過去ログ
05/28 孫が来た
珍しく孫が来た。初孫の男の子だが、もう30を超えたかな。ご機嫌伺いだそうで、久しぶりの顔を見ながらやはり孫は若いな、と当たり前の感慨ひとしお。鉢植えの棕櫚竹(しゅうろちく)、10日ほど前に植え替えて裏庭に置いたまま。青々と葉が伸びて見栄え良しで玄関へ置きたいのだが、爺には重くて動かせない。お願いするとひょいと持ち上げて、家の中を通り抜け玄関へトンと置いて、「いいね」と。俺も若いときは「こうだった」と老化現象に悩む日頃を忘れた。孫に助けられるのは格別にうれしいものだ。(18:34)
05/27 愛想(あいそ)
日本人から急速に失われているもの、たくさんありますがまず愛想ですね。愛想って何?、というほどです。今や昭和世代の女性たちの一部に残るのみ。愛想どころかマナーや礼儀(エチケット)も消えかかっています。愛想は人と人、社会をつなぐ日本独特の慣習でした。外国人が日本人をほめ日本を羨ましがるところです。
先日もバスの回数券を買いに行った時のことです。昼過ぎなのに生憎田舎の切符売り場は大盛況。中年女性が窓口で係員に切符を求めているようで、その次に中年女性、爺の前に中年男性一人の4人で長蛇の列です。女性二人は連れかと思いきや別々でした。複雑な切符なのか先頭がなかなか終わらず、二人目も加わって話し込んでいます。係員は狭い窓口の中で忙しそうにしています。15分ほどすると前の男性はイライラ。でも文句は言えずじっと我慢の様子、爺も同じ。やっと先頭が終わり二人目、これはすぐに切符が出てさっと終わり、そして女性二人は後ろで待っていた男性二人をジロリと一瞥をくれると無言で別々の方向へ去っていきました。長い間待たせたのだから一言あってしかるべきです。少なくとも軽く会釈ぐらいは当然、それが愛想です。老若男女を問わず人を思いやる優しさ、いつまでも残したいものです。(10:48)
05/26 ベゴニア
ほしい週刊誌があったのでスーパーへ。80歳過ぎころから休み休み歩く間欠性跛行(はこう)で、歩行が多少不自由でも、思う所へ行けるだけありがたいことです。スーパー内に花屋さんが併設されていて、欲しかったベゴニアの苗が売っていました。今年はどこの量販店でもベゴニアの苗を見ることがなく、植えるのは無理と思っていたので、飛びついて買いました。好きな赤色は売れ残りで2株200円。奇跡のようで笑っちゃいます。
ベゴニアは真紅の花も、大きな緑色の葉も好きです。以前は毎年育てていましたが、3年前に体調不良で買い損ねてから、毎年残念な思いでした。思いがけず買えて幸運。明日から雨のようですが、プランターへ植え替えます。根が付いたら写真で紹介しますね。(22:15)
05/24 あじさいの花
今日は寒くて窓閉めて長袖を着ました。気温は24℃もあって、暑かった昨日と同じなのに、なぜ?。変調な天候が続くと体調もヘンになりそう。
アジサイが植わっていたのは川べりの土手で、勾配30度くらいの軽い坂になっています。坂に少し下りた所がベストポジション。それが何でもない土手ですが立てません。ふらついて川に落ちそうになり、しゃがんで四つん這い。少なくとも80歳以前なら問題なく立てた勾配です。傾いたままでも立てたものです。それが頭がフワーッとして、立つ感覚もおぼつきません。やはり平衡感覚が異常のようです。
老化以外に特にふらつく異常はなく、いよいよ老化が進んできたようです。足の裏もなんかヘンな感覚で、目の見え方も落ち着かないようです。慌てて土手を這い上がりました。上がりざまに撮ったのが下の写真です。(20:06)
日当たりのいいところでは咲きだしました。淡い色合いもいいですね。(15:24)
05/22 体調悪し
気温は夏日と言われる25℃以上あるんですが寒いですね。関東は20℃ほどだとか。30℃越えの真夏日が続いた後だけに長袖を着ています。人の感覚なんて温度計に比べたらいい加減なものです。月初めは同じ気温でも半袖でしたから。これだけ変動する気温に対して、体はほぼ36℃の体温を維持しているんですから大したものです。
でもそれが変調をきたします。昨日は体温を下げるため血管が拡張(太く)して血液の放熱を良くします。今日は血液の持っている熱を失うまいとして血管を縮小(細く)します。するとそれに応じて血液の流れる量や勢いが変わります。昨日はどんどん血液が流れて高い位置にある脳には届きにくくなります。足の方に溜まって足首がパンパン。今日は全身に血液が届き難くて脳に十分行きません。気温に変動があると温冷とも脳に十分血液が行き渡りません。すると少量で働きの悪い爺の脳が余計不調になり、終日頭はボヤッ、不機嫌でイライラ。これの解消法はまず運動とか。でも運動が苦手な爺。(22:53)
05/21 されど杖
最近町中を歩いていて気がついたのだが、杖を突いているときと杖を持たないときでは周りにいる人たちの反応がまるで違う。杖を持たず歩行状態が危っなかしいと、みんな関心を持って見てくれる。必要があれば助けるぞ、のように。福祉関係者の車が後を付けてくれたこともある(こちらも気張って歩いて頭を下げた)。ところが杖を突いていると多少ひょろついていても、特に関心を示さず行き過ぎてしまう。足の悪い人なんだと納得できるからだろうか。
