小学生の時は給食が楽しみであり、苦しみでもありました。

苦しいときはレバーが出るときとか、「ばんさんすう」が出るときだ。
でもばんさんすうがどんな料理だったか覚えてない・・・

給食表は教室の後ろに貼ってある。
まあ、各家庭にも配られていた。
我が家では冷蔵庫に貼り付けられていたものだ。
3時間目の休み時間くらいになるとメニューは何かなと見に行ったものだ。
世の中には「いやしんぼ」ってのが居る。
トモカッチャンに聞けばわざわざ掲示板まで見に行かなくてもメニューを暗記していた。
しかも明日も明後日までのメニューも覚えていたものだ。
ミルメークが出るかどうかもチェック済み。
今思えばこの「いやしさ」が将来苦悩する暗記問題にも対応していったのだろう。

毎日牛乳があった。
お茶もあった。
阿曽小学校は大内山村が近いこともあり、大内山牛乳だった。
昔はビンで、専用のピンで穴を開け、ふたを取っていたものだ。
しかし農薬事件などがあり、紙パックへと移り変わった。

お米、パンと大体交互に出てきたものだ。
今日は御飯なら、明日はパン。
パンの時はきなこ揚げパンが好きだったな。
シズがこれを嫌いであり、争奪戦にもなったような気がする。
揚げパンはおっけーだったが、ノーマルのパンは大しておいしいと思わなかった。
中だけをくりぬいて食べているヤツもいた。
中をくりぬいて固めて(グルテンってやつだろうか?)食べると意外に美味。
ジャムがついていると嬉しかったんだけどね。
レーズン黒パンだった日は大変だったよ。

給食には給食当番ってのがあって、一週間交代だったな。
給食袋を週末にもって帰るのは大変だった。
紙のマスクをして。
給食の時間になるとどっかからテーブルを持ってきて、広げる。
給食室から色んな食品を持ってきます。
お盆を持って給食係に入れてもらう。
まあ、「ザ・めしや」へ行くとよくにた感覚が呼び起こされる。
「これいっぱい入れて」って感じで。
お代わりも出来たよ。

最後は「ごちごうさまでした、お当番さんありがとう!」