子供の頃は遊びが得意で授業中、休み時間、いかに遊ぶかという事を考えるのが得意だった。
まあ、中高生の頃はいかに過ごすかというだけで、休み時間に校庭でサッカーなんてしたことは無い。
で、いかに遊ぶかという事だが、パラパラマンガなんてのは代表だろう。

自分たちが小学生の頃は(今でもか?)文房具にも変わったものがよくあった。
代表的なものはシズの筆箱だ。
ドラゴンボールの筆箱でなんとスゴロクが出来るのだ。
小さなサイコロが付いていて磁石でくっつくコマもある。
それで休み時間によくスゴロクをさせてもらったものだ。

自分の筆箱はそんなたいそうなものじゃなくて、入学してから5年間同じ筆箱を使っていた。
なんて表現してよいか・・・あける所が4箇所くらいあって・・・表面はビニールで中に薄いスポンジが入っている。
蓋は磁石でパチっととまるアレですよ。
あの筆箱は鉛筆を入れる所が砲台みたいに使えたので砲台のようにして遊んでいたなあ。
他の人は割と早く筆箱を替える傾向があったようで、自分と同じタイプだけど、ボタンを押すと鉛筆削りやら定規やらが飛び出してくるのを持っていたヤツもいた。

あとは「カンペン」と呼ばれるタイプに替えるヤツもいた。
このタイプは凹んだりして買い替え率は高いような気がする。
実は自分も最終的にはカンペンに替えていた。
ちなみに自分の筆箱は5年くらい替えなかったと言ったが、なぜ替えなかったのか?
それは今でも解らない。
替える必要がなかったからという理由がもっともかもしれない。
じゃあ、みんななんで替えていたかというと新し物好きだったのかもしれない。
みんな新しい(珍しい)文具を買うと次の日には大体自慢していたような気がする。
自分が5年くらい替えなていないのは最高記録で先生にも「大事にしろ」と言われていたような気がする。
それをどうして替えてしまったのだろう?
蓋の蝶番(?)の部分が破れだしていたからだ。
しかしテープでも貼って対応すれば使えたのだ。
しかし、ある日替えました。
それを知った先生は少し寂しそうな表情だったような気がする。
自分も変な罪悪感みたいなものがあった・・・
おそらく先生は物を大事にする事が大事だと教えてくださったのだろう。
それを僕はなんて事を・・・と落ち込んだ・・・という事は無いと思う。
物は大事だけど、そんな先生もまだ動く車をバンバン買い換えていた事だろう。
人のことは言えない。(開き直り)
「車と筆箱を比べるのはちょっとおかしいやろ?」
おかしくねえ、物は物だ。
「お前はいつからそんなヤツになってしまったんや?」
先生の声が聞こえてきたような気がしました・・・

そんなことはさておき、文具と言えば阿曽小ではシャーペンは禁止でした。
なんで禁止だったのかは知りません。
どうせ先生か教育委員会でも考えたのだろう。
鉛筆をナイフで削る作業を教えられたりもしました。
刃物は怖いとか昔はこうやってみんな削っていたんだとでも教えたかったのかもしれません。
でもいちいちそんなことやってられません。
教室に一つは電動の鉛筆削りがあったからそれを使っていました。
どうせ鉛筆削りという道具を使うんだったらシャーペンという道具を使おうよって思うが・・・
鉛筆は漢字の書き取りとかやっていると先が丸くなってきて書きにくくなるんだよ。
だんだん太い文字になってくるんだよな。

珍しい文具を学校に持ってくるとヒーローだ。
おにぎり消しゴムとか寿司消しゴム。
ミニカーが付いていたペン・・・発射台に乗せてバネで走らせるものがあった。
消しゴムカスクリーナー、ローラーを転がすとカスを拾い上げるものだ。
そんなもんいらない、手でペンペンと床へ払ってしまう。
ネリ消し、砂消し、キン消し(使えねー)。
ネリ消しは消しゴムの消しカスとノリを混ぜると出来ると聞いて一生懸命練ったけど出来た例(ためし)が無いぞ。
誰や、言うたヤツ。
いい匂いのする消しゴムもあったな。
諸星和己と印刷されたシャーペン・・・
諸星の写真付き下敷き・・・
自分は所有者を光GENJI病だと言っていた。
らんま1/2の下敷き。
ロケット鉛筆、面白いけど、一つのパーツを失うともう使えない・・・
長い消しゴム・・・最後まで使い切った例が無い。
カッターナイフで切り刻まれるのがオチだ。
長い消しゴムでもノック式と糸を引っ張ってから皮を剥くタイプとあって、皮を剥くタイプはその剥く行為が面白く、結局文字通り長い消しゴムになってしまう。
文具も使い方次第で・・・
コンパスの針で消しゴムに穴をあけたり。
そろばん(文具か?)でローラースケート。
プラスチックの定規で16連打。

おいおい、阿曽小の話とかけ離れているじゃないかと言われそうだが、この内容は間違いなく阿曽小学校であった事実です。