だから人混みや交通量の多い所では、意識的に杖を持って出かけるようにしている。すると周りの人がぶつからないよう気を付けてくれる。もちろんこちらも道の端に寄るなど気を使っている。最近高齢者時代を反映してか杖を持つ人が多い。自分も坐骨神経痛の痛みの激しかった時だけ杖を持とうと思っていたが、どうも手放せない。父は健康に留意して杖を使うことなく95歳で亡くなったから、ガンバレよ、と笑っているかも。(14:19)
05/20 珍客がいた
庭に生き物がいないと嘆いていたら珍客ツチガエルがいた。写真を撮る気も失せる見た目だが、素早く石の下に隠れる。以前よく見た緑色の小さなアマガエル、しばらく見ないがどうしたものか。カラスにやられた蜂もいつの間にかまた来ている。生き物で賑やかになればいい。(16:30)
老化度を調べるチェックシートの第1項目は「バスや電車で一人で外出していますか」です。今日はバスで所要のため駅まで行ってきました。乗り降りのとき杖持って「よっコラショ」と時間がかかりますが、なんとか公共交通機関を使えます。そして他のお客さんに多少迷惑をかける存在になりました。(20:27)
05/19 草取り鍬
二日間真夏日が続き、25℃を切る今朝は平年並みながら寒く感じる。こんなときは寒暖差アレルギーで鼻水が止まらない。鼻の粘膜を吸い込む冷気(?)が刺激するらしい。目に涙や痒みがこない事が花粉症との違いらしい。しばらく辛抱すると治まるのだが今朝はしつこい。こんな時は改源を服用、これで治まる。
気持ちが落ち着くと、庭のもっこく(木斛)の新緑の鮮やかさが目に飛び込む。父親から譲り受けた棕櫚竹3鉢の植え替えは済んで、この葉の緑も鮮やか。庭の木々にも一番いい季節だ。横に並んでいる蘭の鉢の植え替えがまだ残っている。植え替え時期に無頓着に、昼過ぎからやりますか。先日草取り鍬(くわ)を新調。母が使っていた世代物がとうとう柄が腐って抜けてしまった。尖がっていたはずの鍬の刃先が丸くなっている。我が家系の生活文化財として物置に保存しておこうと思う。(11:03)
05/18 冬の終わり
昨日は当地も今季初の真夏日(津気象台31℃)、今日も同じくらい暑い。全国200地点で真夏日だったそうで、今夏も猛暑が予想される。ところが我が家ではなぜか、例年ならGWで片づけるコタツ・ストーブがまだ出たまま。超高齢になって体調が変化したのか、GWに暖房を使う日も。でもさすが真夏日になると目にするのも暑苦しい、ってんでやっと物置に仕舞いました。部屋がすっきり、広くなった。(11:09)
体を動かしたら体調が良くなって、昼過ぎから3台の扇風機を出した。ついでに押し入れの大掃除も。今日一日ですっかり冬夏の模様替えが済んだ。(17:57)
05/17 この植物はプリペット
AIで検索「この植物はプリペット(別名:コミノネズミモチ、セイヨウイボタ)です。」だそう。「非常に成長が早いため、美しい形を保つには年2〜3回の剪定が必要になる場合があります」とは親切な。(11:28)
05/16 買い物カート
買い物カートのような手押し車を買いました。これが注文してから品物が届くまで実に1か月。なぜ時間がかかるのか店側の説明はなしでイライラ。米イラク戦争で世界の流通が乱れており、そのためかと勘繰ってみたものの、今にしてみれば単なる受注生産だったのかも。掃除機を買った時も「一月後に新製品が出るので・・」と言われて待ったことがある。客の注文より工場の生産の都合を優先するのは、果たしてどうか。店を構えたサービス業でも予約制が一般化していて、これも客を効率よく回せて店側の都合の方が大きい。客は待てない。何もかも便利になっている時代に逆行している。
そんな経緯もあってこのカート、全体的に小ぶりで使い憎い思いがする。その代わり車いすよりはるかに軽い。輪は2軸で、前輪片側ダブルで2つ、後輪1輪で2つ、車体は安定している。足の不自由な者にとっては「キャスター付き歩行器」。重心が前に移動するので足の負担が減り、歩きやすい。それでも間欠性跛行は少しも治らず、カート付属の椅子で休憩。凄く肩が凝る。杖より多少歩く負担は軽くなるが、「これはいい」というほどでもない。(23:14)
05/12 ハルジオン
ハルジオンという初夏の雑草の花です。空き地や道端に咲く花です。普通ならいっぱい咲くのですが今年は少ないような気がします。どうでしょう。(20:36)
05/11 フレイル
同じことを説明しても理解できる場合と分からないときがある。例えば「老化とは」を説明するネット記事はたくさんあるが、読み手の状況によってピンとこない場合もある。最近膝を打ったのが、フレイル(虚弱)を説明した語句だが「加齢に伴う予備能力の低下のため、様々なストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態」とある。これこそが老化の意味にピッタリではないか。
気温など外的環境のストレスも含め、これに負けないなら健康体だし、負けたら病気だが、病気から回復できず「機能障害」になれば介護を要することになる。機能障害から回復できなければそのまま老化の段階である。老化とはストレスに対する対応力なのだ。腑に落ちる解りやすい説明なので書き留めておきますね。(15:48)
05/10 寒暖差アレルギー
夜中に三度も起きたのが悪かったのか目覚めが悪い。ふらつきが強く目がボケる、やる気まるでなし。天気は快晴、気温は20℃で絶好調なのだが。仕方なく昼過ぎ2時からふて腐れて30分ほど寝た。するとほぼいつもの調子に治った。
