HOLY BLOOD -ZERO




白く強い日差しが窓の外を灼熱の世界に変えていたが、厚い石の壁に阻まれた室内には、
暗く何処となくひんやりとした空気が漂っていた。
その仄かな闇の中に点滅するひとつの光…机の上の通信機から、
呼び出しのコール音が鳴る。

暫くシカトを決め込んでみるが、なかなか止まないところをみるとどうしても繋ぎたい用なのだろう。
バルトフェルドは仕方ないなという風に眉を上げると、体に凭れかかる少年の腰元を縫うようにして、
そのスイッチをONにした。

<…すみません…>

画像が繋がるなり浮かんだのは、オペレーターの泣きそうな顔だった。
『こうなってる事は解ってたんです、
私だってできる事なら繋ぎたくなかったんです』
と無言ながらもその目が切々と訴えている。


誰がココに繋ぐか賭けでもして、貧乏くじを引いたクチだろう。

「構わんよ、何かあったのかね」

話を続けろと手をヒラつかせてやると、オペレーターはそのままの表情・・・事務的になりきれない様子のまま、
ゆるゆると言葉を繋げた。


<…はい、通信が…>
 
「誰からだ?」


<いえ、隊長宛てにではなく…キラ・ヤマトに>



遠慮がちに、オペレーターがちらと目を向けた先。

バルトフェルドの肩に力なく埋められていた顔が、むくりと上がった。

 「僕…ですか?」

眠気混りの、掠れ声。
剥き出しの肩越しに、扇情的な紫の目がモニタの方を振り返る。

…。

「?違うんですか?」

反応の返らない事に、キラが首を傾げた。
一方、一瞬気圧されたようになってしまって言葉を返すことを忘れていたオペレーターは慌てて頷きかえす。
 

<…え、は、すみません。一応取り込・・・んでいる事は告げたんですが、至急繋いでくれとの事でしたので…>


「わかりました」



キラはそう答えると、そのまま体を捩るようにして、モニタの方を向く。
その時に僅かに息を詰めたのは、繋がったままの状態で体を起こした為か…。

体を支えるようにしてモニタに触れると、伏せがちだった目を上げた。


「繋いで、下さい」

<いっいいんですか!?>

「別に全身が見えるわけじゃないでしょう、構いません」


いや、全身みえなくてもその表情で何があったか、解りますって!

オペレータは心の叫びを最大限に込め、背後のバルトフェルドに指示を仰ぐような視線を送った、が。

「構わんよ、キラがいいと言っているんだから」

この隊長が頼みの綱になるわけがないことなど、自分だけでなくこの隊全員が身をもって体験済みだった…。
楽しんでいる事があきらに解る表情のバルトフェルドに、というよりは一瞬でも頼ってしまった自分に向けて
オペレーターは深くため息をつくと



<は、では>



僅かに名残惜しそうな視線を残しつつ、回線を渡した。




『よぉ、久しぶりだな』

ぶつんという音の後に続いて一瞬画面が暗くなり、手を挙げにっと笑ってよこす金髪の青年に画像が切り変わる。
キラは片目を細めてそのグリーンの軍服を着た青年を見やると、肩で息を吐いた。

「…なんだ、ミゲルか…」

<顔見るなり、何だ呼ばわりかよ。相変わらず失礼な奴だな>


指を画面に押し当てるようにしながら、軽快な口調で話す青年…ミゲル・アイマンだったが、
画面を通したキラの表情の消しきれぬ色香に、気付くのにそう時間は掛からなかった。

更に背後のバルトフェルドの存在にも気付き、バツが悪そうに頭を掻く。


<げ、もしかして仕事中?さっきの奴の変な顔してた理由はコレかよ…取り込み中って言っただけで
解るわけねぇだろ。…もっと詳しく言えよなぁっ、たくぅ>

ブツブツと一人ごちるミゲルに、キラは言葉を喋るのも億劫だと言わんばかりの表情で
「ミゲル」と話を続けるよう促した。


「無理矢理回線をねじ込んだなりの用件があるんだろ、何」


<…いつもの如くメッセンジャーさ>


ミゲル肩を竦めると、その顔から表情を消す。


<上からの命令だ。『戻れ』だと>


「…。」

キラは瞬きせずにミゲルを見つめ、その言葉が伝える意味に口をつぐんだ。
代わりに今まで黙ってやり取りを見守っていたバルトフェルドが口許に手を充て、
キラの言葉を引き取るように言葉を挟む。


「それは唐突だな。しかも<被害者>が出るほどの戦闘があったという情報は得ていないがね?」


<表向きには、事なきを得ていますから>



ミゲルからキラに対する口調より数段トーンの下げられた声が返される。



<その為の、貴重な人材ですので>


「・・・だねぇ、ちなみに次の配属先を聞いても構わないかな」


<…、クルーゼ隊です>

「クルーゼ…隊?」


口の中でキラはその言葉を反芻する。
そして…眉根に籠もる力が更に強くなった。

「ミゲル、クルーゼ隊にはラスティが…」

<死んだよ>


ミゲルはきっぱりと言葉を切った。

隠しても、変わらない事実…・。
現実に向き合って貰わなくてはならない。

ミゲルは、敢えてなんの感慨も無いという風に、言葉を重ねる。


<ラスティ・マッケンジーは死んだ。だからその代わりにお前が上がれと>


「……」


<本日2100を以ってキラ・ヤマトは、バルトフェルド隊を解任、同時にクルーゼ隊への転属となる。

明日1230時に迎えのシャトルが行くからそれに乗れ>

「……」



ミゲルは言葉を亡くしたキラに、間を入れず強い口調で『復唱』と促す。
その声に、彷徨っていた焦点がモニタに戻った。

「…あ、ごめん…キラ・ヤマトは、本日2100を以ってバルトフェルド隊よりクルーゼ隊に転属。

明日1230のシャトルに乗艦。クルーゼ隊と合流・・・します」

<復唱確認した。じゃ、そういうことで。…ではバルトフェルド隊長、失礼いたしました>



敬礼を残して、映像は闇に戻る。



キラは暫くその暗い画面を見つめていたが、一度俯いた後、バルトフェルドから体の上から退いた。

快感の名残が脚を震わせたが、そのまま止まらず落ちた軍服を拾い上げる。


「友達かね」


素肌の上に軍服を羽織るキラの背後から、バルトフェルドの声が掛かる。


「…えぇ」


キラは手早くズボンを身につけブーツを履き、前を止めながら扉へと歩く。


「とても、大切な…友人…いえ家族でした」



キラは扉の手前で振り返ると、顔の傍に手を上げ敬礼の形をとる。





「直ぐに"次"がくるかと思いますが・・・…死なないで下さいね。…貴方は」