コーディネイターとは、遺伝子を操作して生まれた人間の事を言う。
性別は勿論の事、髪・目・肌の色・身長・声、人が個性として語るパーツの全てにおいて、
今や人類は、思い通りに操作することが可能になっていた。
だが、それは同時に自然の摂理に逆らうという事でもある。
計算どおりにならない…予想が出来ない事態は、常に覚悟しておかなければいけない事だった。
その歪は成長して初めて現れるものであったり。
原因不明の死であったり。
出生率の低下もそれだ。
何が狂っているのかすら解らない、人を構成する上で足りない何かがまだ確かに残されている。
まるで、人の驕りを嘲笑うかのように。
が、同時にその未知の領域は、神の祝福にも似た奇跡をもたらす事もある。
「創りだす」事は絶対にできない、
突然変異の存在だ。
それは、さまざまな形で現れたが<移植者>もそのひとつだった。
<移植者>とは、その体内を満たす体液が、治癒の力を持つ人間の事をいい、その能力の度合によって、
Level-5から、Level-zeroまで呼び名が設定されている。
中でもzeroは、体内の血全てを相手に渡せば、死の淵から生還させうる程の力を秘めていた。
これまで、<移植者>という存在は「噂」としてまことしやかに囁かれてきたが、命の重さを天秤にかけている行為として、
倫理的観点からその力が誰かの命を助けるために使われるということはなかった。
・・・無論まったく無かったということではないが。
しかし、コーディネイターが支配者であったナチュラルからの離反を決意し、Z.A.F.T.を結成、戦う意思を固めた時。
その<移植者>の価値は、綺麗ごとでは抑えきれぬ程の意味をもつものとなる。
死が常に付き纏う世界で…それは不死の魔法を意味するものなのだから。
政府は真っ先に<移植者>の保護と称して、フェブラリウス市にある研究施設に集めた。
無論文字通り保護し、戦争に於いてその力を最大限に利用するためであり、さらに…これが一番最たる目的だが、
人工的に<移植者>を生み出すことは出来ないか研究する目的もあった。
ザフトの本拠地を有するディセンベル市でも首都アプリリウス市でもなく、フェブラリウス市が選ばれたのは、
元々医療・生体工学を得意とした市であった為、研究する基盤が揃っていたからだ。
フェブラリウス市の中心部にありながら…深い緑に囲まれた研究施設、そこがキラにとっての家だった。
研究施設には、キラも含めて十五人に満たない子供が居たが、殆どは物心がつくか付かないかの
幼い頃からそこで育ったような子供ばかりで、 7才で入所したキラは「異色」だった。
この力が後天的に生じたという例は今だ確認されていないからだ。
それに、<移植者>に限られたことではない、突然変異で何かしらの力を持った子供は、その能力の強弱に関わらず、
全て政府に報告の義務がある為…七歳まで普通の暮らしをしていたことは違法に当たる。
とは言うものの、…何故自分がここに入ることになったのか、キラ自身に記憶は無い。
話で聞かされたのは、初めての「移植」にショック症状に陥り、この施設に保護されたということだけ。
両親がどんな人だったのか、どんな環境で育ったのか…キラはまったく覚えていなかった。
『こんにちは。キミがキラ・ヤマト?』
頷くと、オレンジ色の髪が揺れて、柔らかな甘い笑顔がかえってくる。
『ボクは今日からキミとペアになるラスティ・マッケンジー。仲良くしていこう?ボク達にしか…分かり合えない事もあるからね』
…だから7才で入ったと言っても、キラにとっての思い出とは、その笑顔から始まったようなものだった。
政府がその数を把握し始めてから現在に至るまで、Zero として確認されているコーディネイターは、片手に満たない。
現時点で確認されているZeroは、ラスティ・マッケンジー、そしてキラ・ヤマトの二名だけだった。
その体内に不死を持つ人間。
それは実用面にも実験体としても、これほど興味あるものは無かっただろう。
もし<移植者>を、作り出すことができれば…人としての進化よりも更に上を――本当の意味で神に近づくことが出来るのだ。
だから施設に入れられ、壊れ物を扱うように外の世界と隔離されてきた割には、力を失わない…死ぬことはないと実証されている
範囲の実験は容赦なく行われてきた。
故に、その実験に一人耐えてきたラスティは、同じZeroであるキラを周りから過保護だと笑われる程に大切にし、
キラも血を分けた肉親であるかのように心を許していた。
物心がついた時には既に研究室に居たというラスティは、何も知らないキラの先生であり親友であり、家族だったのだ。
『ボク達も戦場に出たら勿論戦うことになるけど…本当の任務はパイロット及び重傷者の身体機能回復』
そう言ってラスティは唇を合わせる。
キラも目を閉じてそれに応え…唇に温もりを感じる程の時間触れ合った後、静かに離れる。
『普通の傷位はね、唾液程度でOKだよ』
『こんなものにまで…力があるんだ』
『そ。けど本格的に回復させるのなら<輸血>。 正し、これはボク達の回復も必要だから、状況に応じてってことになるね。
ふつーの時だったら、一番手っ取り早くて回復が効いて、こっちの回復も必要無いってのは…』
コレ。
ラスティはそういって笑うと、ズボンの所を指差した。
キラは半眼でそれを眺めると、ふうんと興味なさそうに相槌をうつ。
そのキラの様子に、ラスティは苦笑を深めた。
『…体力的には問題ないし、同性同士で何が楽しいんだとは思うけど…軍って所はこういうのスキな奴多いんだってさ?