昨日は26℃の今夏(?)初めての夏日。体感も暑く、買物で汗をかき、スーパーのベンチで下着の長袖一枚を脱いだ(高齢になると公衆の面前をかまっていられない)。家へ帰ってアイスを食べて冷たいカルピスを飲んで、やれやれ。寝る前にぬるめの風呂に入って寝た。布団がちょっと暑かったかな。
そして朝方、寒い。18.2℃しかない。北の高気圧に押されて寒い。これで一気に寒暖差アレルギー勃発、絶不調に陥ったのだ。寒暖差アレルギーはアレルギーだから鼻水が出る。さらっとした水のような鼻水。即時の現象だから分かりやすい。この即決性に気づいたのは最近だが、子供のときから鼻水垂らしていたから本物だ。だが昼寝で即治ったように、治るとアレルギー現象も即止まる。季節の変わり目はこの現象の繰り返し。ま、これで死ぬことないからいいか。(21:00/22:22)
05/09 背が縮んだ
今朝妙なことに気がついた。食パンをトーストしていて、焼け具合を見るべくトースターの小窓をのぞいた。ヒーターは上下二本あって、上は屈(かが)んでのぞかないと見えない。下は小窓下辺ギリギリに辛うじて見えた・・はずが見えない。
踵(きびす)を立てて背伸びをすれば、真っ赤なヒーターが見えた。つまり以前より目の位置が下がっているのだ。と言うことは背が低くなっていることを意味する。念のため踵の高さを測ってみた。大まかに8センチほど。85歳の今身長157センチ、60歳ころは165センチ(記憶)はあったはず。ちょうど8センチの差で、当たり前のことながら奇妙なほど一致する。若いころに比べて8センチ背が低くなっているのだ。この差は医療記事によると骨(背骨)が縮んでいるのだとか。ひょんなことから紛れもない老化の現実を突きつけられた。トホホ (19:19)
05/08 花
05/07 絶滅あるのみ
ベランダの軒先に手のひらより少し小さい位のハチの巣があった。それが今朝ベランダでカタカタ音がする。なんとカラスがプラスチックの波板の上を歩いている。するとハチの巣が無くなっているのに気がついた。波板の上と下だがカラスが落として取ったとしか思えない。カラスは貪欲でなんでも食べる。蛙や蛇、フナ・泥鰌・ザリガニが目の前で絶滅したのもカラスでほぼ間違いない。蜜を餌にして生き延びていた蜂も、蜂の子を狙って摂られたに違いない。去年まで爺が竹竿で落としていたのだから。最後の強者カラスが食べ尽くしたら生物絶滅。庭にいた生き物がいなくなったメカニズムは、カラスが頂点に立つ生態系の崩壊とみて間違いない。
人間は食べ物を動植物とも生産できるからカラスとは違う。でも結局は生き延びることはできないのでは。地球上の生態系とは、目に見える人間の餌だけではなく、無限のつながりで維持されているのだから。瞬く間に庭の生き物が次々といなくなった現象から、そう考えざるを得ない。とうとう蜂まで・・(17:05)
05/06 青もみじ
昨日晴れの合間に近在の公園で撮ったものです。狭い我が家の庭の木々もよく茂りました。緑色に見惚れます。GWが終わると例年ではコタツを仕舞うのですが、肌寒くて出したままです。この調子で今年の夏は暑くならねばいいですが。毎年暑さに負ける爺の必死の祈りです。経口補水液とやらのOS-1を買って備えています。(19:55)
05/05 体重、戻る
2月の坐骨神経痛発病以来体重が減少して、一カ月後平常値55kgに対し53.5kgになっていた。手首が細くなったのも苦になる。体重を戻すべくおやつに黄な粉餅を食べるなど努力したがダメだった。でももうすぐ三か月経過といういま、55kgに戻った。余病を併発していない、が分かってうれしい。今日も散歩はスーパーへ買い物で五千歩。ま、順調ですね。(22:30)
05/04 モクモク動け、か
2030年代の中ごろ日本の高齢化はピークを迎え、85歳超の人口が1千万人を超えるとか。85歳は人間の人生でも一つのピークで、ここまで元気できた人も何らかの病気を抱えたり介護になったりすることが多くなります。他人の世話にならないまでも、それまでのような活動はできなくなってきます。健康や生活上の問題は本人の努力だけでなく、周りの人や環境の変化によって影響を受けますから。
爺も坐骨神経痛になって体力がガラッと落ちました。動く意欲も無くなってきました。覇気、声、表情などを元へ戻そうと頑張りますがなかなか思うようにいきません。こうなってみて思い当たるのは、変化は急に訪れるのではなく、それ以前から兆候はあったことに思い当たります。例えば歩行能力でも年々下がり、間欠性跛行になり休憩時間も長くなり、歩く意欲も失いかけていました。かなりピンチだったのです。そこへ椎間板ヘルニアの痛みで動くことができなくなりました。こうなる前に対策を取るべきでしたが、避けられない歳のせいとばかり考えていました。
このままだと寝たきりに一直線・・と気づき、周りの人の助言・励ましを受けて、頑張ろうと思い始めています。せめて発病時点まで戻らないものか、です。それなりに元気はあったのですから。その元気をなぜ失ったのか、です。椎間板ヘルニアは坐骨神経を圧迫しているのみ、しかも自然治癒力でかなり回復しています。とすれば痛い痛いに負けて動かなかったことが体力を失う原因でしょう。人間の体は動くことを前提にしているとは先人の教え。坐骨神経痛の特効薬もモクモク動く事、と言っています。(22:32・修正)
05/03 電源リセット
