そう言ってもか?」
人の下につくなど、考えたことも無かった。
選ばれた人間という意識が、プライドがあったからだ。
けれど、ここに来てキラと出会った。
『…戦争より、昼寝の方が好きなんだけど』
そう欠伸を噛み殺しながら言ってみせた彼の戦闘は、自分の中の常識を超えるものだった。
彼は深く考えたりしない。
知っているのだ。
勝利の、その方法を。
それに気付いた瞬間、恐れにも似た思いが体を駆け抜けた。
コーディネイターであることには変わりないのに、コーディネイトで得られたその奇跡に心が震えずには居られなかった。
ゆっくりと、笑みを収めたその眼に自分の顔が映る。
薄い唇が、開く。
「ありがとう。けど、知ってるだろう。僕ができれば戦いに身を置きたくないってことは」
「平和の為でもプラントの為でもない、ヤツの為だ・・・か?お前がここに居る理由は」
返された、返事は。
一度だけ瞬く瞳。
心底呆れたという溜息と共に、銀の髪が自らの手で掻き回された。
「ほんっとうに、貴様って奴はっ」
馬鹿だろう!!絶対!!!
苦々しげに吐き捨てるイザークに、キラはにっこりと笑った。
「それに付き合ってくれてる君は、本当にいい人だね」
「いい人ぉ!?」
思わぬ自分への言葉に、イザークの顔が思わず間の抜けたものになる。
キラは頷くと、瞳の残像を残してイザークの前からすり抜けた。
そしてすれ違いざま、ぽんと背中を叩いていく。
「1500に最終打ち合わせだって。じゃ、また後で」
「変な事言い残して、逃げるなっキラっ!!」
本当のことだからねー。
手をひらりと振って、遠ざかっていく声。
「ほんっとうに・・・理解不能だ」
額に手をやりながら、イザークは肩から息を吐いた。
それでも、同じ道を進んでもいいと思ってしまった自分に向けて。
「早まった・・・か?」
それでも後悔していない・・・なんて、どうかしている。
このイザーク・ジュールが。
「ああっ、クソッ」
イザークは、ガラスにその額を打ちつけると・・・・・・再び肺の底から溜息を吐いた。