**
キラが配属されて四日経った。
機体本体。そしてそれに付随するバックパックが次々に格納庫内に運び込まれていく。
遅れていたキラの愛機が、ヴェサリウスに到着したのだ。
「へぇ、これがキラの機体・・・って一機分にしては、なんか付属品多いんじゃないの?」
「接近戦・援護どちらにでも対応可能、っていう機体だからね」
ディアッカの疑問に答えつつ、搬入の指揮を取っている人物に2,3指示を残し、キラは固定されたばかりの
機体 コックピットへと滑り込む。
ディアッカもそれについて、ハッチの縁に手を掛け中を覗き込んだ。
「中はオレ達のとあんまり変んないカンジだな」
「製造元は同じだから」
キラは持っていたバインダーを膝の上に置きペンを口に銜えると、キーボードを取り出して叩き始める。
すると低く沈黙していた計器が一斉に光を取り戻し、機体の今の状況を伝え始めた。
「これもオーブ製…ってワケだ」
「そ。但しコレは非公式にだけど、きちんとしたルートでザフトに来たものだよ。それなりの見返りを用意すれば …
どちらでもいいんだね。結局」
周りを囲む計器を一つ一つ確認しながら、キラは膝の上のチェックリストにペンを走らせる。
ディアッカは、キラの無駄の無い仕事ぶりを感心したように眺めていたが、暫くして…他にどんな顔をしていいのか
解らなくて選んだ…というような笑みに表情を変えた。
「戦えるヒトってワケだ、キラも」
「強いよ」
…檻の中で囲われて、命を奪われるだけだと思ってた?
キラはちらりと笑うと、肩を竦めて返すディアッカに視線を上げた。
「上の意向と、ヤラレないだけの腕が前線に出る絶対条件だけど、一緒に前線に出られるに越した事はないんだよ。
傷が同じように深くても早いうちに手を打てた方が回復も早いし此方の負担も違ってくるし。蘇生にもタイムリミットがあるから」
「コイツはそのための専用機…ってワケ?」
「試作要素の高い機体だけどね。特殊すぎて誰でもメンテができるって訳にもいかないし」
「へぇ…?」
ディアッカは機体の入り口に寄りかかると腕を組み、コックピットから機体の外に目を移した。
大方の搬入作業としては終了したらしく、クレーンの動き等は止まり格納庫内は落ち着きを取り戻している。
下を行き来する兵の笑い声が聞えて来た。
安堵感…のようなものが満ちていると感じるのは気のせいでは無いはずだ。
ラスティが死んで以降、このスペースは空間だった。
悲しいことを考えたくないと思っても、イージスの隣に開いた何も無い空間を見るたびに現実に引き戻された。
今、自分の居る世界が、死と隣り合わせであるという事をいつも目の前につき付けられた。
だが今日キラの機体が入り、スペースが埋った。
姿形は違えども、紅の守護神が戻ったのだ。
いや、それだけじゃないかもしれない。
もしかしたら人の本能が、キラが<死を遠ざける者>であると…感じ取っているのかもしれなかった。
キラが奏でる定期的なリズムを背中に聞きながら、ディアッカは体を起こす。
「じゃ、オレ行くわ。あんま無理すんなよ」
ひらひらっと手を振ってみせた手の向こう側、まだ悲しみの抜けない笑顔がある。
傷は、誰にでも消せる訳では、ない。
そしていくら幼い頃からの知り合いだとしても…自分にその力は無いのだ。
ディアッカは唇を結ぶと、ひらりとタラップの柵を越え、数メートル下へと体を躍らせた。
ディアッカが遠ざかっていくのを見送って、キラは作業に戻る傍ら、頭上のボタンを操作し管制と映像を繋いだ。
「GAT X-105キラ・ヤマトです。今から其方のデータを弄りますので、システムのブロックをレベル2まで落として下さい」
<了解しました>
ピ、機体のシステムと管制官のコンピュータがリンクされる。
機体の専用のバックパックを、この機体へ打ち出すための信号を艦に覚えさせないといけない。
それに今まで地球の重力圏用に設定されていたものを、宇宙仕様に切り替えて、コンピュータがはじき出す軌道計算も
推進力の相違を覚えさせ修正を加えて…。
キラは、幾重にも重なり表示されるデータを澱むことなく書き換えていく。
傍から見れば、これはパイロットの仕事ではない。
しかし…やることが多いほうが、キラにとっては有り難かった。
ぼうっとしている時間があると、ついラスティの気配を追ってしまうからだった。
何気なく会話する人に、通路を曲がった先に。
…そして何よりも…戻った部屋に。
残るはずの無い温もりを、探してしまう。
『そんな片っ端から片付けていくことはないんじゃないか』
あの、同室のアスラン・ザラの眼が決定的だった。
瞳の色が同じなだけのに。
その先にラスティが居るような気がして、糸を手繰り寄せて…一人失望するのだ。
懲りもせずに、なんどもなんどでも繰り返して。
ピー
「あ…しまった」
コンピュータのエラー音に、キラは漫ろになっていた意識を引き戻し、モニタに集中する為紫の眼を細める。
余分な事は…考えなくてもいいように。
考える隙を与えない為に。
アスラン・ザラとの接触時間を少しでも減らすために。
キラの心そのままに、キーボードを叩く音は延々と途切れることなく、いつまでも機体から零れていた。