今日は憲法記念日。戦争放棄の9条のおかげでイラクに対するアメリカの戦争に巻き込まれずに済んだ。憲法を変える必要など全くない。
電気掃除機のごみ袋がいっぱいになり、交換してもごみ満タンのランプが点いたまま吸い込まなくなった。ネットで調べたらホースの途中にあるごみを検知するセンサーの誤作動とある。指示通り布でセンサーの辺りを拭いてみたら、黒い汚れが取れた。だが直らない。うーんと思案。こんな時は電源リセットに限る。最近の電化製品は電子機器、つまりコンデンサーを多用している。これが古くなると帯電して、機器の電源を切っても電気が残り悪さをする。そのためコンセントを抜いて、機器本体のスイッチを切り入りして、残っている電気を逃がす。そして改めてコンセントに差し込みスイッチオン。
以後正常に機嫌よく働いてくれています。これを電源リセットといい、調子の悪い電気器具を正常に戻せることが多いです。ゴミセンサーもきれいになって正確に反応するようになっています。電気屋を呼んだり買い替える前に、一度試してみてください。うまくいけばラッキー。我が家では電子レンジも洗濯機もこうして持たしています。「えっ、お宅も」(19:54)()
05/02 足の裏
坐骨神経痛発病(2/15)以来歩行困難が続いています。今日は少なくて1,692歩で800m。休憩一回、3.5km/h。できるだけ動こうと近所を散歩。どの高齢者健康サイトを見ても「歩け歩け」とあるからです。歩けなくなると二本足の人間が立ち歩くメカニズムに興味が湧いてきます。ロボットがハーフマラソンを競う時代です。まず自分の姿勢を客観的に知る必要があり、それに基づいて補正しているとしか考えられません。その感知機能は脳・耳・眼にあると想像できるものの体勢自体をどう検知しているのか謎。ところが今日散歩中にハタと思い当たり、「センサーは足の裏だ」です。
片足立ちの運動は足裏と脳を直結して、その機能を浮き上がらせます。考えていても分からず、片足立ちを実際にやってみると理解できます。着いている方の足裏がグラグラときて、浮かしている方の足が地に着いてしまいます。足の裏を広げるように、地を掴むように立つと、よく持ちます。人間に限らず四本足の動物も同じように足裏(肉球)から情報を得ているのでしょうか。これで歩行を可能にするひとつの機能が分かりました。
足の裏のセンサーが加齢とは言え今更問題になるのはなぜか、です。椎間板ヘルニアが右足の親指の神経を圧迫していてしびれ(麻痺)があり、このため右足と脳の連携がうまくいかないのでは。右足が地を踏んでいても伝わらず、空に浮いて位置不明になっているのかも。親指以外の指がカバーしても親指の代わりはならず、こう考えれば納得がいきます。麻痺した神経はいかにすれば?、です。(20:09)(05/05 03:36)
05/01 コーヒー通
何もかも値上がりです。コーヒー好きとしては豆が上がるのが痛いですね。坐骨神経痛の痛みでコーヒーを飲む気持ちの余裕もなく、値上がりもあってしばらく止めていたんですが、痛みが治まりかけるとまたぞろ淹(い)れています。やはり自分で淹れたコーヒーは格別ですからね。豆は外へ出たときはいろんな店で買いますが、普段はいつものスーパーです。煎り豆(ロースト)の200gの袋入りです。小遣いに響かない普通の物です。これでも家内は美味しいと喜んでくれます。時々嫁が上等をプレゼントしてくれます。で、充実のコーヒーライフです。(17:14)
04/30 田んぼに水が
田んぼの準備が始まると用水路に滔々(とうとう)と水が流れます。どこも自然の川が拡幅整備されて用水路のようになっています。水はきれいです。散歩がてらに、流れの勢いについ見惚れてしまいます。
(鴨長明『方丈記』) ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。
長明の見た川とは異なりますが、同じ感慨を抱きます。釈迦の言う諸行無常です。この世の真理です。分かっているんです・・・が、つい苦しんでしまいます。(06:01)
04/29 散歩に出たが
"昭和の日"とかで祝日、意味の分からない国民の祝日です。江戸の日とか元禄の日はないのにね。何の時代であれ、何の記念日であれ、一所懸命に毎日を大事に生きています。普通の国民は。仕事休みだけはいいですね。
夕方雨がやんでいたので、新緑鮮やかな近くの公園まで杖突いて散歩。2月の坐骨神経痛(椎間板ヘルニア)発病以来4千歩超の散歩に出たのは数えるほど。それもかなり頑張って歩いた甲斐あって、自分でも満足な歩数4,258歩(≒2km)、速度3.3km/h、歩幅47cm でした。記録を見る限り病前の歩行能力を回復しているように見えます。でも杖と若干の鈍い右足と腰の痛み、ベンチでの3回の休憩が違っています。病前とあまり変わらないとすれば、歩行困難になったのは病気のせいではなくまさに"齢のせい"ですね。
ネットで「高齢者 歩けない」と入れるとたくさんの回答が出て、いずれも鍛えることを推奨しています。でも鍛えると明くる日痛みが来ます。加減すると効き目がなさそう。難しいです。整形医院のリハビリ科も時間・金と効果を調べると必ずしも・・。歳のせいがそう簡単に戻れば年寄りはいなくなります。生まれてからこの方、常に元には戻らない歳との戦いでしたね。結局"今(いま)"のベストを尽くしていくしかないんですね。(14:39)
