これは書き手の記憶とメモによる覚え書きです。努力はいたしましたが正確さに疑問があります。そのことを
お含み置きの上お読みいただければ幸いです。

 ネットというのは便利なもので、かつてとある大学のフランス文学教師に「文化果つる土地」と言われた場所
でも東京で催されるシンポジウムの情報が手にはいるようになった。めでたい。
 十月十五日、東京・池袋の自由学園明日館で「アイスランドの神話・歴史とノンニ童話」というシンポジウム
があるという情報をいただいたので、週末に資格試験があるのに行ってきた。資格試験は今回不合格でもまた受
けられるが、この機会はまたあるかどうかわからない。

 自由学園明日館は、フランク・ロイド・ライト設計の、こぶりだが美しい建物だ。昔は学校の校舎として使わ
れていたらしい。学校の建物でそんな設計者に、と思ったら「婦人之友社」ゆかりの学校らしい。納得した。
開始まで時間があったので、展示なども見てまわった。今回取り上げられているノンニ・スウェンソンについて
のものの他に日本アイスランド協会の会報もあった。名誉会長は作家の渡辺淳一氏だそうだ。独自の企画が時折
行われているらしいので、興味のある方はサイトなど覗いてみるのもいいかもしれない。
 出入り口で「よろしければ住所とお名前を」と言われたので書く。係の方のご実家のお墓が私の家の近くに
あることがわかった。何かの縁ですね多分。

   時間になったので、開催される部屋に入った。入場時間になっても、入り口近くで待っていた参加者(複数)
に声掛けひとつなかったのはどうかと思う。受付もあったのに。
よくある会議用長机とパイプ椅子ではなく、木製の何か年代物めいた長机と椅子が並べられていた。心なしか椅
子や机が小さいような気がした。校舎として使われていた当時の日本人の体格にあわせているのだろうか。
 それはさておき、北欧関連出版社の出店コーナーがあったので突進した。わああい 「ヘイムスクリングラ」の邦訳だ。
まだ一巻しかなかったが、これからも順次出していくらしい。頑張れー。東海大学出版社様もいらし ていたので
 「ゲスタ・ダノールム続き発行のご予定は」とうかがった。
 「先生があそこから後は他の話とかぶるから必要なしとおっしゃってるので」
谷口せんせええええ。

 何はともあれ、シンポジウム開始。最初は前在アイスランド臨時代理大使(ややこしい肩書きですね)の方の
お話から。行政主導の交流もいいが、どうしてもバイアスがかかってしまうので民間の草の根外交よろしく……
というような感じ。スヴェンソンの邦訳もなさっているそうで、「外務省のお役人」のイメージからは
遠い方だった。

 わざわざアイスランドからいらした、ノンニ博物館代表の方は写真を見ながらの解説だった。ノンニ・スヴェ
ンソンがいた当時のアイスランドの写真もあった。白黒写真だったせいもあると思うが、本当に景色が簡素な
土地だ。昔はシロクマがグリーンランドから流氷に乗って来ることもあったらしい。シロクマがいきなり家の近
くに来たりしたらやだな。
 なお、スヴェンソンが好んだ言葉として「オーディンの箴言」の「財産は滅び……」がアイスランド語で映し
出されたとき、菅原・熊野両先生がはしゃいでおられたことをとくに付記いたします。

 日本アイスランド学会の竹本 統夫氏によるアイスランド児童文学の受容について。
 アイスランドはプロテスタント系だったと思ったが、スウェンソンはカトリックの神学校出身らしい。それで、
物語を書くときには教会組織のこともかなり意識していたようだ。それでいて異教の巫女やアイスランド・サガ
を思わせる描写を入れるあたり大胆な方です。
 北欧文学の受容は明治時代から続いていた、と言われて、はて、と思ったが、イプセンやアンデルセン、
ラーゲルリョーヴと具体名を挙げられて初めて納得した。そういえば北欧だった、と。そしてやはり北欧文学の
翻訳と言えば山室 静氏の名前があがった。
 そして今は、日本との繋がりを持つ作家としてのスヴェンソンの重要性が認識されている、らしい。
 正直私はノンニと言われても「そういえば何か読んだような記憶が」レベルの知識しか持ち合わせず、北欧の
児童文学といえば、アンデルセンとニルスを除けば「三匹のやぎのがらがらどん」ぐらいしかわからない。
もう少しいわゆる児童文学にも目を向けてみるか。そして先刻調べるまで「人形の家」のルーマ・ゴッデンが
北欧だと何故か思いこんでいた。イギリスの方でしたね彼女……。

 コーヒータイムのあとは、菅原 邦城先生の「北欧神話受容史」。 菅原先生はおひげが素敵なおじいさま
でした。
 さて内容ですが。原語文献として詩・散文両エッダをあげておられた。後者は対キリスト教としてスカルド詩
の伝統たる伝説を保存する目的で書かれている、とのこと。
 次に「北欧神話」の呼称について。資料が北欧のものに依存するものとして、ラテン語による、神が英雄とし
て描かれたサクソ・グラマティクスの「デンマーク人の事績」、アイスランド語に通じる「フェーロー諸島の
バラッド」等をあげておられた。
 「エッダ神話」と呼ばれるものについては、伝えられているものは偶然残ったものであり、完全なものでなく、
永遠に不完全であるとのこと。言われてみれば。どの写本にしろ、あれらが全てではないし、また北欧の場合
スカルド詩人の創作というバイアスも問題だ。
  「ゲルマン神話」と呼ばれることもある。この場合、とくに注意しなければならないのは「ゲルマン」は
「ドイツ」ではないということだそうだ。「ゲルマン神話」という場合の「ゲルマン」とはデンマーク、ノルウェ
ー、スウェーデン、アイスランド及び他の諸島地域とされる。また、「ゲルマン神話」は民俗の中に残存してい
る程度であり、ほとんど残っていないレベルだそうだ。
 最後に、「アイスランド人というんは生きることに自信を持っており、他人のいうことを聞かない」だそうだ。
 そして日本語翻訳のながれと文献一覧についてだったが、
「こんなのはインターネットで調べれば(大意)」
先生……。
  そして東京書籍「北欧神話」をぶんまわしながら
「版権私にありますので出版社の方よろしく(大意)」
先生……。

 飛行機のお時間ということで慌ただしめの質疑応答の後、熊野 聰先生による「アイスランドのサガと歴史」。
 サガを史料としてあつかう場合の、創作と事実との差、サガから見えてくる当時の人々のものの見方などが
論じられた。サガを読むときには、そこに描かれていることがらを現代の人間の価値観で判断してはいけない、
ということが大筋であったように思う。
 サガは物語であると同時に書かれた社会においてある意味証明書として機能し、(例:『ランドナーマボーク』
『アイスランド人の書』)かつエンターテインメントでもあった。現在の「小説」と決して同一ではなく、また
同じ読み方をしてはいけない。
 しかし、サガが理解できるようになるまでは10年単位で時間が必要だそうだ。大変。

 質疑応答があってこの日のプログラムは終了。名建築家の手がけた建物の中でエッダ・サガ、北欧児童文学
についての様々な意見を聞く珍しい機会に恵まれたことは幸運だった。次回があればまた参加したい。


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