趣味と実益を兼ねてってトコなのかな。皆よっぽどタマってるだろうねー』
『ふうん…』
キラは微かに首を傾げると、口を結んで考え込む仕草になる。
そして、沈黙すること暫し。
『…美味しくは…ないよね』
ぼそりと呟いたキラに、ラスティは堪らず噴出すと声を上げて笑った。
『キラって、案外ストレートだよねっ…っくく』
傍の壁を叩く勢いで息も絶え絶えに笑うラスティに、何故其処まで笑われなくちゃいけないんだと不服そうな視線を送るキラ。
そして、いつまでもしつこく笑い続けるラスティに、キラは頬を膨らませると「もういいよ」と自分のベットに入り、シーツを被ってしまう。
『ごめんごめん』
ラスティはベットの縁に腰掛けると、本気でヘソを曲げたらしいキラをシーツの上からぽんぽんと叩く。
『反省したからっ、ね?…ボクも寝たいんだけど…入っていい?』
無言でシーツの入り口を掴む力が緩くなった。
ラスティはキラの気が変わらないうちに、シーツに入れてもらうことにする。
変わらずシーツの中にもぐりこんで背を向けているキラ。
ラスティは頭の後ろで手を組みながら、灯りの消えた天井を見上げた。
『キラはさぁ、自分の命が人の為に在るって、どう思う?』
『……わからなくは、ないとおもう』
シーツの中からくぐもった声が応えた。
答えがかえってきた事に、ラスティの目が優しくなる。
『そういえばキラって、ここに来るキッカケって一般人を助けたんだっけ』
『らしい…よ。でも覚えてなから…。初めての移植が生死をひっくり返すようなもので、ショック受けちゃって記憶が飛んじゃったんだって。
だから…誰を助けようとしたのかは覚えてない。けど大切な人だったんだろうってのは解る。
その誰かが居ない世界と…実験動物みたいに扱われて、自分の命なのに自分だけのものじゃなくなるかもって事と比べても
…それでも生きて欲しかったんだって』
『運がよかったんだな…キラは。両親に恵まれたんだ。ボク達を隠す事は違法だし、その上凄い報奨金もかけられてるらしいから、
親は喜んでココに引き渡すよ。別に「殺される」わけじゃないからね。その上一生生活に困らないだけのお金がもらえるんだから。
勿論政府の目の届かない所でもっと法外な値段で取引されてるって事もあるらしいけど』
『…そうなんだってね、それに自分の意思で助ける人は決めちゃいけないって。なんでもない人を「蘇生」して力を失くすなんて勿体無いってさ…。
でも、それって変だよね。なんでもないって人に決めてもらうことじゃないよ。そんなのは自分の中で決めるものだよ。
だから…僕が僕の命を渡す時は…自分が助けたいと思える相手だったらいいなって思う。ラスティなら、僕は迷わないけど』
『え?ボク?助けてくれるの?』
天井を見ていた目がパチパチと瞬かれ、傍らのシーツのカタマリを振り返った。
『え?当たり前だよ。何驚いてるの』
何馬鹿なこと言ってるの、キラの表情が見えそうなその声に、ラスティはシーツの中に潜り込むと背中からキラを抱き込んだ。
『っ!キラってホントなんて言うか、かーわーいーーーー』
『撫でるなっ。かわいいって言うなっ。髪がクシャクシャになるだろー、もうー』
『解った。決めた』
バタバタと暴れるキラを強い力で抱きしめ、いつの間にか向かい合わせになっていた額を合わせるようにして、
淡いグリーンの両の目が微笑んだ。
『キラの事きっと守るよ。ずっと守る。…ボクの力が』
…懐かしい感じのする翠の眼が、本当に…とても好きだった。
「約束、したのに」
宇宙を映す窓に、頭を充てて目を閉じる。
「君は助けるって。死なせないって…」
これから配属となるクルーゼ隊について、噂程度は知っているが与えられている情報は少ない。
隊長・艦長クラス。そして紅を着る兵を守れというのが、<移植者>の任務としての最優先事項だ。
近づいてくる戦艦を見つめる。
ラスティの欠片を継ぐもの。
君が居た証をもつ者は…誰なんだろう。
ヴェサリウスに収容され固定されるのを待ち、キラはシャトルから降り立った。
「本日付でクルーゼ隊に転属になりました、認識番号218580 キラ・ヤマトです」
迎えに来ていたグリーンの髪をした少年に笑顔を作りながら、反比例するように心の温度は
どんどん下がっていく。
(赤は、嫌いだな)
(君の血を吸った色…みたいだから)