高齢者の鍛え方のひとつとして「片足立ち」があります。壁に面して手指で軽く触れて立ちます。眼は開けたまま1分間ほど片足(裏)を5センチほど床から浮かせます。足腰に問題がなければ簡単な動作です。鍛えなければならない体、または悪い足の側だとグラグラと揺れ出して片足で立っていられません。脳や耳・眼・足裏などの神経が総合的に判断して、立っていることができるのだそうです。そのいずれかの機能に問題があると立っていられません。立つことができるまで練習だそうです。人間、二本足で立つことは大変なことのようです。(15:33)
04/27 中学生の鯉のぼり
近在の中学校の生徒が、毎年鯉のぼりを川に渡します。最近はあちこちで見かけますが、ここはそのハシリです。還暦に近い息子が卒業のとき、記念に寄付した鯉もあるのですから(記憶違い?)。(15:28)
04/26 春が来た
19日に庭に生き物がいないと嘆いていましたが、雨上がの庭掃除をしていたらミミズ・カタツムリ・ダンゴ虫が続々出てきました。皆動いている、とうれしくなりました。ミミズはいずれも小さくて4cmくらい、子供 ?。カタツムリは大きくて、ブロック塀に張り付いています。家の中も胡麻のような小さな虫が動いています(こちらは駆除)。みんな春なんですね。(21:32)
04/21 良い方が0.8
老眼鏡をかけて新聞や本を読むぶんには何の不自由もない。だが3mほど先にあるテレビの画面が見にくい。ピントが合わずボケている。85歳になってからひどい。というのでいつもの眼科医院へ。全体的には85歳相当の老化した眼だと言う。直ぐに治療すべき病変はないが、一年に2回ほどは検診が必要だという意味らしい。
で、視力は0.8と0.4。若いときは1.5で通したことを思えば惨憺たる検査結果。これでも恵まれた方かもと思い直す。眼鏡診断書を貰ってこれもいつもの眼鏡屋さんへ。3日目に貰いに行って家に帰ってかけてみた。う~ん、よく見える、テレビの画面が。流石。遠視だから凹レンズをかけたらよいと分かっていたが、なぜだか今回が初めて。でも裸眼と3種の見方があるわけだが、思った以上にメガネのかけ替えは煩雑で面倒。でも今回はこれで満足としましょう。(20:57)
04/19 季節の変わり目
今日も薄日の差す曇り日です。こんな日が続くと体調も良くありません。起きた時気温が20℃を越えると、体が重だるく気分も優れません。朝食の後ボーッとしています。冬から夏への切り代わりの時期なんですね。こんな時はとにかく少しでも動いてみることです。掃除でも買い物でも体を動かすと元気が出てきます。(11:22)
窓のすだれが古くなって、2・3匹の蜂が巣の材料にするのか葦簀(よしず)を盛んにかじりにきます。襲い掛かってくることはないのですが、飛び回って目障りなため殺虫剤で駆除しています。結局3匹ほど殺したところで来なくなりました。すると庭が奇妙な静けさに。生き物が全然いない庭です。以前(7・8年前)はトンボ・蛙・蛇・蝶々・蜘蛛・ネズミ・トカゲなど賑やかだったのです。みんな、いません。庭の石の側面によく見たジグモ(地蜘蛛)も。生き物の蜂を殺したのは間違いだったかも。(11:38)
04/17 余裕の坐骨神経痛
季節の変わり目ですがお変わりありませんか。初夏の花が咲いてきました。
爺の坐骨神経痛は日に日に回復しています。坐骨神経痛は発症直後の激痛の急性期、2週間から3カ月すると痛みが和らぎ始める回復期、三つ目は痛みの強弱を繰り返しながらも症状が安定してくる慢性期の経過をたどると言われています。爺も大体このような経過をたどっています。辛抱できない激しい痛みに対するケアを除けば、基本的には自然治癒する病気です。ただ自然治癒に期待するには、痛みの原因を整形外科のMRI検査などで調べ、脊椎管狭窄症・腰椎椎間板ヘルニアなど姿勢の悪さや生活の乱れなどに起因する生活習慣病であることを確認しておく必要があります。急性期にはブロック注射やロキソニンなどの貼り薬で痛みを凌ぎ安静にします。回復期に入ったら痛みを避けるようにしてできる範囲で手足を動かし体を動かします。慢性期に入って痛みの弱るときになれば、そのときにできるだけ身体を動かします。動かしても痛みがなくなれば、積極的に体力の回復を図ります。
余りの痛みに狼狽しますが、坐骨神経痛はこのような経過で自然治癒しますから、まず落ち着くことです。最近は余程のことがない限り手術はしないようです。坐骨神経痛で死ぬことはありませんから(と言ってMRI検査を一週間待たされた)、それだけでも気は助かります。余りの痛みに狼狽した爺が、無事慢性期に入って余裕を取り戻しています。(23:13)
04/07 桜が咲いた
杖を突くより買い物カートや車いすを押して歩く方が安定するため、この日も修理を終えた車いすを押して整形外科医院へ。その帰り道、行く手に空一面に花、花。今年の花見は諦めていただけにうれしさもひとしお。椎間板ヘルニア、少しずつ少しずつ良くなっています。(11:22)
04/04 車いすが来た
終日の雨の後、昨日は強い風が吹いて花びらが舞いました。我が家の庭にも花びらがちらほらと雨上がりの水に浮いています。今年はとうとう満開の桜を見ることなく終わりそう。しかも夕方に車いすの修理が済み届けられました。
試しに車いすに乗ってみると「軽い軽い!」。これなら乗りこなせそう。これで何とか行動範囲が広がりそう。発病以来ひと月半、家の中だけで退屈でした。また体を動かすことから坐骨神経痛はもとより健康にも良さそう。(21:02)
03/31 椎間板ヘルニア
年度末で、職場によって業務に追われていることでしょう。爺も現職のときは棚卸に追われて、参った参った、でした。頑張ってください。
MRIの検査結果が出ました。脊椎の老化と椎間板ヘルニアでした。即治療を要する深刻なものではなく、比較的軽いものでした。そのため町医者によるリハビリに戻されました。喜ぶべきなのですが、当初の痛みに対してスカ喰ったような思いです。まだ痛みは残っており、歩行障害はそのままでほとんど歩けません。85歳を過ぎたらこの程度の不都合は仕方ない、と言わんばかりです。高齢の知人も、持病を積極的に治療してくれないと嘆いていました。同じ思いです。ま、限られた医療資源の中で働いている人が優先なのでしょう。爺も若いときはその恩恵を受けていたのでしょう。命に直結しないありきたりの病気と付き合っていきます。"病気は自分で治す"絶好のチャンスです。どこまでできるか頑張ってみます。(18:13)
03/29 つわぶきの葉
ぽかぽか陽気、ツワブキの葉が例年に増して大きく伸びています。気温や雨などの条件によってよく繁る年とそうでない年があります。春の陽を反射してつやつやと光る葉を見ると自然の美に見惚れます。(11:26)
03/28 いい調子
桜満開の時節なれど、坐骨神経痛の歩行障害で歩けず、生涯で初めて桜を見ない悲しい春になりました。大分軽くなりましたが、今も右足の神経がズキズキと痛んでいます。で、MRI検査は済みましたが、神経痛の痛みを必死に堪えるつらいものでした。15分くらいでしたが終わっても茫然としていました。検査結果の説明は来週の月曜日。結局2週間の"待ち"。この間にも自然治癒の力が働いてか少しずつ良くなっています。手術覚悟の必死の思いも薄らいで、このままで「治るのかな」なんて呑気なこと考えています。(18:15)
03/16 MRI予約
いつの間にやら東大寺二月堂のお水取りも過ぎ3月半ば。日に日に春めいてきました。浮き立つ季節と逆に坐骨神経痛を患い、浮かぬ顔で過ごしています。今日はやっと念願かなって当地の大きな総合病院へ行ってきました。スケジュールに追われてると見え、MRI検査は一週間先の24日になりました。それでもこれで腰痛の原因ははっきりとし病名が付くと思うと嬉しいですね。どこの病院もよく混んでいます。(2026/03/16)
03/09 余寒に振るえる
冬のような寒い日が続きます。でも彼岸までもう少し(10日ほど)、たまの晴れ間の日の光は強く、肌に温みを感じます。落ち損ねた南天の赤い実が少し、枝先で冴えた色を放っています。沈丁花の白い花も今が満開。庭では冬と春がせめぎあい、にぎやかです。
坐骨神経痛、まだ持っています。整形外科へ通ってブロック注射を受けています。高齢と言うことでか、町の医院だからか、手術は全然勧められません。このまま痛みを堪えて注射とロキソニン貼り薬だけで治るのか正直心配です。もちろん手術にもリスクは付きもの、判断に迷います。歩行困難のまま、様子見で日が過ぎる4週目。(20:44)
03/03 ひな祭り
我が家の小さなお雛さま、夫婦で大事にしています。坐骨神経痛は相変わらず痛いです。でも腰を屈め、歩幅を狭めると家の中をちょこちょこと歩けるようになりました。落ちている物を探して歩いているような格好です。不格好でも小さな改善です。
時たま体を二つ折りにしたようなお婆さんを見かけます。爺の場合はお辞儀しているような格好です(妻はそんな姿を見て笑いを堪えています)。私の場合は背骨に異常があるのではなく、痛みを避けるためにワザと前かがみにしているのです。杖は突いたり使わなかったりです。年取ると背中が曲がってきます。背骨に問題がある場合と、そうでなくワザと曲げている場合があることに気づきました。何にしても難儀なことです。脊柱管狭窄症も最も問題なのは姿勢の悪さであり、生活習慣病だと言います。MRIで見ると狭窄症が起きて、神経が当たっているにも関わらず自覚症状がないというケースがよくあると言いますから。とすれば姿勢を正せば治せる?(20:30)
03/02 背中が寒い
夜中に背中がひゃとする冷感で目覚めます。布団から背中が出るのかと思い、別の掛け布団を出して背中に重ねます。あくる晩もまた。いくら寒いと言え、いつもの布団に寝ているのに不思議なことです。あくる日、悩みの坐骨神経痛についてネットサーフインしていると、なんと脊柱管狭窄症のとき「腰部に冷感を感じることがある」と。神経の異常感覚によって生じるのだとか。これだ。
自律神経の異常で出ることもあり、温感のときもあるとか。また坐骨神経痛の予兆として出ることもあり、爺の場合は真っ最中。爺の坐骨神経も発症してから2週間、この間ブロック注射4回。多少はよくなったものの、未だ歩くのに不自由しています。鬱陶しい春です。(12:10)
02/27 ひいらぎ南天
漢字で書くと「柊南天」です。春に黄色い花を咲かせるよく見る庭木です。柊というだけあって葉に柊のような鋭いトゲがあります。今年は珍しく多くの花を付けました。うちは玄関先にあって、この花が玄関から春を告げてくれる幸先のいい花です。(18:07)
02/26 少しは快方に
昨日は渇水騒動寸前で待望の雨に恵まれ、土が水を吸い草木が生き返っています。今日は一転晴れ渡り春日和です。テレビでは各地の河津桜が満開のニュース。爺の坐骨神経痛も十日が過ぎ、わずかに痛みが和らいでいます。でも家の中を腰を丸めてちょこちょこ歩き。一気には良くなりません。辛抱辛抱!(20:02)
02/24 一日の長さ
坐骨神経痛で動く(筋肉に力を入れる)と右足や尻に痙攣のような強い痛みが走ります。トイレへ行くのも難儀の四苦八苦。一日中コタツからほとんど動くことなく、テレビや新聞で明け暮れています。散歩・外出・掃除など日常の活動が削がれています。何もできないと終日の時間がボケっーと長くなると思いきや、逆にあっという間に夕暮れて既に夜。何もしないまま一日が終わります。一日が短いのは、今日の出来事が何もなく何も記憶に残らないからでしょう。
年取ると一日が短くなる理由はこれかも知れません。年齢=一日の活動量で減衰していくからです。子供のときは未経験な事ばかりで好奇心旺盛、体もじっとしていず動き放(ぱなっ)し。充実した一日の連続です。年入ると毎日同じことの繰り返し、刺激や感動も少なく変化のない毎日。すると何の印象・記憶・疲労もなく一日が飛び去っていきます、爺の今のように。病気になって"実感"として気づきました。年取っても長く生きるには、への回答です。間に合わなくなってしか気づかないのです。(18:12)
02/22 闘病は長丁場
三連休ですね。暖かな日でなにより、寒さに縮んだ体を伸ばしていますか。爺は相変わらず坐骨神経痛で体を伸ばしては『痛てっ!』、縮めては『痛てっ!』。発症後ちょうど一週間、治まるのにうまくいって6-8週と言いますから、まだまだこれからです。春だと言うのにガックリです。(16:13)
アメリカの最高裁はトランプ大統領の関税措置を否としました。行政に追随するどこかの裁判所と大違い。流石に民主主義の国アメリカは三権分立がしっかりしています。日本は総理大臣はもとより国会・行政・司法とも今の平和憲法を擁護する義務を課せられています(忘れてないでしょうね)。最高裁判所はアメリカ並みにしっかり憲法を守る責任を果たすべきです。(16:30)
02/19 坐骨神経痛
もう19日ですね、更新が遅れています。実は15日に坐骨神経痛を再発して、気力メータが下がっています(笑)。老化による神経症で、2年前に発症した時は5週間かけ自力で治したものですが、85歳の今はその気力が萎えています。そのため整形外科医院でブロック注射をしてもらいました。ずいぶん楽になりました。いまはよく効く消炎治療薬もあり、助かっています。(16:10)
更新:もう20日、再診の日でした。またブロック注射です。今回は投薬もありました。発病6日目です。なかなか一気には快癒といきません。せめて歩けるようになると嬉しいのですが。運転免許返納でマイカーがなくタクシーで通院です。(2026/02/20 17:42)
雪の北国の知人から「春の兆しが」との便り。うれしいですね。でもこんなで返信が出せていません(スマン)。こちらは雨が降らずカラカラ、近くの川が干上がって、鯉の背中が曲線を描き、土手の草は枯れて一面茶一色です。奈良県境の紀伊山地では雨が降ったのか給水制限はなくホッ。梅でも咲いたら便りしますね。(18:32)
02/14 おい、大丈夫か
石油ストーブの上にアルミ箔で包んださつま芋を載せておくと、1時間ほどでホカホカの焼き芋に。寒い時に温かいおやつは最高。半日ストーブを焚くと2日ほどで赤色の給油サインが出る。満タンのタンクの重さなんて去年の冬までは全然気にならなかったのに、今年はやけに重い。風呂場へ行って重さを計ってみて驚いた、たったの5kg。筋肉がかなり落ちたようだ。20歳ころは50kgぐらいは軽々だったのだから、なんと十分の一以下。"おい、大丈夫か"と自分が心配になった。(17:28)
02/13 春の陽気
朝から春の陽気で日差しが暖かい。待ってましたと洗濯と布団干し。顔が当たる布団の敷布を洗濯、よっこらっしょと腰を伸ばして敷布団を干す。ほかほかになって気持ちいい。(16:42)
02/11 恵みの雨
明け方から雨が降った。12月25日以来の待ちに待っていた雨。農産物への影響にとどまらず風邪の影響も大きい。庭の木々へも自然の恵みで有難い。(20:30)
02/10 戦前回帰か
総選挙の結果は「大変なこと」になりました。テレビを観ながら落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる事態、一日置いてやっと冷静に。選挙結果は意外なようでも厳然たる事実、常に必然の結果です。数百万の命の犠牲の上に築かれた絶対平和の時代の終わりで、戦前への回帰が始まります。平和憲法は武器を持たず戦う意思を放棄した人類史上初の偉業です。また憲法を国民が国家権力を縛る法として定めました。全体主義国家のように国家の姿を定め、国民に服従を強いるものではありません。国民の権利を認め自由を保障しています。権力者がいかに権力を私物化しようとも、民主主義の時代を経た現在、国民の拒絶、無力化空洞化を招くのみです。国際環境が激動するいま、平和憲法を守り民主主義の諸国と共存共栄する現在の行き方を守ることがより大切です。(21:02)
02/04 立春なのに0℃
目覚めたら異様に冷えると思い、外の温度計を見たらなんと0℃。3℃くらいまで下がることはあっても零度になることは滅多にない。暖房のない部屋は6℃、寝ていた居間は9℃。当地の寒の底。極めれば反転、明日から三寒四温の春の訪れか。(14:45)
02/03 節分
今日は節分、明日は立春。積雪被害が報じられる中、暦の春です。でも陽が日増しに強くなってきました。本格的な春までもう少し。今日は風もなく久しぶりに庭に出て落ち葉掃除。先般床屋へ行くも、バスがなくて徒歩で往復。その疲れで足に痛みが残って思うように動けず。寒さもあってここしばらく家籠り。
時に流れるまま、あっと言う間もなくひと月経ち、どうしたものか。最近は「一日は一生、一生は一日」と思うようになってきて、多少焦りが和らいだ。妻が豆を買ってきて豆まき、少し残してほしい。たんぱく質の補給に良いからね。(20:23)
「一日は一生、一生は一日」の格言は、一般的には「今日一日を『一生』だと思って大切に過ごし、その一日の積み重ねが『一生』を形作るということ」の意味のようです。爺が思うのは、人間が知覚し現に生きているのは今日のみ、昨日は過去であり明日は未来であってどうにもならない、だから何十年と長い生涯でも生きているのは今日一日、だから今日のみが人生、の意味です。知覚も過去は記憶、未来は予測、頭脳の独り相撲で現実は一切関わらず変化しない。知覚も「今の一瞬」しか働かない、ですね。(21;40 追加)
01/26 今度の選挙は
今度の選挙は将来に響く重要な選挙になる。高市政権は信任をかけていること、その政策に戦後政治を転換しようとしていることだ。最も重大なのは、軍(国防軍)という戦力を憲法に入れようとしている。自衛隊と国防軍の違いはなにか。自衛隊は国民を守るが軍隊は国(国家)守るためにある。否応でも国民一人一人に直結してくるのが軍隊。必要ならカード一枚で簡単に徴兵ができるようにできる。国民は徴兵から避けられない。戦後80年間一人の徴兵もなかったことは歴史的な奇跡。徴兵・戦死に泣く親子はなく、侵略ができる軍隊(武力)を持たざるゆえに外国に攻められることもなかった。孫世代のことを思うと、今回は高市政権を選んだ自民党を支持できない。支持率が高いと言われる若い世代こそ想像力を働かせてほしい。(21:53更新)
01/22 寒い
この冬一番の冷え込み。室温が昨夜22℃からどんどん下がり(暖房切り)、今朝は6.4℃に。ベランダの温度計を見ると3℃。昼過ぎ雪が風に乗って舞い、東海地方各地の積雪のニュースが。三重県四日市市で5cm。(17:22)
01/20 大寒だ~
今日から大寒、折から「列島に今季最強最長の寒波」との予報。津気象台は薄曇りで8m/sの北西の風、体感温度はー6℃と発表。2月3日の節分までが一番寒い時季。ひたすらジッと我慢ガマン。寒さに負けないで如何に体調を守るか、大変です。(14:32)
15日は小正月(または女正月)と言い、小豆粥を食べる風習がある。わが家は粥は敬遠してぜんざいを作る。小豆100gを水にさらし弱火にかける。沸騰したら湯を捨て、小豆が十分被るほどの水を入れ中火で炊く。沸騰したら砂糖を80-100g入れて水を150ccほど加え、更に焚く。小豆の皮が割れ柔らかくなったら出来上がり。時間を置くと甘みが染む。中温白の砂糖を使えば上品な甘みになる。今年もうまくできた。(01/21 16:03)
01/18 ヒヤシンス
毎日水をやり日に当てて大事にして、やっと花が咲いたものの小さなものだった。昨夏に花屋で買ったヒヤシンス、鮮やかな花が終わって雨の当たらない日かげに片づけておいたら、秋に球根から芽が出ているのを発見してびっくり。捨てるのも忍びず手をかけたものの、植え替えも施肥もせず、それがそのまま。それでも葉を出し花を咲かせる律義さに驚く。命あるものは命をつなぐ。
狭い庭とて草木を片付け過ぎた。健気なヒヤシンスを見て今年は少し増やそうと思う。車はなく近くに植木量販店もない。思うようには難しいだろうががんばってみるか。(18:05)
01/14 意欲の回復
更新できなくて申し訳ありません。体調が病的に悪いことはないのですが、何事もやる気が起きません。昨夏85歳になって老化の段階が進んだのでしょうか。それとも新型コロナに罹患した後遺症かも。体が軽く良く動ける日と、コタツでテレビ番の日のムラがあって不安定。残念ながらその変動の要因が分かりません。
気が進まなくても体を動かすと元気が出ます。朝起きて寝巻のままゴロゴロが最悪。やはりすぐに布団を片付け、着替えて歯を磨き顔を洗って髪を研ぎキチっとする。自分で朝食を用意して必ず食べる。当たり前の事を当たり前にやる。することがない時間に体操をする。かかと落し(軽く)とスクワットが効果顕著。それに背筋伸ばし。これをするとしないでは大違い。腰痛や便通に効きます。これだけでも一日元気。
体調のムラが目立つものの頭脳も退化しています。考えることがすらすらと出てこず、書くのが嫌になることも。周りで起きることに以前のような興味が無くなり、うれしい・腹が立つなど感情の振幅が浅くなって、書く意欲がなくなってきました。この状況をどう回避するか、従来にも増して先人に学びたいと思います。(22:31)
01/01 謹賀新年
次男坊が風邪ひきで集まれず、歯抜けの家族で年明けを迎えました。孫は皆来てくれて大にぎわい。目出度くもあり目出度くもなし。波乱の年明けです。ともあれ85歳オーバーの今年も頑張ります。今年も飽きず忍耐力でお付き合いご愛顧ください。
宮津徳也 https://www.mctv.ne.jp/~kawai/